戻る
Back
Next
『ねえ、さっきのアレってどう意味なの?』

西陵に戻った後、試合後の練習はなしとのことで解散
一緒に帰ろうと思っていた祐里を置いてさっさと竜也が帰宅していたので、仕方なくLineを送ってみた

返信はすぐに来た
『言葉の通り。祐里ならわかるでしょ』
短い文章だった。とりあえず返事が来たことには安心したのだが、どうやら冗談で言ったわけではないのがわかり祐里は動揺を隠せない
かといって誰に相談すればいいかもわからず困惑は募るばかりだった

その後も竜也は何事もないように部活にも試合にも参加していた
傍目は普段通りで精力的にやっているようにしかみえないそれだったが、祐里はなんか違うんだよなぁと感じている

秋季大会、春の全道大会共にベスト4敗退
他の部員たちと異なり、竜也は妙に割り切っているのか冷め切っている様子が見受けられる


「重症だな」

とあるの練習の日、祐里の背後からそう声がかかった
え?という感じで振り返ると、そこには仲村がいつものようにクールな表情で傍に立っている
仲村はランニング中の竜也のほうを見てから祐里のほうを見て、寂しそうな表情を浮かべている

打率だけを見れば前年とほぼ同じ。勝負を避けられる場面も増えてきているのか四球が増え、出塁率は凄いことになっているのだが
仲村もそう感じているのかと思い、祐里は内心安堵したがとりあえずとぼけてみることにした

「何がですか? 昨日の試合だって4打数3安打だし、守備でもいいプレイがあったじゃないですか」
祐里はそうフォローするが、思い当たる節しかなかった

昨日の試合
夏大会へ向けての壮行試合といったところの練習試合での出来事

新入部員のマネージャーがベンチ入りして体験練習といったところのため、祐里はスタンドで観戦していた
それを知っていたので、“来ちゃった”という感じで光と美緒も一緒に観戦に来ていたのだが


光と美緒が何気なく言った一言で事件は起きる

相変わらず淡々といった感じでヒットを量産している竜也を見て、光が「竜ちゃんってあんなつまらなそうにプレイしてたかしら」と何気なく呟くと美緒がすぐに頷いてそれに同意を示した

「噂に聞いていたのとは全然違うね。“星屑の天才”だっけね、凄い打者だって聞いてたんだけど、普段の竜也と違う人にしか見えないよ」

最初は黙って聞いていた祐里だったが、ふつふつと湧き上がる怒りを隠すことは出来なくなっていた

「光も美緒も、次同じこと言ったら絶交だから。あいつがどれだけ苦しんでるかわからないの?」
祐里は強い剣幕でそう言うと、呆気に取られる光と美緒を尻目にその場から離れベンチへ向かっていった


野球を知らない2人ですら気づく竜也の異変に仲村が気づいてないわけがない

「守備だけだと思ったんだがな。まさか打撃のほうもだったとは」
仲村がそう言ったので祐里は小さく頷いた
そしてある時竜也が言っていた別の言葉が頭に過った

“ねえあんたさ、今まで打った中で一番の会心って覚えてる?”
つい最近ファミレスで交わした何気ない会話。それを聞いて竜也はいつもの見開きポーズをしてすぐにそれに答えた

「去年の決勝戦のライト前ヒットだな」
2打席目の弾丸ライナーのアレかぁ。納得だなーと祐里はそう内心頷いている。ずっと見てきた中で、確かにあれほど完ぺきに捕らえた打球を見た記憶はなかった

“じゃあ、今までで一番悔しかった打席は?”
祐里が悪戯っぽく笑って続けた。我ながら嫌なこと聞いてるなと思いつつ、思い立った興味を隠したままではいられなかったので
竜也はそれを聞くと一瞬真顔になったが、やがてすぐ笑みを浮かべると小さく首を振った

「去年の決勝戦のライト前ヒット」
え? 祐里は自分の目が丸くなっているのを感じていた。こいつ何言ってるの? そう思う祐里を尻目に、竜也は自嘲するように続けていた

「あの打席はああ打つのだけは絶対ダメだったんだよ。配球完全に読めた。来た!と思って打ったんだけどな、それは罠だった。あれは打たされたヒットだったんだよ」
そう言って竜也はコーラを一気に飲み干していた

「逆方向に打つべきだった。どん詰まりでいいからレフトに」
言い残すと、竜也はドリンクバーへ歩を向けていた


祐里は一瞬逡巡したが、それを仲村に言ってみた
それを聞いた仲村はやれやれという感じで首を振ったが、すぐに頷いて祐里の右肩をポンと叩いた

「支えてやってくれ。杉浦を頼むぞ」
それだけ言うと仲村はグラウンドの部員たちに声をかけに行った

どうしろって言うのよと思い佇んでいる祐里の背後に、再び人の気配があったので何気なく振り返るとそこには美緒の姿があった

「昨日はごめんなさい」
殊勝な様子の美緒に、祐里もすぐに私も言い過ぎたと頭を下げたのだったが

“やっぱりはっきり言ってあげたほうがいいと思う。竜也だけじゃなく、祐里。あなたも辛いでしょ?”
それだけ言い残すとすぐに美緒は去って行った
竜也、しっかりしろ。ヘタクソーと大きな声で野次を飛ばしながら去って行く美緒に気づき、思わず噎せる竜也にチームメイトから冷やかしの声が飛んでいる


わかってるんだけどさ....どうすればいいんだろうね
夏大会市予選の2日前ということもあり、練習は軽めに終わった

たまに帰りは竜と一緒に帰ろっかなと思い、祐里は後片付けを手早く済ませる
案の定竜也がさっさと帰ろうとしているのが見えたので、「校門で待っててくれる? 一緒に帰ろ」と呼び掛けると、竜也は無言で右拳を掲げて去って行った

「先輩、あとは私たちに任せて帰っていいですよ。杉浦先輩待ちくたびれますよ」
1年のマネージャーたちが祐里の後押しをしてそう急かし、仲村もほら、早く帰れと同じように急かしたので祐里は笑顔で部室を後にした