6時ちょうど。竜と光は”庁”から出て廃墟へ向かう
6時なのに放送がかからない時点でもうお察しのレベルで、廃墟に行けばもうどうにでもなりそうな雰囲気さえ漂っている
心なしか光のテンションは高めで、「竜さん、どうして悠さんは生きてるんですか?」と何度目かの質問をするが、俺がわかるわけないだろ。水木、お前は世界一の才媛なんだから自分で考えてくれと一笑に付している
2人の頭の中から、あの生き物の存在はすっかり消え失せていた
廃墟に行けば終わる。廃墟に行けば悠が待っている、それしかもう考えられない状況
まだ血に飢えたキングコングが健在ということを失念していて、竜と光は庁に武器をすべて置いて来てしまっている
重いからもういらないだろこれと竜が言って、光も私ももう触りたくありませんと言って同意してのそれ
庁から廃墟までざっと10分くらい。辺りはまだ明るく、比較的開けた道が続いている
函館戻ったらパーティーしましょうねと光が笑顔を浮かべてそう言うと、竜は被りを振っている
前も言っただろ。戻ったらもう俺と関わらないほうがいい。お前と俺は住む世界が違うんだからなとあくまで涼しい顔で竜がそう告げるが、光はその華奢な肩をいからせて竜を睨んでいる
「ダメですからね。私と竜さん、そして悠さんでカラオケパーティです。もうこれは決定事項ですから」
光が笑顔でそう言い終えそうになった瞬間、前方を見ていた竜の顔色が変わった。光の口を手で塞ぐと、小さく首を振ってみせる
「やばい、ヤツがいる。ゴリラが楽しそうにスイングしてやがる」
竜は光の口から手を離しつつ、周囲の様子を伺っている
幸いまだなおみはこちらに気づいてない様子だが、このまま進むとジ・エンドは確実
「水木、迂回できるか?」
竜が耳元で囁くと、光はすぐに首を振った。無理です。一本道ですからここと絶望した表情に変わっている
そもそも逃げ場もないし、隠れ場所もない有様
とんでもない髪型にバージョンアップして、何とも言えない奇抜な衣装を身に纏って有刺鉄線ラケットで素振りを念入りにしているなおみの姿は一段と大きく見え、どうすればいいんだろと光は内心お手上げ状態だった
ふぅと思わず光が天を見上げて息を吐いた矢先の出来事だった
「竜、光ちゃん。こっちこっち」
不意に声がかかった
手前の小さな傾斜のほうから手招きしているのは、紛れもなく悠だった
早くと言わんばかりに手招きしている悠を見て思わず泣きそうになる光だったが、「時間ないから早く。キングコングに気づかれたら私たち終わりだから」と悠が強めの口調で再び呼ぶ
それで竜と光がその傾斜のほうへ向かって歩を進める。なおみは気が触れたように一心不乱でスイングをし続けていて3人には気づいていない
合流してすぐ、小さな古民家があった
「ここだよ。入って」
先導していた悠のあとに続く竜と光。そこに入ると同時、竜と光は思わず目を丸くして驚いている
どこから集めたのかPCが数台ケーブルに繋がれていて準備万端の状態
「元から此処にあったんだよ。私は何もしてないから」
相変わらず聞く前に答えている悠だったが、光がどうして生きてるんですか。どういうことなんですか?!と涙声で問いただすと悠は真剣な表情を浮かべて光のほうをしっかりと見据えた
「首輪のデータを度羅務環奈と入れ替えてね、あとは幻術使っただけだよ。私は現代に蘇った果心居士だから」
済ました顔でとんでもないことを言っている悠だったが、実際に目の前に悠がいるのは事実
これ、信じないとダメなんですかね?と光が竜に聞くと考えるだけ無駄だ。悠はここにいる。これが答えだろと苦笑している
ていうかいいんですか? 盗聴されてますよと光が告げるが悠はちっちッと顔の前で右人差し指を振ってみせる
「どうして6時の放送がなかったと思う?」
いきなりそう振られ、光はわかりませんと首を振ったので悠は小さく笑みを浮かべて頷いている
「それが答えなんだよね。もう首輪が作動しているのはあのキングコングだけ。だからなんだよと涼しい口調で言ってのける
そう、もうプログラムは実質終わったことになっている。しかしそれを知っているのは政府関係者と悠だけ
あのゴリラはまだ終わってるって気づいてないからね。私たちや樋口たちを見つけたら惨殺しに来るよーとどこか楽しげに語る悠は、どう見ても本物の本原悠そのもの
「俺からも一つだけ聞かせろ。いつ”入れ替わった”?」
竜がそう訊くと、悠は竜のほうを見て笑みを浮かべている。逆にいつからだと思う?と訊き返してくる始末
竜がもう面倒になったので返事をしないでいると、悠は
「夜中だよ。寝に行ったときにたまたま窓から度羅務環奈が見えてね。あ、これはまさに時が来た(プッ)だと思ってさ、やっちゃった」
相変わらずとんでもないことを平気で言う悠に対し、竜は「まあもうどうでもいい。とりあえずあのゴリラを何とかする手段ないのか?」とお手上げな表情で続けた
悠はそれで不敵な笑みを浮かべている
「大丈夫だよ。あのゴリラはもうすぐ現れる樋口たちを殺せば満足してどっかの山に帰るから」
根拠があるのかないのかわからないとんでもないことをまた涼しい顔で言う悠に対し、光はちょっと憤った表情を浮かべた
「ダメです。もうこれ以上人が死ぬのは見たくありません」
情が沸いたのか、また別の感情なのかはわからないが光がそう言う。それで竜も頷いている
「悠、それはダメだ。お前のことだ、何か別のアイデアあるんだろ?」
それを受け、悠はいつもの無表情に戻っている。えー、いやだー。めんどくさいよーと感情がまるでない棒読みでそう言う
「じゃあ選んで。あのキングコングが死ぬか、樋口たち3匹が死ぬか。私たち3人が死ぬか。3択問題だよ。はい、じゃあ竹下景子さんどうぞ」
そう言って悠は光のほうをしっかりと見据えた。そして竜も同じように光のほうを見つめている
いや、私竹下景子じゃないです。そもそも竹下景子って誰ですか...?と思う暇もなく、悠が「ほら早く。時間ないよ」と結論を煽って来る
確かにそう。樋口たちはもうすぐ廃墟前にたどり着くに違いない。そうなれば間違いなく...血の雨が降るぞーなのは目に見えている
「わかりました。キングコング消滅でお願いします」
光がそう言うと、悠は間髪入れずPCのキーボードを押した。まさに待ってましたと言わんばかりに
何をしたんですか?と訊く光に対して、「知らないほうがいいよ。全てを知るのが全て正しいとは限らないんだからね」
悠はそれで額の火傷を隠すように前髪をしっかりと改めて揃えている
「これでおしまいだよ。今何時だっけ?」
悠がそう聞くと、光が6時半ですと間髪入れずに答えた
「わかった、じゃあ8時にここ出よう。廃墟には行かないから。海のほうへ向かうからね」
え、ずいぶん遅くないですか? そして何で海..?
突っ込みたいことが多すぎる光だったが、悠はまたチッチッと顔の前で指を振ってみせる
「竜。私お腹空いたんだよー。なんか作ってー」
まさかそれで8時なんですか?と光が訝しげに訊くと、当たり前だよーと悠は涼しい顔で返す
光はそれで竜のほうを見てみるが、竜はまるで動こうとしていない。むしろ竜も光のほうを見ていて、
「水木、お前が作ってやれ」と言って下を向いて笑っている
間髪入れずに悠は「嫌だよ。せっかくプログラムから生き残れたのに、光ちゃんの料理食べたら死んじゃうじゃん」と酷すぎる発言をして、すぐに光に頭を叩かれていた
「悠さん。今度という今度は許しませんから。函館戻ったら竜さんと悠さん、ずっと歌わせますからね」
堪忍なと悠が謝罪しているが、光はダメですと言って力強く否定していて、そのやり取りを見ながら竜は小さく笑みを浮かべていた
樋口たちは廃墟を目指して歩いていると、前方からすごい勢いで”キングコング”が爆走してきた
目にも止まらぬ速さで素振りをしながら駆け抜けていくそれを呆気に取られたように見送る3人。何が起きたかわからなかったが、「ま、いっか」の精神でそのまま歩を進める
直後爆発音が聞こえてきたのは、きっとなおみのレッツランニングと関係あったのだろうがそれはもう確かめられる余地はない
廃墟前に無事たどり着いたが、竜と光の姿は見えない
「おい、どうするんだ。廃墟に来れば勝ちだと言ったじゃないか。西崎と水木がもうやられてしまったのなら、僕ら3人で殺し合いしないといけないじゃないか」
安理はそう忌々しく呟くと、目の前に拳銃を放り投げる
それで和屋も樋口から預かっていた拳銃を同じように放り投げると、お手上げのポーズを取ってみせる
「もうどうせだし、ジャンケンでもするか。それで恨みっこなしだ」
樋口はそう言って銃のほうに視線を向ける
6時の放送はなかったが、最後の1人になるまで殺し合うのがプログラム。自分たちが殺し合いをして、最後の1人になれば”お迎え”が来るということなんだろう
”桃園の誓い”こそ結んだが、他に手段がないならやむを得ない。この場に竜と光がいないというのが答えなのだろう
もちろん3人の気が進むわけはなかった。何としても3人で生き延びたい、その想いで3日間逃げ延びたのが全て水疱と帰してしまう
「死にたくないよ、待ってくれよ、俺はまだ死にたくないよ、何で死ぬんだよ」
思わず天を見上げて和屋がそう叫ぶとすぐに安理も呼応する
「母ちゃん、暑いなあ」
2人はもう死ぬ気でいる。樋口はそう感じると、思わず地面に『SOS DADA』と書いてしまう
3人それぞれの思いは一つ。自分は死にたくない、けれど仲間も殺したくない。ただそれだけだった
どれくらい時間が経ったかわからない。3人がそれぞれ立ち尽くしていると、不意に和屋のスマホから着信音が流れる
”どんなときも”が不意に流れ、思わず歌いながら和屋がスマホの画面を開くとそこには謎のメールが届いている
『廃墟を進んで廃坑を抜けて。そのままトンネルを突き進めば本州に出れるよ』
間髪入れず安理のスマホにも同じように着信音
”突然 君からの手紙”と安理が歌いながらそれを開くと、『首輪はもう解除済みだから安心して。本州に出れば迎えが待ってるから』
間もなく樋口のスマホにも着信音が鳴った
”Stone Pitbull”が流れる中、樋口も同じようにスマホを見る
『トンネルは10キロ以上歩くことになるからね。樋口さん頑張って!(横山典弘ism)』
3人はそれを互いに見合い、思わず笑みを浮かべている
このメールが誰から送られてきているかはわからない。けれどわざわざご丁寧にこんなメールが届いている時点で、俺らは勝利したんだという確信が生まれている
「とりあえず廃墟の中を進んでみようじゃないか。虎穴に入らずんば虎子を得ずだよ」
安理は足元の拳銃を蹴り飛ばすと、真っ先に廃墟の中へ進んでいく
おい、待てと言わんばかりに和屋と樋口もその後へ続いていく
まだ時間が遅くなっていないこともあり、ぎりぎり周囲が見えている。メールの通り廃墟を突き進むと廃坑へ繋がっており、そして間もなくトンネルが見えて来た
「勝ったよ。僕たちは勝ったんだ」
勝利の雄たけびを上げる安理だったが、和屋と樋口が背後から冷静に肩を叩いている
「まだだ。これから10キロ以上歩くんだぞ」
樋口がそう告げると、安理は叫んだ
”加古川の人、帰れへん!!”
約3時間かけてトンネルを歩き終える3人。空腹と疲労で死にそうな3人の目に飛び込んできた光景は、あまりにも驚くべきものだった
政府お迎えと思われる黒塗りのベンツが2台止まっており、ともに運転席には黒スーツの男が座っている。それはいいのだが...
前方に止まっているベンツに座っているそれぞれ西崎竜、水木光、そして本原悠の姿が目に映った
「おい、幽霊だ。また本原の幽霊があそこにいるぞ!」
和屋が思わず指を差してそう叫ぶと、悠が座っている側の窓がスーッと開いた
「みなさん、お元気ですかー?」
なぜかアフロヘアーのかつらをつけ、サングラスをかけたうえで悠はそう言うとすぐにサングラスを外してにっこりと微笑みを浮かべた
その笑顔に思わず心ときめく和屋に対し、悠は笑顔のままこう告げた
「お前だな。こけし呼ばわりしたやつは。函館戻ったら...処す」
それだけ言うと悠は右手の中指を立てたまま窓をスーッとまた閉めている
和屋が驚愕の表情を浮かべていると、樋口と安理はそれぞれ肩を叩いて励ましていた
「お前はもう死んでいる」
「一体いつからプログラムを生き残れたと錯覚していた?」
2人からの熱いメッセージを受け、和屋は思わず天を見上げた
「うぁー。俺に時間をください!」
夜空には和屋の声だけが反響していて、それを聞いている樋口と安理。それに光と悠、そして竜も笑みを浮かべていた
その後の6人がどうなったのか。その答えはもちろん.....
Fin