例によって、あははという祐里の笑い声が届く中、美緒と光は向かいの部屋でそれぞれ布団の中にいる
何とも言えない距離感で並べられたそれが、二人の今の関係を表しているのかはわからないが
「美緒ちゃん、あの二人を一緒にさせて大丈夫なの?」
光が不意に呟くと、美緒は例によってふふという笑みからの、すぐにうんという返事
「さすがに今は大丈夫だね。明日もし移動になった場合、また別行動取らせることになっちゃうからね」
さらっと美緒はそう言うと、光は見えてもいないのに頷いて同意を示している
「美緒ちゃんが頑なに竜ちゃんと祐里の二人で行動させないこと、最初はちょっと違和感あったんだけどね」
光はそう前置きした後、ふふと笑んでから続ける
「けれど、さっきの家での出来事でそれは正解だったんだなって。竜ちゃんは祐里だけ守れればいいと思ってるし、祐里も竜ちゃんならきっと守ってくれると思ってるから」
光がしみじみそう言うと、美緒は再びふふという笑い声
「田原のやつね。私や光ちゃんの時だと一目散に逃げるくせに、祐里の前だとアレだもん」
結果的にはうまく行ったが、決して褒められた行為ではなかった
もし私や光が銃を持ってあの部屋に向かっていなかったら、果たしてどうなっていたことか
「あ、そうだった。光ちゃん、くれぐれも銃は撃たないでね。あくまで威嚇するだけでお願いします」
ちょっとおどけた口調で美緒がそう言うと同時、また隣から祐里のあははという笑い声が響く
「祐里、いい加減にしなさい」
まさかの光の叫び声に、隣の美緒は思わず噎せている
これも光が普段見せない姿
物静かで、基本的に穏やかな表情を崩さないイメージがあった光なのに、竜也や祐里と絡んでいる時は喜怒哀楽を割とはっきり見せている
どっちが本当の水木光なのか美緒には測りかねている。それが美緒が感じている光への“壁”なのかも知れない
「そういえば,,,美緒ちゃんも、結構野球部の試合見に来てるんだよね?」
物思いに耽っている美緒に対し、光が突然質問を飛ばしてくる
ん?という感じで聞き直すと、光は再び「竜ちゃんの試合。よく見に来てるよね?」と続けたので、美緒はあぁ、まあねと返答
「美緒ちゃん、観戦時はあまり一人でいない方がいいかも知れないよ」
何で急に?という思いと、また見に行くことがあるのかなという複雑な思いが交差した美緒だったが、意に介さず光は続けている
「恒星高校ってわかるよね? 西陵のライバルみたいな感じのとこ」
夏季大会では当たらなかった(別ブロック)が、函館で全道に行くのは大体西陵か恒星と言われているそれ
当然美緒も知っているので、うんと答えると光がさらに続ける
「そこのレギュラーの2年、ショートの坂本とか言ったかな。最悪だよあの人」
恒星のショート坂本、美緒は名前だけは知っている。何でも大型ショートで、プロ特注選手とかいうのを風の噂で聞いた
その彼が一体なんだというのか、美緒はちょっと興味が湧いてくる
「何かあったの?」
美緒がそう訊くと、光はふぅと大きくため息をついた
言いたくないオーラ全開に変わっていくのをはっきり感じ、美緒はしくったなという思いが急速に募って行った
思わず、「言いたくないなら言わなくていいよ」と続けると、光はすぐに大丈夫だよとそれを否定する
「私から話振ったからね。とはいえ、ちょっと下衆い話になるから言いたくないのは言いたくないんだけど」
ふふと小さく光の笑い声が響くが、再び大きく息を吐いている
よっぽどのことがあったに違いないと美緒が確信していると、光はぽつぽつと喋り出す
「竜ちゃんの応援に行ってたらね、急に人の気配を感じて。振り返ったら坂本がいたんだよね。え? って思ったら、すぐにだよ。『舐めてよ』だって。思わず聞き返しちゃったからね」
想像以上に酷いネタが飛んできたので、美緒は返答に困っているが光はまるで他人事のように続けている
「『おえおうさせたい。いやだ?』って迫って来て。逃げようって思ったら、ちょうど渚が戻って来てね。『あんた何? 西陵の杉浦よりヒット打ってから出直しな』って一喝したら、鼻で笑っていなくなったんだけどね。それでも私や渚の顔をニヤニヤしながら見つつ去って行ったんだよ」
やれやれという感じで光は首を振っている。暗闇の中でもはっきり感じ取れるそれから、怒りを隠し切れてないのを感じ取れる
「1回だけじゃなくて、また別の日にも来たからね。だから渚もずっと付き合ってくれるようになっちゃって」
ボディーガードのはずが、今では渚のほうが西陵野球部のファンになってるんだけどと付け加えて
「竜ちゃん見てね、あいつは終わった選手だろとか言って凄いバカにしてさ。私もさすがにイラっとしたんだけど、それ以上に渚がブチギレちゃって。もう大変だったんだから」
美緒はそれを聞いて、何で渚さんが?と思わず呟くと光は間髪入れずに返して来た
「渚も竜ちゃんのファンなのよ。これナイショね」
言って、光はまたふふと笑っている。美緒も思わずつられて笑みをこぼしている
どっかの誰かさん、モテないモテない騒いでるけど、隠れファンが多いじゃないかと内心ツッコミつつ
「へえ、何で竜也なんだろ。顔は別段いいわけじゃないよね? いや、私が言うのも変だけど」
美緒が含み笑いをしながら呟くと、光もつられて笑い声。美緒ちゃん、貴女酷いこと言うね。竜ちゃん泣いちゃうよと揶揄している
「だってさ、見た目だけなら岡田くんとかのほうがよっぽど華があるじゃない?」
美緒がそう続けると、光は含み笑いをしている
その様子が気になった美緒が、理由知ってるんだよね?と続けると当たり前でしょと言う光の声
「渚が何で竜ちゃんのファンになったかなんて、美緒ちゃんが一番わかりそうなもんだけどね。もちろん私もだけど」
光の意味深な問いかけに、美緒はふふといつもの笑い声で呼応する
「聞くだけ野暮だよね。理由なんていらないから」
美緒がそう呟いたが、光からの返答はない
しかし沈黙が同意ということなんだろうと美緒は感じ、ふふとまた笑みを浮かべているが、一つ幻滅させてあげようと一計を案じる
「そいやこないだ、私と竜也の2人でカラオケ行ったときの話なんだけど。竜也が『世界が終るまでは...』で高得点出してね。それでなんて言ってたと思う?」
急に質問を振られた光だったが、すぐに呼応してくる
わかる気がするよ、という返事に美緒は内心感心しつつ光の回答を待つ
「歌手と野球の二刀流! とかじゃない?」
光が笑いながらそう言ったのを聞いて、美緒は思わず噎せそうになる。中らずと雖も遠からずといったところで、さすが光ちゃんだなという思い
「どうも、WANDSの第6期ボーカルです、だって。誰がCD買ったり配信買うって話よね」
美緒も笑いながらそう返すと、光はそうねと呟いたあと微笑みながら続けていた
「少なくとも、私と美緒ちゃんは買うんじゃないの?」
言われ、美緒はまたふふと笑った。確かに祐里は買わなそうよね、と内心思いつつ