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稜西高校文化祭はクライマックスを迎えようとしていた
すでにボルテージは最高潮に達している

舞台裏で待機している祐里たちは妙なプレッシャーを覚えていた
あれ、これもしかしてやばいんじゃない。的な

祐里と光は去年と同じいでたち。直は今年は去年の竜也を彷彿とさせる白スーツ一式でびしっと決め、キーボードとして加入した夏未は夏祭りにピッタリな赤い浴衣。そして...
黒ずくめに不気味なシルバーのマスクを被ったもう一人
5人が舞台に上がると、それだけで観衆からは大歓声が上がった

しかし、すぐにちょっとしたざわめきも上がった
あれ、杉浦ってこんなに背が低かったっけ

黒ずくめにマスクを被った人は、シークレットブーツを履いているにもかかわらず165センチくらいしかないので竜也じゃないのがすでにバレバレの様子だった
しかし5人は気にせず演奏を開始する
流れ出したのは...

「愛が生まれた日」

曲が始まったと同時、ボーカルは覆面を取った。そこに立っていたのは種崎梨華だった

梨華が歌いだすと、観衆からは再び大歓声が上がった
そしてパートが変わり、ステージ裏からもう一人全く同じ服装、真っ黒のスーツに身を固めた覆面の男が現れた
それこそ杉浦竜也で、そのまま覆面を被ったまま1曲歌ってしまった

2曲目は打って変わってハードなナンバー
梨華はそのまま舞台裏に下がり、竜也はようやく覆面を取って歌い始めた
去年以上に生徒たちからの歓声を多く感じ、5人はそれぞれ手応えを感じていた

大盛況のまま演奏を終え、5人は下がろうとしたが梨華が舞台裏から壇上に戻ってきた
「へ?」と竜也が思うと、梨華はいつもの無表情のまま竜也にマイクを持つように指差したので全てを察した
はいはい、あれですね、と

「Buenas Tardes.函館〜」
竜也がマイクを持ってそう叫んだ
2年連続のそれに、生徒たちは異常なほどの盛り上がりを見せる

「我々、LOS INGOBERNABLES de 稜西を応援してくださる皆様、今日の演奏はどうだったでしょうか?」
竜也がメンバーを見渡しながらそう言うと、ますますボルテージが上がってやばい状態に
最高!という声が聞こえてきて、それはとても気分がいいものではあった。ただ、何でこんなに盛り上がるんだろうっていう気持ちもあったのは事実
いや、普通に喋ってるだけなんですがね、、

「昨年以来でしたが、こんなに盛り上がることが出来たのは皆様のお陰です。心から感謝します。Gracias amigo.」
竜也がそう言って頭を下げると、観衆からはまた惜しみのない拍手が上がった
そろそろ時間だなと感じたので、竜也は最後の締めに取り掛かる

「ではまた来年この同じ舞台でお会いしましょう。我々LOS INGOBERNABLES de 稜西を応援してくださる、稜西高校の皆様。この文化祭のファイナル、思う存分叫んでください」
「稜西高校文化祭、2年連続の大合唱。最後の締めはもちろん...祐里、梨華、光、酒樹、夏未、イ・杉浦。ノスオトロス! ロス! インゴベルルルルルルナ〜ブレ〜〜〜〜〜〜ス! デ リョーセイ!」
昨年以上の「デ・リョウセイ」の大合唱からの、セイの部分での花火バーンでボルテージは手が付けられない状態になった
6人はいつもの右拳を掲げて合わせるアレを披露すると、そのまま舞台裏へ

去り際に、竜也はお約束の決め台詞を言ってしまった
「去年はちょっと背伸びをしていて正直なことを言えませんでした。ただし!今の俺なら自信を持って言える。この稜西高校文化祭の、主役は俺だ!」

この発言を受け、会場の大歓声は手が付けられないものになった
当然アンコールの声も鳴りやまなかったが、敢えてそのまま引き上げて行ったので余韻凄まじいものになった
これも全て計算尽く。我々の掌の上で踊らされてるんだぜ、Cabron.


そしてその翌日から夏休み

いつものファミレスにいたのは、6人ではなく5人だった
欠席しているのは竜也。親戚に不幸があったとのことで、今朝「行けなくなった」とそれぞれに連絡を送っていた
お世話になった”おじさん”が亡くなったため、家族総出で札幌に行く羽目になったとのこと

5人はいつものように談笑していたが、何かいつもとは違う気配がどことなく感じられた
女子4人、男子1人ということで直がちょっと居づらい空気を感じていたのもあったが、それとはまた別の何か

そんな時、梨華が不意に話し始めた
「私、明日からまた入院するんだよね」
何でも手術をすると、完治が見込めるとのことだった
夏休みは入院からのリハビリで終わってしまうんだよね、と梨華は苦笑していたが。それでも完治するには越したことがないので、手術に踏み切るとのこと

「よかったわね。もう養命酒飲まなくていいじゃない」
光が茶化すと、梨華は真顔で頷いた。「美味しいもんじゃないからね、飲まないで済むならもういいわよ」と

「そっか。種ちゃんが万全になるなら、ボーカル種ちゃんだしもう竜はお払い箱だね。あいつ下手くそだし」
祐里が微笑みながらいつものように何気なくそう言うと、場の空気が一変した

直は小さく首を振ると、財布から千円札を出してテーブルに置くと不意に立ち上がった
「俺帰るわ。あと、杉浦お払い箱なら俺脱退するから」
そう言い残すと、振り返りもせずに店を出て行った

唖然とする祐里を尻目に、夏未も同じように千円札をテーブルに置いた。同じようにすっと立ち上がると、
「私も帰るよ。竜くんクビなら私も辞めるね」
そう言って梨華と光のほうを見て小さく頭を下げると、夏未も店から出て行った

祐里は完全にパニックになっていた
「え、これ何。ドッキリ? ドッキリだよね?」
戸惑いながらそう言ったが、現実はさらに厳しいものだった

光も直と夏未に追従したのだから

光は直と夏未と同じようにテーブルに千円札を置くと、祐里をしっかりと見据えた
「祐里、どうして直ちゃんと夏未が怒ったのかわかる?」
祐里がすぐに首を振ると、光は梨華のほうを見てちらっと笑った
「なら私も脱退するしかないかもね。そろそろ勉強に本筋入れないとまずいから」
そう言うと、小さく手を振ってから光も店を後にした

残されたのは祐里と梨華。ほとんど泣きそうになっている祐里を、梨華はいつもの真顔で黙って見つめていた
「ねえ、どういうことなの。。種ちゃんはわかるの?」
祐里がそう訊くと、梨華は小さく頷いたので「ねえ、教えてよ」と半分涙声になってそう言った

梨華は無表情のままだったが、小さく首を振ってからまた祐里のほうをしっかりと見つめた
「あのね、さっきのアレはさすがにダメだと思うよ。杉浦がこの場に居れば笑い話。けど、今はいないんだよ」
そう、間違いなくこの場に竜也がいれば何も問題は起きなかっただろう
むしろおどけて、「やったぜ。もう歌わなくて済む」とか言って笑って済んだ出来事
しかし、当の本人がいないのに『お払い箱』『下手』などと言っては、ただの冗談では済まされない

「...私、そんなつもりないのに。。どうして」
祐里は俯きながらそう言った
もちろん直も夏未も、祐里の発言が『本気』だとは思っていない。その『発言』を許せなかった。ただそれだけ

祐里はすぐに光と夏未に電話をかけてみるが、二人とも『電話に出ることが出来ません』
返す刀で竜也にも電話をかけてみると、こちらは繋がった

「...どうした? もうすぐ法事だからあんま時間ないぞ」
竜也がそう言うと、祐里はスマホを梨華に渡した
戸惑う梨華に対し、祐里は手を合わせてから頭を下げ「お願い」と言って再び俯いた

「ごめん、私。祐里はパニックを起こして話せないから、私が言うね」
梨華はそう前置きしてから、今起きた出来事を話した
黙って聞いていた竜也だったが、やがて「ごめん、もう時間ねえわ。あとで3人にLINE入れとくから」と言って通話を切ろうとして、「あ、進藤に変わってくれるか?」と続けた
それで梨華は祐里にスマホを渡すと、「杉浦が祐里と話したいってさ」
スマホを受け取った祐里が「うん」と話すと、
竜也は「つかお前、もうすぐオーディションじゃん。頑張って来いよ。”de 稜西”は俺が函館戻ってから何とかするから」
そう言って、通話は終了した

そしてすぐに祐里にLINEが届く
「しばらく札幌。見送り行けなくてごめんな」
それを見て祐里は再び俯いて首を振った

「杉浦なんだって?」
梨華がそう聞くと、祐里は無言で首を振っただけだった


法事だけではなく家族での札幌旅行も兼ねた結果

1週間後ようやく竜也は函館に戻ってきた
毎晩のように祐里から電話がかかってきていたのはさすがにアレだったが、どうやら光も夏未も相変わらず電話には出てくれないと泣き言を言っていた
俺がかけたときは普通に出てくれたというのは、さすがに祐里には言えなかった
直も光も夏未もごく普通に通話に応じてくれていた。他愛のない話をするだけで、バンドの話には触れなかったが

戻ってきてすぐ、竜也は梨華の病室を見舞った
「わざわざ来なくていいのに」
ベッドから起き上がって梨華は真顔でそう言ったが、どうやら喜んでくれているように感じた

「で、杉浦。どうするつもり?」
いつもの真顔で竜也をしっかりと見つめる梨華に対して、竜也も見開きポーズでそれに応えた

「なーんも考えてなかった」
竜也が素でそう言うと、梨華も真顔のままで頷いた。うん、知ってると
「それでこそ杉浦よ。あんたはあんたの思うままでいいからね。好きにしなさい」
予想外の回答が返ってきたので、竜也は内心ちょっと驚き。絶対引き留めなさい的なことを言ってくるとばかり思っていたので
それが顔に出ていたのであろう、梨華はそんな竜也の様子を見て小さく笑った

「そうだ。一つ聞いておきたかったんだよね。祐里、あんたに謝ったの?」
梨華がそう聞くと、竜也は即座に首を振った。にゃ、全然ないぞと
「やっぱりか。ぶっちゃけ、私もあの発言にはイラっとしたんだ。あんなに頑張って盛り上げたあんたを、あの言い様はないじゃんってね」
梨華がそう言うと、竜也は苦笑しながら手を振った。待て、待てと

「そんな大層なもんじゃねえから。まあムカついたかムカつかないかで言えば、ちょっとはムカついたけどさ」
竜也がそう言うと、梨華はすぐに頷いた
「ただちょっと驚いた。光も夏未も、すごい徹底してるよね。絶対電話に出ないなんて、私には無理だわ」
梨華はそう言って、病室の窓から外を見つめた

さて。。竜也は内心考え始めた

Mi vida no es una coincidencia. Todo es "Destino"
図らずも祐里が余計な一言を言ったことから始まった、ちょっとした運命の悪戯

Por fin encontr? mi "lugar"y"parejas"
楽しい6人の空間を維持するため奔走するべきか、それとも...

El protagonista de esta historia es Soy yo!
それを決めるのは俺の心次第ということになってしまった
まさに、”この物語の主役は俺だ!”ってことか

「とりま、また見舞い来るわ。これから酒樹とデートなんだ」
竜也が笑いながらそう言うと、梨華はいつも以上の真顔になって竜也を見据えた

「あんたたち、そういう仲だったの? 隣のクラスのシュウシルを超えるホモップル目指すの??」
そう言った後またいつもの無表情に戻り、小さく頷いてから続けた
「もうすぐ手術だしさ、夏休みの終わりまでリハビリとかだから。お見舞いはもう来なくていいよ。LINEで経過だけ送って」
そう言って、梨華は寂しそうに笑った