場所は変わっていつものファミレス
竜也と直は昼ご飯を食べた後、いつものドリンクバーでダラダラと長話を敢行していた
とはいえde 稜西の話題は一切出ずに、ただひたすらどうでもいい話をしているだけ
週末の競馬についての話題や、直の部活の話などなど
「そいやうちのマネージャー達が言ってたんだが」
直はそう言ってから、竜也のほうを見てちらっと笑った
「杉浦、お前女子人気あるんだな。ボーカルの人カッコいいよね、とか言ってたぞ」
へ?と竜也は思った。これが本当の青天の霹靂。ないないナイスネイチャな出来事
モテたどころか、彼女すらいない歴=年齢な俺に何言ってるんだこいつは状態。タチの悪い嫌味ですかこれは
「なんだよそれ。モテモテ男な酒樹くんの嫌味ですか?」
竜也がそう嘯くと、直は笑って手を振った。にゃ、マジの話だぞと
「お前、気づかなかったのか? 文化祭のマイクの時、最前列で凄い可愛い子がお前のことキラキラした目で見てたんだぞ」
直がそう言ったが、竜也はまったく思い当たる節はなかった
それもそのはず、あのマイクやってる時は意識ふっ飛ばしてどこ見てるかわからない状態でやってましたし。おすし
そんな時、ふと二人の席の横に一つの人影が現れた
「あ、それなら私も見たわよ。確かに可愛い子だったわね」
唐突に話題に混ざるそれに驚いて、二人が横を見るとカバン片手に微笑む水木光の姿がそこにあった
「図書館帰りにあなたたちの姿が見えてね。お邪魔していい?」
光はそう言うと、二人の返事を待たずに竜也の横の席に座った
いや、もちろん断る理由はないわけでいいんだけど。神出鬼没ですね。あなたは忍者ですか..そう言いたかったがさすがに自重した
「しかしすげえな。酒樹と水木が可愛いって言うんだから、相当なんだろうな。会ってみたかったぜ」
竜也がしみじみと言うと、光は小さく頷いた
「パッと見た感じだと、160センチ以下だし華奢な感じだったわね。それで髪型はボブショート、どこかの竜ちゃんの好みそのものだと思うわよ」
ますます興味津々な竜也だったが、残念なことに証言者2人がいるだけでそれ以上の情報も画像もなし。どうしようもないわけで。はい、おしまいって感じよ
「話は聞かせてもらったよ」
またテーブルの横に人影があった。今度もまた一人のそれ
竜也たちがそれぞれ横を見ると、そこにいたのは隣のクラスの緑川安理だった
”富豪”で知られる通称”王子”の緑川安理、口調こそ尊大だが話せばわりと楽しいという評判
そもそもほとんど面識ないし、話したこともあまりなかった気がするんだけれども
「そう不審がらなくていい。君たちのことはよく知っている。あの演奏の後のマイクのあとの話だろう?」
言うと、緑川はスマホでどこかに電話を始めた
「そうだ、その動画を僕のスマホに送ってくれ」
それから間もなく、緑川はスマホを開いてみせた
「ほら、見たまえ。君たちの後ろから撮った映像だ」
無駄に高画質のそれは、見事に観客席を映していた。つか何でこんなの撮影してるんだよ..
そしてその噂の『子』はというと...
「あ、この子よ。この子」
光が指差した女子を見て、直も頷いた
竜也がそれを見ると、うん。確かに可愛い。つかもろタイプそのもの
進藤祐里、河辺夏未、種崎梨華、水木光。美少女揃いのde 稜西メンバーに勝るとも劣らない可憐さを持っているように見えた
まあ喋ってみなきゃわからないけどね。まあ俺は人見知りだから喋れないんだけれども。つか、そもそも...
「うちの学校の子じゃなさそうだね。全然違う制服着てるから」
竜也も気づいたそれを、緑川は指摘した
残念。他校なら会うことはもうありえねえじゃんと竜也は内心舌打ちした。俺の恋はこれでおしまいと
「さて、それじゃ僕は行くよ。お邪魔して悪かったね」
緑川はそう言ってスマホ片手に去って行った。何気に店の外を見ると、スタイル抜群の女子が緑川の出待ちをしていたのには驚いた。さすが王子ですね、と
「さっきの竜ちゃんの顔、祐里に見せてあげたかったなー。思いっきり一目惚れしてたでしょ、あれ」
光が茶化すと、竜也は悪びれもせずに頷いたので直は笑って同じように頷いた
「あれはしゃあない。切り替えてけ」
直が励ますように言うと、竜也は思わず苦笑した
いや、そもそも知らない人だからね。確かに可愛かったけど、ただそれだけ
いつの間にか光はハンバーグに舌鼓を打っていた。いや、この子はいつもだけどホント美味しそうにご飯食べるのよね。育ちがいいってのは素晴らしいですね
「そいや日曜どうする? 朝何時に行けばいいんだろな」
竜也が直に聞くと、直はしばし思案顔の後、スマホで何かを調べ始めた。それで光は「何の話?」とサラダに箸を伸ばしながら興味津々の様子
「あぁ、競馬場に行こうって話しててな。どうせなら指定席で見るかってことになって」
直がスマホを弄りながらそう言うと、光は小さく頷いた
「なるほどね。楽しそう」
そう言うと、光も同じようにスマホを弄りだす。そしてすぐに誰かと通話を始めた
席を外した光は、やがてすぐに席に戻ってきた
「ごめんね」
そう言ってから、光は2人に向けてニコッと微笑んだ
「んとね、朝の9時で大丈夫だよって。競馬場の前に9時。その代わり服装はきちんとして来てくださいって、父が言ってた」
状況が呑み込めない竜也と直に気づいたのだろう、光は再び小さく笑った
「言ってなかったわね。私の父は馬主だから、招待してくれるって」
とんでもないスケールの話にさすがに驚く竜也と直だったが、やがて二人とも光のほうを見て笑いながら頷いた
いやぁ、お金持ちって本当に素晴らしいものですね(水野晴郎ism)
光への土産は競馬場で渡すことになり、次の日竜也は夏未とスタバにいた
「竜くんと2人きりは初めてだねー」
いつも以上におしゃれな服装の夏未に対し、竜也は相変わらずTシャツの上に薄いのを羽織ってるだけの普段着
2人で会うのは初めてなのだが、会話はかなり弾んでいた
竜也が適当に振る話題に、夏未は楽しそうに返答している。札幌土産にも過剰と思えるくらい喜んでくれて、逆に竜也が恐縮するレベルだった
いや、そんな大したものじゃなくてごめんね的な
竜也から振らないせいなのか、それとも夏未が避けているのか
不思議なくらいに”de 稜西”の話題にはならずに、札幌での出来事や夏期講習大変なんだよーっていう話が基本線
苦いのは苦手なので甘いのを頼んでいるくせに、「甘っ」と言っている竜也を見て微笑む夏未
その夏未はもっと甘そうなストロベリーを注文していたのだが、とても美味しそうに飲んでいる
そんな中、週末競馬場に行くんだよなって話をすると、夏未はただでさえ大きな目をいつも以上に大きく、そして丸くして驚いた様子だった
「光ちゃん、ずっちーなー。抜け駆けかよ」
夏未はそう言うと、ちょっとごめんねと言ってからどこかへ電話をするといってちょっと席を外した
ややあって夏未は戻って来て、「光ちゃんに頼んできた。私も行くから」
言ってから、夏未は意味ありげに微笑んだ
「あとね、ルスツのチケット4枚確保したよ。みんなで日帰りで行かない?」
唐突な申し出に戸惑う竜也を尻目に、夏未はノリノリな様子
返事は保留ということにして、この場は解散になった
そしてその日の夜の出来事
竜也はシャワー上がりに部屋でボーっとしていたところ、スマホに着信があった
昨日は来なかったのにまた祐里からの定期連絡ですねと思い、相手すら見ないでそれを受ける
「はいはい、今日はなんだい?」
おざなりな感じで竜也がそう言うと、スマホの向こうからクスクスという笑い声が聞こえてきた
あれ、これ祐里の声じゃなくねとようやく察した竜也は、それからスマホの画面を確認する
相手が”水木光”と表示されているのを見て、思わず頭を下げてしまったがもちろんそれは光に見えているはずがなかった
「すまん、てっきり進藤からだと思った」
竜也は悪びれもせずにそう言うと、光の笑い声はますます大きくなっているように感じた
「へえ、今のが素の竜ちゃんなのね。普段は覆面レスラーなのかしら?」
光が茶化すと、竜也は思わず鼻で笑ってしまった
”俺は平田じゃねえよ”
そう言いたかったが、さすがに光には通用しないと思ったのでさすがに自重した
進藤なら乗ってくると思うけどさ。さすがに水木は無理でしょ
「珍しいな。つか水木と通話するのってあれ以来か」
祐里のサプライズを敢行して以来の気がする。つか、そもそも光と電話することはほとんどなかったはず
まあ俺があんまり電話好きじゃないからね。夏未と電話した記憶なんてほとんどないな。つか、あったっけというレベル
「そうね。まあ、たまにはいいじゃない」
光の声はいつものクールな雰囲気に戻っていた。さて、何の用でしょうねと竜也は内心考えるが何も思いつかなかった
そして光は続ける
「競馬場のことなんだけど。祐里は誘わなくていいのかなって思って。何かいじめみたいに思えてきちゃってね」
光は電話口で苦笑しているように思えた。確かにそう思えるよね。いまだ通話には応じてないと聞いてるし
『東京にオーディションで行ってることは言わないで』と言われていたが、この場合はどうするのが正解なのかねと竜也は内心測りかねていたが、まあ言うしかないよねという結論に至った
「進藤、今函館にいないぞ」
竜也がさらっと言うと、電話口からえっという光の驚いた声が聞こえてきた
「オーディション。昨日から東京だよ」
そう続けると、光は「悪いことしたかなぁ。あの子寂しがってなかった?」と、普段聞かない声のトーンでそう言ってきた
もしかして、これが光の素の声なのかなと竜也は内心思った。おいおい、君もマスクウーマンじゃないか。仲間だね
「だいぶな。かなり凹んでたぞ」
嘘をつくのは嫌なので、あえて厳しいことを言ってしまった。まあ光なら落ち込むことはないだろうと踏んでのことだが
夏未にだったらもうちょっとオブラートに含んで言ったかもね。知らんけど
「随分はっきりと言うのね。まあ竜ちゃんらしくていいけど」
案に違わず光は冷静さを取り戻していた
さすが思った通り。竜也は内心してやったりな気分だった。俺の知っている水木光は、これくらいで動揺する人間じゃないからね。むしろ隠蔽されるほうを嫌がるはずと踏んだのは間違いなかった
「正直なこと聞いていい? 例の話。竜ちゃんはどう思ったの」
逆に光から質問が飛んできたが、これは昨日梨華に聞かれたのと同じ返答をしたにとどまった
確かにムカつきはしたけど、それで終わり。いつものことと言えばいつものことだしね。そら祐里や光に比べれば歌は下手ですし、おすし
「なるほどね。今度電話かかってきたら謝ろうかな」
光はそう言って一人納得していた
それじゃ週末に競馬場でね、そう言って光からの電話は終了した
さて、そろそろ祐里からの電話が来そうな気がしますね
竜也は内心そう感じていた