戻る
NEXT
その日の夜
ある男の元に電話がかかってきた
電話を受けたのは樋口智宏という、ちょっとごつい感じの少年は通話の相手を見て、”あぁ”と思ってとりあえず受ける

「どうしましたか? あなたはフランスに魂を置いてきたはずですが」
樋口が軽口を叩くと、電話口の向こうの相手はノリノリでそれに乗っかってくる

「外れるのはカズ、三浦カズっておい! 僕は時間がないんだからくだらないボケを入れるんじゃないよ」
電話口の向こうは緑川安理だった。ホントに時間がないようで、やたらせわしない感じでまくし立てている

しかし樋口はそれを気にした様子もなく、ひたすらボケ倒す方向を選んだ
「それにしても王子、闇営業とは情けない。Youtuberに転身するのですか?」

王子というのは安理の通称。ホントに国王の王子というわけではないが、一応いい所の出ということで通称”王子”
まあクラスでそう呼んでいるのは限られた人数だけではあるが

「だから、君はいつも僕を誰と勘違いしてるんだ。まあそれはいい、今こそあの計画を実行に起こそうと思っているのだが」

電話口の向こうの安理は、いつも以上にテンションが高かった
はいはい、またですねと樋口は苦笑しながら話を受け流している
あの計画、「貧乳抹殺計画」という名のバトルロイヤル

安理の”陰謀”でこのクラスは女子が男子より圧倒的に多いわけだが、どうやら安理のお眼鏡に適う生徒があまりにも少ないことにご立腹のようだ
事あるごとに計画を実行すべきだ、という業務連絡を”従者”の樋口に送っている次第だ
ちょっと面倒になってきた樋口だったが、とりあえずは応対することにした
「王子、何かあったんですか?」
そう聞くと、電話口の向こうの安理は見えるはずがないのに何度も頷いていた

「それだよ。食事の後にスタバに寄ろうとしたんだが、事もあろうに高木と杉浦が彼女連れで先に来てやがってだな
僕のアモーレのカッスが嫌がって行けなかったんだよ」
通話越しでもわかる激高ぶりだった。つか逆切れ? しかし安理はさらに続ける
「なんだよ、高木も杉浦もまな板だか洗濯板だか知らんがそんなのを連れて僕たちが行く店に来るんじゃないよ」

変わらずの暴言に樋口は思わずぷっと吹いてしまった。まな板に洗濯板ねぇ
天羽蒼穹に進藤祐里、どちらも美人だと思うんだけどな(個人の感想です)

「そういうわけだから。ちょうど明日は遠足だしね、その時にわかるよ」
そう言って電話を切ろうとする安理を、樋口は慌てて止めた

「王子、無謀すぎますよ。失礼ながら、王子の身体能力から行くとジョバーなのは杉浦くらいしか見当たりませんが」
至極当然の本音を告げると、電話口の向こうからクククと不敵な笑い声が響いてきた
「まああのヘタレオウ(牡4歳 M・デム)に負けることはあり得ないだろうけどね」
そう言った後、再びクククという笑い声
「まっとうなルールならそうなるかもね。だが発案者は僕だから、じゃあまた明日」
そう告げると、安理からの電話は途切れた

とはいえ、朝令暮改が基本の安理のことなので、どうせなんもないだろうなーと樋口は思っていた


同じ頃、悠希が「たらいも」と帰宅する
部屋に入ったとほぼ同時、”HOLD OUT"が流れたので、悠希は通話に応じる
「おう、今は進藤の部屋で二人っきりか?」
相変わらずの高木節全開だったので、悠希は「切るぞ」と即答する
「おい、待て待て」
電話口の信嗣は笑っていた

「お前こそ天羽とハッスルハッスルか?」
悠希が反撃すると、信嗣は「いや、俺は今吉野家だ」とまさかのマジレスだったので拍子抜け
つかお前、22時過ぎてるじゃん。補導されるぞ

「大丈夫、俺の顔を見て17と思うやつはいない」
聞いてもいないのに大声でそう話す信嗣。いや、店員とかに通報されたらどうすんだよ
「それはそうと、お前。まさか進藤捨ててあの子を狙ってるんじゃないよな?」
信嗣が思わせぶりなことを言ってきた。悠希はすぐに誰のことを言ってるか見当がついたので、ここは華麗にスルーを決め込むことにした
「何言ってるんだかワカリマセーン」
懐かしの原田芳雄を降臨させたところ、思いのほかウケていた。ハハハという笑い声が聞こえてくる

「進藤でも十分お前に過ぎたるものだろうが。わかってるんだろ」
信嗣が窘めるように言うと、悠希はわかってるわと笑いながら返した
「そもそも電話番号すら知らねーよ。話したのもこないだがほとんど初めてみたいなもんだぞ」
悠希がそう言うと、信嗣はそうなのか、とちょっと意外そうなテンション
「そのわりにはこないだすごい楽しそうだったけどな。進藤は寝てて気づかなかったみたいだが。
てっきりあれが原因かと思ったくらいだぞ」

あれ
先日の古典の授業が図書館での自習になった時のお話
祐里は威風堂々と爆睡。信嗣は筋トレの本を読んでいる中、悠希は図書館に置いてある競馬新聞を広げて読んでいた時の出来事

「...どの馬が来るの?」
不意に後ろから声がかかったので悠希が振り向くと、そこに立っていたのは予想外すぎる人物だったので驚いた
水木光。クラス1どころか、行内一の才媛。え、あなた競馬とかやるの?
それをつい聞いてしまうと、光はすぐに首を振った。「ううん、父が」
そう言ったので納得しかけると、さらに上をいく答えだったわけだが
「父が馬主でね。まあこのレースには出してないんだけど」

才媛様はお嬢様だった! いや、見るからにそうなんですけど。つか俺この子と話すの初めてな気がする

その後、しばらく悠希は光に”レクチャー”をした
そうそう、『穴馬』ならこれって教えたのが2着に激走したよ。軸間違えたから外したけどな

閑話休題、さすが信嗣。その様子までしっかりお見通しだったとは
「とにかくだ、水木光はお前には家賃が高すぎる存在だろ。って、進藤祐里だって十分家賃が高いと思うんだけどな。ハハハ」
信嗣はそう言って、再び高笑いしている。いや、その通りだと思いますよ。よく祐里は俺と付き合ってくれてるなって思いますし、おすし

その後しばらく信嗣が一方的に喋ったあと、悪い。長く喋りすぎたと言って、通話は途切れた
ホント、どこがシャイで無口なんだよと悠希が思って内心苦笑していると、今度は”STARDUST"が流れ出した
見るとそこには見たことのない電話番号
普段なら、はいはい詐欺の電話ですねと言ってスルーするところだったが、今回は何となしに電話に出てしまった

「もしもし?」
聞き慣れない女子の声だった。あれ、どっかで聞いたことあるような。ないような。と悠希が戸惑っていると、
「水木光です、こんばんは」
電話口からそう聞こえてきたので、悠希は非常に驚いた。つかタイムリーすぎますし。そもそもどこから俺の番号を

「夜分遅くごめんなさい。あ、番号は上さまに聞いちゃいました。ごめんなさい」
上さま=上野麗羅。人に頼まれると断れない性分の彼女だから、これは仕方ないとこであろう
そもそも電話番号とか減るもんじゃないからね、いくら教えてもいいよ。詐欺業者とかじゃないならね

「別にいいけど。どうした?」
悠希はあえて平静を装ってそう言うと、光のよかったーという声が聞こえてきてちょっと楽しくなってしまった
「杉浦くんが言っていた穴馬が、今日ホントに来たのですごいなーと思っただけなんですけどね。ちょっとびっくりしちゃって」
育ちの良さが溢れ出る敬語三昧に、悠希はニヤニヤが止まらなかった
確かに俺と釣り合うわけないね、この子は。こうやって電話できただけで僥倖なことのような気さえするね

「それだけなんですけどね。もしまたよかったら、競馬のこと教えてください」
いや、俺馬券全然当たらねーしと悠希は内心苦笑しながらも、「いいよ」と答えてしまった
「それじゃ遅い時間なので失礼します。おやすみなさい」
光がそう言って電話は途切れ、悠希はよくわからない感情に捉われつつニヤニヤが収まらなかった

しかし、運が悪いことに部屋のドアが閉じていなかったのでそのニヤニヤを悠希の姉の明里が見ていたのだからタチが悪い

「何だ、何かいいことあったのかー? お姉ちゃんに話しなさい」
そう声をかけて部屋に入ってこようとしたので、悠希は慌ててドアを閉めて鍵までかけてやった

「そういうことするんだー。祐里ちゃんに言いつけちゃうぞ」
何で気づいてるんだよ、と悠希は思って一瞬No Tranquilo.になったが、別にいいやと思ったので放っておいた
実際絶対そういうことしないと信じてるしね。なんだかんだでいい姉
そうそう、電話帳登録忘れないようにしないと

「祐里ちゃん可愛いじゃない。何で別れようとしてるの」
ドアの向こうで明里はしみじみと話している
いや、その話なくなったし。つか何でそれも知ってるんだよ、と内心のツッコミが追い付かない状態
そういや祐里は姉ちゃんにやたら懐いてたな。もしかしたら何らかのことを愚痴っていたのかも
悠希がそう思っていると、いつの間にかドアが解錠されていた。ニコニコとほほ笑む明里の姿が目に映った

「おい、ピッキングしてんじゃねーよ」
悠希が笑いながら言うと、明里はどや顔でヘアピンを見せつけてくる
「祐里ちゃん言ってたわよ、最近悠希が冷たいって。私も冷たいんですけどとも言ってたけど」
そう言って明里は破顔したが、よしよしと頭を撫でてこようとしたのを拒否したので、再び仏頂面

「仲良くしなよ。あんないい子、あなたにはもったいないよ」
信嗣だけじゃなく明里にも言われてしまったので、悠希はまた苦笑い
「わかってるよ」
ちょっと照れながら悠希がそう言うと、明里は満足そうに手を振って戻って行った
ったく...悠希は再び苦笑したが、一応祐里に電話をかけることにした

そう思ってスマホを持った直後、今度は”覇道”が流れだす。おいおい、以心伝心かよ
「すげえ、俺もいまかけようと思ったところ」
悠希が通話一番そう言うと、スマホ越しにあははと祐里の笑い声が届いた
「別れる寸前だったのにね、またこんなに気が合うようになったんだ」
さり気にひどいことを平然と言ってのける祐里に、悠希はかなり感心していた。すごいね、あなたと

「しかしまぁ、あれはひでえわ」
悠希がそう言うと、祐里がまたあははと笑っている
「何だっけ。まな板にヘタレオウだったっけ」
祐里は笑いが止まらなくなっていた。いい精神力してるね、自分も大概バカにされたのにと再び悠希は感心

「ただ、あれはむかついたわー。私ってそんな顔でかいかな?」
非常にデリケートな質問が飛んできたので、悠希は一瞬逡巡したがすぐに解決策を思いついて内心ほくそ笑んだ
「大丈夫、俺は頭でかいから。それでお似合いのカップルだ」
何だかよくわからないが、すごい自信ある発言。いや、祐里の顔がでかいのを否定してやれよという感じだったが
電話口の向こうで祐里のあははという笑い声が一段と大きくなっているのを聞いて、あぁ正解だったと悠希は一人サムズアップポーズ

「そうだ。明日の遠足、あんたどんな服装で行くの?」
祐里がそう聞いてきたので、悠希は待ってましたとばかりにすぐに答えた
「白スーツ一式にマントをつけて、な」
再び見えてないのにサムズアップポーズをする悠希だったが、今度は祐里の笑い声は聞こえてこなかった

「...別れよっか」
ファミレスで聞いたそれが再び聞こえてきたので、「わかった。じゃあ指輪捨てといて」と悠希は冷たく返した

一瞬の沈黙があった
悠希はこれがどっちに転ぶか読み切れなかった。あまりにも軽率な発言やっちゃいましたね、これ
あーポカしたにならないといいんですけど

「私速い。殺人バファロー走法に悠希仰天」
祐里が唐突にぼそっと言いだしたので、悠希は思わず吹いてしまった
「悠希唸った。”爆走”私が緑川と毛利殺した」
そう言って、祐里はまたあははと快活に笑った
危なかった。セフセフ...悠希はバレないように大きくため息をついた

「祐里、ごめん。明日からまたよろしく」
悠希が苦笑しながらそう言うと、祐里も「こちらこそ」とちょっと小声気味にそう返してきた

「それじゃまた、明日遠足でお会いしましょう。Adios.」
いつもの決め台詞で悠希がそう言うと、祐里はふふと笑ってから「お休み」と言って通話は終了した

さて、ハチナイの全国大会でもやるか...悠希はそう思いつつ、布団でゴロゴロしたまま寝落ちしていた
BACK