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美緒は居間で一人黄昏ていた

軽く仮眠を取ったあと、トイレに行きそのまま寝室には戻らずに居間へ
光が熟睡していたのは意外だったが、さすがに疲れたんだろうなと勝手に納得している

1日目はまあ予定通りといった感じで、あと2日
今のままなら無事行けそうな気もするが、割と“やる気”になってる相手も多そうなのが厄介なところ
あくまでこっちは手出しを出来ない状況で、“敵”と遭遇した時に昨日のようにうまく行くだろうか

不安こそないが、楽観できないのも確か

光は頼りになるし、自分が思っている以上に先を見通しているが問題はあとの二人
“共依存”の関係にある竜也と祐里
特に祐里が、いつも以上に竜也に固執しているのが気がかりなところ

目立たず静かに、出来る限り最低限の行動でやり過ごす
あと2日凌げば元の生活に戻れるのだから、もう少し祐里には自重してほしいところ

これからどうしようね...と美緒が改めて考え始めた矢先、トイレの戸が開く音が届く
さて、それじゃ私もそろそろ寝室に戻ろうかなと立ち上がった瞬間だった

「あれ美緒か。ちょうどよかった」
目の前に珍しく真剣な表情の竜也がそこにいた

用がある感じを醸し出していたので、美緒はとりあえず再び椅子に座り竜也の言葉を待つことに
竜也はその場に立ったまま珍しく美緒の目を見て来るので、内心どういう風の吹き回しだろうという思いが湧き上がっている
やがて、竜也は唐突に頭を深々と下げてきたので美緒は戸惑いを隠し切れない

「ちょっと竜也...どうしたの?」
美緒が思わずそう言ったが、竜也は頭を下げたままの姿勢を崩さない

「さっきは本当にすまなかった。助かったからよかったじゃ済まされないからな。ずーっと心に引っかかってて」
先程の鈴懸と水沼の件をまた持ち返しての謝罪
もうさっきから何度も謝っていて、美緒がもういいからと言ってその場を収めたにもかかわらず、また改めてのそれ

こういう気の弱さというか、人の良さがこのプログラムでは命取りになりかねないと美緒は危惧している
もっと割り切って、結果論でも“よかった”で済ませて欲しいところだった

「もうそれ何度も聞いたから。ホントキミってやつは」
美緒は思わず目を細めて竜也を見つめ返すと、にっこりと微笑んでみせる
ん?という感じでキョトンとした竜也に対し、美緒はいつも以上に目を大きくして微笑み返す

「キミはあの時私に輝きをくれたんだから、もうその話はおしまい。今日と明日、私...だけじゃないな。祐里と光ちゃんもしっかりと守ること。わかった?」
言って、美緒は悪戯っぽく笑みを浮かべてウインクをしてみせる
まだ気持ちは晴れていない様子の竜也だったが、美緒の表情と様子を見て自身を納得させるように何度も頷いている

「ほら、早く戻って寝ようね。体力回復させないと辛いよ?」
美緒がそう促すが、竜也はその場に残っていつものように頭を掻いている
まだ何かあるのかなという感じで美緒が様子を伺っていると、竜也はまた一人で首を振っていたがやがて話し出した

「美緒ってさ、喋ってる時の声と歌ってる時の声全然違うよな」
竜也はそう言って普通に部屋に戻って行こうとするので、美緒は思わず噎せそうになっている
今、このタイミングでそれ言う? という感じ

「ホント、キミってやつは...」
美緒がそう呟くと、竜也は足を止めてニヤリと笑った

「俺はどっちの声も好きだから」
言っていつもの無表情に戻ってサムズアップポーズをして去って行く竜也を呆然と見送っていると、今度は入れ違いに祐里がやって来る

「竜が随分トイレから帰って来ないなーと思ったら、そういうことだったんだ」
祐里は意味深にそう言うと、美緒の顔を黙って見つめている

「ちょっと話をしてただけだよ。私もそろそろ部屋に戻って寝るしね」
美緒がそう言って席を立とうとすると、なぜか祐里はそれを引き留める
なら、私とも少し話をしない? と呼びかけられ、美緒は一瞬戸惑ったが再び席に腰を下ろすことに

暗闇ながら、いつも以上に祐里の視線は澄んでいるように見える
思い詰めている様子もなく、ただ前を向いている。そんな感じ

「一つだけお願いがあるんだ。竜だけは傷つけないでね? 変な話、私はどうなってもいいからさ」
言って、祐里は笑みを浮かべるとすぐに立ち上がって戻ろうとしている

え、どういうこと...?
美緒がそう感じ、思わず呼び止めようとした瞬間の出来事だった


“ウー”と、まるで高校野球の試合終了を告げるアレのようなサイレンが外に鳴り響いた

何事?という感じで竜也は再び居間に戻って来ると同時に、光も間もなくそれに続く
4人が居間に集合したと同時に、島中に響く竹内銀次郎の声

「オイ、終わりだ終わり。このプログラムは終了になったぞー」
4人はそれぞれキョトンとした顔でお互いに顔を見合わせている。え、何? ドッキリ?

しかし、どうやらドッキリでも何でもない様子で銀次郎の放送は続いている

「島に部外者が侵入した。緊急条項によって、このプログラムは強制終了という形になったんや。あと、外部からのハッキングでお前らの首輪はすべて無効にされてたしな。はっきり言って政府側のミスや。お前らのせいじゃない」

ハッキングと聞いて、光が思わず噎せている。まさかね?という表情を浮かべて首を傾げている

「今、それぞれの場所に迎えの者が行くからな。それまでゆっくり待っててくれぃ」
銀次郎の放送はそれで途切れ、マジで終わっちゃったん?という4人はそれぞれ複雑な表情を浮かべているが、竜也は意味深にニヤリと笑みを浮かべた

「ま、結果オーライじゃね。とりあえず生き残ったんだしな」
言って、いつものように右拳を掲げるポーズをすると祐里はバーカと軽口を叩きつつそれに続いた
なんだかなーと呟きつつ光もそれに続くが、美緒は不満そうに口を尖らせている

祐里にどうしたの?と咎められると、美緒は俯きながら首を振った

「こんな終わり方なんて...私、何しに来たんだろ」
美緒は何度も首を振りつつ、苦笑しながらようやく3人の待つ『絆の誓い』に拳を合わせた
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