竜也と祐里は真っすぐ帰宅せずに寄り道
練習で消費したカロリーを回復といったところでのラッピへ直行となった
いつものようにラキポテと烏龍茶の祐里に対し、あいからわずチャイチキバーガーとコーラにポテトという竜也
「あんたね、コーラばかり飲むのやめなって」
祐里が思わず苦言を呈するが、竜也はもちろん聞く耳は持たずにいつものように見開きポーズをしつつ写メを取って誰かに送っている
野球から離れてしまえば普段通り。幼稚園から何も変わらないいつもの竜也なのだが、ただ一度グラウンドに入ってしまうと別人にしか思えないのはなぜなのだろう
やがてすぐに返信が来たようで、竜也はまたスマホを弄って誰かとやり取りしている
ったく、私目の前にいるのに無視かと思いつつ祐里は竜也のポテトを強奪する
竜也はスマホに夢中な様子にもかかわらず、しっかりと祐里のラキポテを強奪し返してきたので思わず祐里は小さく吹いてしまった
さすがだね。ちゃんと気づいていやがったと感心してると、悪い悪いという感じで竜也はいつもの感じで顔の前に右手を上げて謝罪の意思
「美緒がさ、今、光と一緒にいるんだけど来ないってLine送って来たんだよ。だから今祐里と一緒だから無理って送り返してたんよ。祐里全然既読にってならないぼやいてたぞ」
竜也にそう言われ、祐里は慌ててスマホを開くとそこには大量の通知
美緒、光。ごめんねと内心謝って祐里はまたスマホを閉じる
ん、返さなくていいのかと竜也が呟くと、祐里は小さく頷いたのでふーんという感じで竜也はまたコーラを一口
「ねえ、竜って野球楽しい?」
唐突に祐里がそう訊くと、竜也は思わず“へ?”というような表情を浮かべる
だよね、急すぎたよねと祐里が内心思っていると、やがて「正直楽しくないかな」と竜也がしみじみと呟いたのでさもありなんという感じで再び内心で頷いていた
「もしかしてさ。私のために続けてる...?」
祐里は竜也の顔をしっかり見てそう小さく呟くと、珍しく竜也もしっかりと祐里の目を見て小さく頷いた
「約束したからな。甲子園連れてくって」
そう言った後、竜也は首を振って小さく笑った。
「あの時、祐里が引っ張ってくれなきゃ俺今ここにいないからさ。美緒が引っ越した後、俺完全抜け殻だったみたいだったじゃん。祐里がいたから生きてこれたんだ 大袈裟に言うとそんなとこ」
大好きな歌を引用しつつも、表情は真剣なそれ
何年前だっただろう。祐里、竜也、美緒はいつも一緒の3人組だった
美緒が家庭の事情で引っ越すことになって、竜也はそれからしばらく自分の殻に閉じこもりっきりになったのだが
それを無理やり引きずり出したのが祐里だった
嫌がる竜也を連れまわし、サッカーや野球などいろいろ一緒にやって回った
そんな時野球をしているときの竜也が人一倍生き生きとしているように見えた
“竜ちゃん、野球楽しい?”
祐里がそう聞いた時、竜也は満面の笑みで即答した
“うん!”
それから月日は流れて高校受験前
中1の時に野球部を3日で辞めた(上下関係が酷かったと言っていた)竜也に対し、
「ねえ竜、あんた高校は部活なんかやるの?」と聞いたことがあった
ん、3年間帰宅部でいいだろ。登校だけで遠いからだるいしと相変わらずな竜也だったが、祐里が「野球部入ればいいじゃん。私マネージャーで入るからさ。それで、甲子園連れてってよ」とどこまで本気かわからないことを言ったのを受け、しばらく考えた様子を見せた
「簡単に言うけどさ、西陵なんて野球強くないぞ。まあ入るだけ入ってみるか」
翌日朝、竜也からそうLineが届いていたのを見て祐里は正直驚いていた
絶対断るだろうなーと思っていただけにまさかの回答で、あぁ私も頑張るかーと思って2年の夏を迎えたわけだが
「あのさ、私のために辛い想いするなら...野球辞めてもいいんだよ?」
祐里がそう不意に呟くと、ちょっと驚いた様子の竜也だったがやがて小さく頷いた
「もうちょっとだけやってみるよ。この夏大会でダメだったら辞めるわ。勝ち負けじゃなくて、掴めなかったら。な」
竜也はそう意味深なことを言って、いつもの見開きポーズでしっかりと祐里を見据えた
それで祐里は小さく頷いた。それでいいよ、あんたが野球辞めようと辞めまいと私の気持ちは変わらないから...内心そう呟いて
市予選がスタートした
西陵は1回戦、2回戦、準決勝と順当に勝ち進んでいったのだが
竜也の成績は信じられないものだった
2打数0安打、3打数0安打、2打数0安打の8タコ。四球こそ選んでいるものの、内容のない凡打の山で明らかにチームの足を引っ張っている状態
ただ表情はなぜか暗くなく、「もう少しなんだよ」とこれから迎える決勝戦の前に祐里にそう言って笑いかけていた
そして決勝戦のスタメンが発表される
8打数0安打の竜也は変わらずスタメン....どころか、2番から打順が3番に昇格している
それを誰も批判するどころか、「杉浦。お前はやればできる!」といつものように中岸が力強く鼓舞していた
1回表。京介、岡田(1年)が連続三振という嫌な流れの中、3番の竜也が静かに打席に向かう
相手のメガネをかけた捕手が「去年のスターさんは今年は星屑のように砕け散ってますなぁ」と囁きつつ、えげつない配球で攻めてくる
インハイ直球を完全に詰まらされたキャッチャーフライに倒れたが、竜也は一人内心頷いている。今の感覚だ...行けるぞ
しかしついに守備に綻びが出る
2回裏。何ともないセカンドゴロを竜也が捌き、1塁へ送球をしたのだが派手に逸れて捕手の千原まで届くそれ
「悪い悪い」
いつものように顔の前に手をやって謝罪した竜也に、樋口が「頼むぜ」と声をかけ試合再開
次の打者は送りバントで際どいタイミングながら中岸は2塁を選択し送球したが間一髪セーフ、そして竜也が1塁へ送球したがこれがまた逸れて樋口の足が離れオールセーフ
「まずいな」
仲村は思わずベンチに座っていた御部を呼ぶと、「センターに入れ。そして千葉をセカンドに回す」と指示を出したが西村はすぐにそれを拒否した
ん?という感じで仲村が見返すと、御部は何度も首を振った
「あいつ、イップス抱えてこれまで頑張って来たんですよ? 信じてやりましょうよ」
西村がそう言うと、他のベンチのメンバーからもそうですよ。杉浦を信じましょうと一斉に声がかかったので、祐里は思わず目を丸くする
「...知ってたの?」
祐里がそう呟くと、御部は笑みを浮かべて頷いた
「当たり前じゃん。誰かさんが送球するたびにいちいち泣きそうになったり祈ったりしてるの見てたんだぞ俺らは」
それでベンチから笑い声が巻き起こる
マウンド上では深刻な様子なのに対し、ベンチはなぜか大盛り上がり
キョトンという感じでベンチを見つめるそれぞれのメンバーに対し、仲村は改めて御部を伝令で走らせた
「監督から。"Tranquilo.あっせんなよ”...だってさ」
そう告げて見開きポーズで帰って行く西村を見て、中岸は竜也の尻をポンと叩いた
そしてベンチからは....
「竜の下手くそ。さっさと引っ込めー」
満面の笑みを浮かべて野次る祐里の姿が目に映った
そしてスタンドからも、“竜ちゃん、いい加減にしなさい!”だの、“竜也、それなら私が守ったほうがましだよ”だのと聞き慣れた声がどんどん届いてくる
「ほら、戻った戻った。スライダー投げたきゃここから投げればいいからな」
中岸はそう言って、いつものやればできるのポーズ
樋口も戻り際に「怖がるな。次はちゃんと取るから」と力強くアピールし、京介は無言でサムズアップポーズ
そしてショートの岡田は近寄って来ると、「俺は先輩と三遊間組みたくて西陵に来たんですからね。早く起きてくださいよ」と言ってベンチにいる祐里のほうを見て意味深に頷いてみせた
相手ベンチからはセカンド狙えーとヤジが飛んでいる。あぁ、狙いたきゃ狙え。もう俺は大丈夫
竜也はベンチの祐里を見てニヤリと不敵な笑みを浮かべると、いつもの見開きポーズをしてみせた
次の打者が中岸の初球を捉えた
完璧に捉えたそれは二遊間の真ん中を完璧に抜けていく...
かに思えたが、竜也は涼しい顔をしてダイビングキャッチ。初球からエンドランを仕掛けていただけにランナーはそれぞれ呆然と立ち尽くす中、竜也は2塁ベースを踏んだ後、ファーストに駆け寄りながらアンダーで樋口に鳥栖をして3重殺完成
完全に流れが行きかけたのを一気に引き戻してみせた
「...先輩、自作自演にも程がありますよ」
岡田が呆れながらそう声をかけつつ、それぞれ走ってベンチに戻る
さあ、試合はこれからだ。竜也は一人不敵な笑みを浮かべていた