一人の少年と少女がファミレスにいた
楽し気な雰囲気かというと、ちょっと違う
黒いキャップを被っている少年、杉浦悠希は目の前にいる少女、進藤祐里には目もくれずにただスマホを弄っている
まあ一方の赤い髪でポニーテールの進藤祐里もただスマホを弄ってるだけなのだからどうにもならない
二人でいる意味はあるんですか? いや、ないんです(川平ism)
「私たちさ、もう終わりかな」
祐里がそう言うと、悠希はスマホの画面を見たまま「かもなー」と興味なさそうに答えた
二人は中学からの同級生。高校進学と同時に付き合うようになったが、2年になってから関係がぎくしゃくし始めた
特に理由はなく、互いに嫌いになったとかではない。ホントに、ただ何となく
今日も一緒にファミレスに来てはいるものの、単に晩御飯を食べに来ただけという状態
偶然お互いの両親が不在だから、なら一緒に行くか。程度の話であった
そして結果は、案の定ほとんど会話もなく食べて、スマホを弄っているだけという惨状
「あぁ、そいやもうすぐお前の誕生日だったなー」
悠希はいったんスマホを閉じたものの、無感情な感じでそう言った
それを聞いて祐里も、「だねー。昨年はサプライズとかあったけどねぇ」と、こちらも他人事な感じで返した
付き合って2か月すぎ、悠希と祐里は二人でカラオケへ行った時のこと
いつものように互いに好き勝手に歌っていたわけだが、悠希が”18番”のルビーの指環を歌ったとき
ポケットから取り出した、「ルビーの指輪」をプレゼントするというサプライズ
サイズとか全然わからないので、共通の友人である上野麗羅に調べてもらって買ったそれ
まあタチが悪いことに、左手の薬指にピッタリ合うサイズを選んでくれたという超絶サプライズ
とはいえ、二人でいるときはずっとつけていた”それ”を今日はつけていないことに気づいたのは今さっき
「あれ、捨てちゃっていいからな」
悠希が呟くと、祐里はちょっと寂しそうな表情を浮かべた
そんな時だった
二人の席の横に、二つの人影が現れた
「何だ、この辛気臭い空気は...って、誰かと思えば。ふーん」
男のほうの人影、緑川安理は悠希と祐里を一瞥して鼻で笑った
「やだやだ、こっちまでお通夜なっちゃうよこれ。。」
そう言って、同じように鼻で笑ったのは毛利香純だった。どちらも一応クラスメイトということになっている
安理と香純は祐里の上半身をまじまじと見た挙句、再び鼻で笑った
「何だ、てっきり男二人でいるのかと思ったら進藤祐里だったのね。相変わらずでかい顔だこと。くすくす」
完全にバカにした様子で香純が言うと、ニヤニヤ笑いながら安理も同意する
「杉浦、まな板と喋っててもつまらないだろ。何だったら僕がもっと豊満な子を紹介してあげるよ」
悠希はさすがにぶちキレてテーブルをバンと叩いてから立ち上がろうとしたが、すぐに祐里がそれを止めた
「やめて。私のことならいいから」
怒りは収まらなかったが、とりあえず悠希はそれに同意して二人をやり過ごすことにした
「なんだ、まな板の彼氏はヘタレオウ(牡5歳・鞍上横山典)かい」
安理がそう挑発してくると、今度は祐里が同じようにぶち切れ案件になりかけたのを悠希が止めた
「ねえ、店変えようよ。こっちまで暗くなっちゃうから嫌だわー」
香純がそう言うと、安理はわざとらしくハハハと笑ってから悠希たちのテーブルの伝票を奪い取った
「そうだね、そうしよう。君たちお通夜みたいだから、香典代わりに支払いは僕がしておいてやるよ。それじゃ御機嫌よう」
傍若無人な態度で去って行った二人を、悠希と祐里は呆然としたまま見送った
そして、二人はふつふつと怒りが湧いたのを抑えきれなくなっているのも感じた
さっきまでの別れ話がどうでもよくなるくらい、今は意気投合していた
ある意味恋のキューピッドだったのかも知れない。いや、それはねーな
「なぁ、コーヒーでも飲みに行かね? あいつ絶対いると思うし」
悠希が言うと、祐里はすぐに頷いて同意を示した
「高木くんね。私も彼に八つ当たりしたい気分だわ」、と
二人はスタバに行くと、期待通りにそこには先客がいた
イケメンというより”男前”のマッチョマン・高木信嗣が、彼女の黒髪ロングの美少女・天羽蒼穹と一緒にコーヒータイムしているのが目に入った
二人が注文を受け取ってから、「よっ」と同席すると信嗣はニヤッと笑った。「杉浦と進藤か。よく来たな」
蒼穹も二人を見て微笑むと、「いらっしゃい」と声をかけてきた
「いいとこに来たな。実は呼ぼうと思ってたんだ」
信嗣は蒼穹と目を合わせてニヤリと笑うと、入り口のほうに目をやった
「お、来た来た。こっちだ」
信嗣がいつもの大声で呼ぶと、店内の客たちは一斉に注目するが信嗣はまったく気にしない様子
悠希と祐里がその方向を確認すると、上野麗羅が微笑んで手を振っていた
麗羅も合流して、5人揃った
まあざっといえば、仲良し5人組
悠希と祐里は、さっきあった”出来事”をそれぞれ話すと蒼穹と麗羅は苦笑して首を振っていたが信嗣は違った。真顔で頷くと、
「よく抑えたな。手を出してたら面倒なことになってたぞ」
そう言ってから、またニヤリと笑った
「しかし、なんでお通夜みたいだったんだ?」
そう聞かれ、悠希は苦笑してから祐里と顔を見合わせた。どうする? 言っちゃう?と
結局それも伝えると、麗羅がびっくりした表情を浮かべて二人をまじまじと見た
「ダメだよ。別れちゃダメからね」
真剣に止めてきたので悠希と祐里は、再び顔を見合わせて苦笑した。そしてそれから祐里が言った
「なんかさ、どうでもよくなっちゃった。あ、違うよ。そういう意味じゃなくてね。別れようとしてたのがバカくさくなったってこと」
その意見に悠希も頷いて同意を示した。マジでそれ、と
「倦怠期ってやつか? つか杉浦、お前は別れたらやばいだろ」
信嗣はそう言うと、祐里のほうを見て小さく頭を下げた
「進藤、杉浦を捨てないでやってくれ。こう見えても悪いやつじゃないんだ」
高木信嗣。こちらも中学からの親友
いつ仲良くなったとかは覚えてないが、何かと悠希をフォローしてくれるナイスガイ
根っからのジャイアン気質を除けば、まあパーフェクトといえる存在だと思う
男気があって、顔もよし。そして彼女も美人。まあ俺の彼女も美人ですよ
「捨てるって。相変わらずあんたは面白いこと言うのね」
蒼穹は信嗣のほうを見てふふふと笑った
天羽蒼穹。パッと見はクールな美少女だが、話してみると予想外に緩いキャラクターで天然気味
祐里や麗羅と仲が良く、3人でよく行動している
それで取り残されたときは悠希と信嗣2人でスタバで駄弁っているケースがほとんどであった
上野麗羅は色白で華奢、異常に細い脚が特徴
悠希と祐里の仲を取り持ったのは麗羅だった
もともと悠希と麗羅が仲が良く、悠希が「気になる人がいるんだよな」と言ったのを結び付けるキューピッドを買って出てくれた
どうしてそこまでよくしてくれたのかはわからないが、「友達だからだよー」の一言できっと終わらせてくるだろう
「まあ、結果オーライだな。もうすぐ進藤の誕生日だろ、ちゃんとプレゼント送ってやれ。それでもう1回やり直しだな」
信嗣はそう言ってニヤリと笑って悠希を見据えた
自称”シャイで無口な近所のお兄さん”こと高木信嗣は、まあよく喋る
今も5人でいるのに、話題の中心は常に信嗣。4人はそれに相槌を打つ。その流れ
悠希と祐里は先ほどのファミレスでのアレが嘘のように、にこやかに会話をしていた
そう、まさに物事が変わるのは一瞬
「おっと、喋りすぎたか。今何時だ?」
信嗣がそう言って時計を見ると、時間は21時半になろうというところ
22時を過ぎると”補導”されてしまうので、今日は解散ということになった。明日も学校あるしね
それで5人はそれぞれ帰宅路へ
信嗣が蒼穹と麗羅を送って行き(家が近所なのだそうだ)、悠希は祐里を送っていくことに。まあ通り道だし当然だよな
「相変わらず高木くんはよく喋るね」
祐里がそう言って小さく笑うと、悠希も同じように笑んで頷いた
「だがそれがいい」
悠希がそう茶化すと、祐里はあははと笑った
何か久しぶりな気がする。二人でこうやって笑いながら話すのは
別れなくてよかった、そう今になって思った。一時の気の迷いで取り返しのつかないことになるとこでしたね
「ねえ悠希」
祐里が呼び掛けてきたので、悠希は「ん?」という感じで祐里のほうを見つめた
「私たち、今日からリスタートにしようか。緑川と毛利むかつくし」
祐里はそう言ってから、なぜか信嗣がよくやるマッスルポーズを決めてきた
いや、そのポーズの意味わからねえし...内心苦笑した悠希だったが、その意見については激しく同意だった
「しかしあれはひでえわ。。やべぇって」
悠希はそう言ってから思わず苦笑した。一人の女子に面と向かって、”まな板”呼ばわりはさすがに人間の所業とは思えない
俺はスレンダーな女子が好きだから、薄いのは歓迎ですけどね
デッッッも嫌いではないけれどもさ
「あ、ひっでぇ。あんたも私のことバカにするの?」
祐里はそう言ってジト目で悠希を見ると、すぐに両手を振ってそれを否定した
「ねーよ。むしろ外見なら俺のほうがよっぽどよろしくない」
悠希がそう自虐すると、祐里はまたあははと笑った
そんなこんなで祐里の家の前まで来ていた
「じゃあまた明日ね」
祐里はそう言ってから、手を振って家に入って行った
「じゃあの」
悠希はそう言ったが、きっとそれは聞こえてないだろう