“妙に仲村によく似た刑事が出る映画”を見た後は、ラッピでまったり過ごして無事リフレッシュを果たした竜也だったが正直まだ『恐怖心』みたいなものは抜けていない
あの時はたまたましっかり一塁に投げることが出来たが、次もまたうまく行くのか...
あ、これまた夜眠れなくなるコースだとベッドで寝転がっている竜也が一人自嘲していると不意にスマホに着信があった
ん?という感じで竜也がそれを確認すると祐里からのLineだった
『映画面白かったね。つか何であんな仲村にそっくりなの?(笑)』
祐里も同じことを思っているようだった。まあアレだけそっくりだと仕方ないよなーと思いつつ、何か返信でもするかーと腰を上げると同時に祐里からの今度は通話の着信が
いや、割とさっきまで喋ったばかりじゃね?と思いつつ拒否する理由もないのでそれを受けることに
「寝てた?」
いつもの感じで祐里がそう言ってくるので、竜也はすぐにそれを否定する
にゃ、また寝れなくなりそうだったと素直に苦笑しながら言うとすぐに祐里の声のトーンが変わる
「お願いだからもう辞めるとかナシだからね? あんた辞めたら私マネージャーしてる意味なくなるじゃん」
意味深なことを言って祐里はふふと笑っている
竜也がわかってるって。とりあえず何とかやってみるからというと、安心したようにスマホ口から大きくふぅと息をつく声が聞こえた
「まあ今日もう遅いからね。さっさと寝て、明日また部活でね」
祐里はそう言うと通話を終了させた
何か心を見透かされた気がした竜也だったが、何かモヤモヤしていたものが一瞬引いたのも感じた
あぁ、これなら何とか寝れそうな気がする...
翌日。部員たちがまず軽いランニングを終えると、仲村が集合をかける
「全員いるな?」
仲村がそう言うと、主将でエースになる二年の中岸宏之がいますと無駄に大きな声で返事をしたので仲村は頷いて、そして続ける
「まずみんなに言うことがある」
そう言って仲村は竜也のほうを見てニヤッと笑った
「杉浦のことだが、打撃に専念してもらうためセカンドをやってもらうことにする。足首や肘に不安もあるからな、現状それがベストだろう」
それを受け部員たちは一斉に竜也のほうを見る。まあ確かに間違っちゃいないんだけれども、今それを言うのかと竜也は内心感心しつつ感謝していた
祐里も同じように感心したように仲村のほうを見ているのが見えて、竜也は思わず笑いそうになったがそれを自重する
「マジかよ。大丈夫なのか?」
パワフルな打撃と明るい性格がウリの捕手の千原が心配そうに声をかけてきたので、竜也は大丈夫だと右手を上げて応えた。いや、大丈夫かはわからないけれども
「うわ....最悪だ」
そう言って嘆いているのは千葉安理。通称玉子こと安理は、空白になったセカンドのレギュラー一番手と自負していただけにショックが大きいらしい。何度も天を仰いで悔しそうな様子を隠せないでいる
「なるほどね。それでこないだ送球を躊躇ったのか」
一人そう言って納得しているのが一際クールさが目立つ草薙京介
竜也と同じく1年でベンチ入りしていた“逸材”は、互いにライバル視して切磋琢磨している仲でもあるだけに、セカンドでもショートでも一緒だ。たくさん打って僕にしっかり繋いでくれと上から目線で言って竜也の右肩をポンと叩いた
竜也は思わず苦笑しつつ、“頼むぜ相棒”と軽口を叩いて返すと今度は樋口智宏が竜也の左肩をポンと叩いた
ん?という感じで振り返ると、強面ながらなぜか親しみを覚える笑顔を樋口は浮かべつつ「どんな送球でも取ってやるから。今度はちゃんと投げてくれよ」と言って頷いていた
あぁ、これから樋口にはかなり迷惑をかけることになるかもなと思いつつ竜也は静かに頷いて返した
収拾がつかなくなりそうな気配を感じたのだろう、仲村は練習再開!と声をかけたので再び部員たちは練習へ戻った
それから1週間が経過した
練習でもイップスの片鱗は出かかるものの何とかごまかしは効いている状態
樋口が「おい、送球でツーシーム投げるんじゃねーよ」と揶揄うと、竜也は「わかった。次はスライダー投げるな」と軽口を叩けるようにはなっていたが
祐里がその様子を見て仲村に、「監督...竜、大丈夫ですかね?」と訊くと、仲村は小さく首を振った
「今は応急処置をしているにすぎん。あいつのアレは試合じゃないと治らない。それもショートを守ったうえでな。だがまだその時じゃない」
仲村はそう呟くと、部員たちに集合をかける
「明日練習試合があるのは言ってあったな。それじゃスタメンを発表するぞ」
部員たちは固唾を飲んでその発表を待つ。新チームになって初めての試合だ。みんなそれぞれ試合に出たい、スタメンに選ばれたいのは当然のこと
一方の竜也はあれだけ不安定な送球を披露しているだけに、堅実さがウリの安理がスタメンかもなーとまるで他人事のように考えていた
「1番サード草薙!」
仲村がそう叫ぶと、京介は一瞬え?という表情を浮かべたがやがてすぐにハイ!と返事をする
あぁ、これ俺完全ベンチかベンチ外だわ。そらそうなりますよねとやはりどこか他人事な気になっている竜也は、その感情に違和感も覚えている。あれ、俺なんで悔しくないんだろう...的な
祐里もいつも以上に目を丸くして驚いている様子
夏の市予選、道予選と不動の1番打者だった竜也が呼ばれなかったのだから、どういうことなの?という感じで仲村のほうを黙って見つめている
「2番セカンド杉浦!」
次に仲村がそう叫んだので祐里はふぅと安心したように小さく息を吐いたが、竜也は呼ばれると思っていなかったので返事が出来ないでいた
仲村が「返事は?」と続けたので、はいと返したが俺スタメンでいいの?と自嘲している状態
それくらい練習の手応えがなかったわけで、他のメンバー差し置いていいのかなと思う気持ちが強かった
その後も悲喜こもごものスタメン発表が続く。ベンチ入りの9人含め18人の発表が終わると同時、中岸が「頼むぞ。やればできる!」といつもの前向きなメッセージと共に小さくガッツポーズでそれぞれ17人に声掛けをしていた
「僕の後にキミか。監督も考えたものだね」
京介はそう言って竜也の右肩を軽く叩いた
「明日は全部出塁するから。それをすべて返すのがキミの仕事だよ」
そう言ってニヤリと笑って京介は、近寄ってきた祐里に小さく頭を下げつつその場から去って行く
「2番なんだね。てっきり1番だと思ってたからビックリしたよ」
他の部員たちが見ている中、普通にそう声をかけてくる祐里に内心苦笑しつつ「2番じゃダメなんですか?(蓮舫ism)」と思わず真顔で返した竜也
それを聞いて思わずぷっと吹きだす祐里を見て、いつの間にか傍に寄って来ていた中岸が微笑ましそうにそれを見つめていた
「進藤さん。あなたの笑顔で我々部員たちは救われてます。これからも杉浦だけじゃなく部員全員を支えてください」
いつもの満面の笑顔でそう屈託なくそう言われた祐里は思わず噎せたが、すぐに被りを振った
「違いますって。私と竜はただの幼馴染ですから」
聞き飽きたフレーズを祐里がまた繰り返すが、もう部員たちは誰もそれを聞いていない
冷やかしの声が鳴りやまない中、仲村は浮かない表情をしている竜也の様子を見て首を捻っていた