「ごめんね、サインは事務所NGなんだ」
祐里はそう言って群がる”ファン”(ほとんど女生徒)に手を合わせて断っていた
2ショット写真はもちろん、1ショットもごめんねと断っていたがそれでもすごい握手攻め
途中からは竜也が悪徳マネージャーよろしく、「サインはダメだぜ。Cabron.」と祐里の拒否していたのが好評な様子で、むしろそれを聞くために集まっていた生徒もいたとかいないとか
『転校』済みなので祐里の席はないのだが、普通に竜也たちのクラスでホームルームに参加している
誰も文句を言わないどころか、裕太郎が「進藤ちゃん、俺の席に座ればいいよ。これマジ」と言って、自分はわざわざ休んでいる和多田憲の席に座って、竜也の前の席を譲るサプライズ
祐里は素直にありがとねと言ってそれを受けて、今は竜也の席の前に座っている
「つかさ、マジでサインとか事務所NGなのか?」
ようやく解放された竜也が思わず素になって聞くと、祐里は笑顔のまま首を振った。んなわけないじゃん、と
だったら何でと竜也が続けて聞こうとすると、祐里は自分の顔の前で右人差し指を立てて振ってみせる。ちっちっ、わかってないなーと
「あんた言ったじゃん。一番最初のサインは俺にくれって。だからだよ」
祐里がそう言って笑っているので、あぁそんなこと言ったなと竜也も思い出し笑っている
「仲睦まじいところお邪魔して悪いんだけど」
いつの間にか光が席の横に来ていた
「祐里、あなたはすぐ帰るの?」
そう聞くと、祐里はすぐに首を振った。ううん、しばらくこっちにいるよーと
「わかったわ。じゃあ今日は竜ちゃんと二人でゆっくりしなさい。明日定例会やるからね」
そう言って光は笑いながら手を振って梨華や夏未の席へ向かっている
直は竜也に向かってサムズアップポーズをして笑っていたので、竜也はそれに対して”プロレスラブ”ポーズで返答する
「おう、みんな席に着け」
大城が入って来てそう声をかける
クラスメイトはほぼそのまま。笹唐はどっか違うクラスに移っていたので、むしろクラスの団結力が上がっている
何だ、見慣れない生徒がいるぞと大城は祐里のほうを見て笑っているので、クラスのみんなもつられて笑っている
つか祐里さん、いつのまにうちの制服に着替えてるんですかと
この後は後夜祭があるが、参加できない都合の生徒もいるので今ホームルームが行われている
部外者が一人いてもまるで問題がないどころか、むしろ事あるごとに弄られ祐里は笑っている
「あ、そうだ。進藤、あとでサインくれ。教室に飾るから」
大城が笑いながらそう言うと、祐里はサインNGだよーと夏未が声をかけるのでまたクラスから笑い声が上がったが、祐里は起立して大城の元へ行くと何事か囁いている
「おいおい、それ本当の話か?」
大城が目を丸くして聞くと、祐里ははいと言って笑いながら席に戻って来た
まあいいや、と言って大城はホームルームを再開する
何話してきたんだ?と竜也が訊いたが、祐里はさあねと言って知らない振りをしたので竜也もそれ以上の追及はしなかった。ここでしつこく聞いても祐里は教えてくれないからね。自分から言っ来るてのを待つのが正解というわけ
ホームルームはすぐ終わり、大城は教室を出て行った
これから後夜祭になるまでは”自由時間”という名の、晩御飯タイム
光たちは気を使ったのか、祐里と竜也を2人きりにさせるためにあえて寄ってこないようだ
直はサッカー部の集まりがあると言ってそちらのほうへ行っている
各自それぞれ、前もって注文していた商品を受け取るわけだが
祐里は飛び入りなので、当然何も食べるものがないというのが現実
「しゃあない、これやるよ」
竜也がラッピのハンバーガーを手渡すと、祐里はこっちがいいと言ってチャイニーズチキンバーガーを強奪
はいはい、知ってたと言って竜也は呆れ顔
「函館帰って来たならラッピのチャイチキ食べないとさー」
そう言って美味しそうに食べている祐里を見つつ、竜也はまた”サイン”を求める”ファン”を追い払っている
それを見て祐里はちょっと目を細めている。それに気づいた竜也がどうかしたか?と聞くと、祐里は一人で頷いていた
「いやね、あんたみたいなマネージャーがいればよかったなーって思っただけ」
なぜか遠い目をしている祐里にちょっと疑問を覚えつつ、マネージャーかぁ。それも悪くないかなと竜也は内心思っていた
ギョーカイ人ですよ、ギョーカイ人。ザギンでシースー的な?
「って、何で過去形よ」
竜也がふと気づいた疑問を上げると、祐里はふふと笑っていた
さすが竜。よく気づいたわね、と感心したように頷いている
「実はさ、辞めて来たんだよね」
おい、マジかよと思わず竜也が大きな声を出してしまい周囲が注目するので、祐里はしっという感じで口元に右人差し指を置いた
ドラマのモブ役や、一流歌手のバックコーラスをやってるというのは聞いていたが、その後ドラマ出演や雑誌でのグラビア、そして本格的歌手デビュー間近まで行っていたらしい
その時に雑誌のプレゼントで、『サイン入りチェキ』をお願いしますと言われた時に問題が起こったという
「私、一番大事な人に最初にサイン書くって決めてるんで。すいません、それは出来ません」
祐里がそう告げたとき、事務所の社長の顔色が変わった
「君は函館に”彼氏”がいるのか。それはダメだ、ドル売りするんだから別れなさい」
言われ、祐里は即答したらしい。「わかりました。じゃあ辞めます」、と
予想外の返答に事務所総出で引き留めが入ったのは当然だったが、祐里の両親に連絡が入った際に、「祐里が決めたことならそれでいいんじゃないでしょうか」と言ってあっさり終わってしまったとのこと。それが一昨日の話だというから、まあタチが悪い
引っ越し準備とかで昨日丸1日かかっちゃったと祐里は笑っていたが、いや、そういう問題じゃねえだろと竜也は思わず苦笑する
「大丈夫。CMはまだなかったからね。違約金の心配はないよ」
言って、祐里はいつものあははという笑い声。いや、ほんとお前強いわ
「半年ちょっとだったけどね。いろいろ楽しかったよ」
もう本人の中では吹っ切れてるのだろう、祐里は涼しい顔をしてバーガーを食べつつ竜也のコーラまで強奪している
いや、あんた。自分で買ったジンジャエール飲みなさいよと言わんばかりに、竜也がそれを飲むと祐里はまた笑っている
よっ、バカップル!と声がかかると、祐里はどうもねーと手を振ってそれに応えている始末。挙句、「ほら、あんたも手振りなさい」と竜也にも催促してくる
「でさ、サインとかちゃんと決めてたん?」
コレクター魂が炸裂したのか、竜也がそう聞くと祐里はすぐに頷いたのでじゃあ後でダイソーかセリアで色紙買うわと言ったので、また祐里はあははと笑っている
「おい杉浦。サイン貰うならこれに貰っとけ」
不意に後ろから声をかけられ振りむくと、大城がいつの間にかそこに立っていた。何やら白い紙を持っていて、それを竜也に手渡すと歌いながら去って行った
”愛がすべてさ いまこそ誓うよ 愛の限り 強く 強く”
物凄く熱いシャウトで、いやマジでこの人歌上手いよなと思って感心していると、祐里も同感だったようで頷いていた。わかるーと
「で、大城は何くれたのさ」
祐里が興味津々で竜也が受け取った紙を勝手に開くと...祐里と竜也は思わず顔を見合わせて吹いた。いや、これはまずいでしょと
大城がくれたのは『婚姻届』だった
二人が吹いたのに気づいて、悠衣が寄って来てそれを見ていつものゲラ笑いをしている
「式にはちゃんと呼べよ。Cabron.」
悠衣は無駄に竜也のマネをして去って行ったので、また竜也と祐里は顔を見合わせ笑っている
半年ぶりくらいに会ったのに、何も違和感なく普通に楽しく会話できている僥倖
そもそも舞のことがあって、あの時も半年くらい”タニン”の付き合いをしていたのに、クリスマス会のあれ以来何事もなかったかのように会話していたのも事実
これって凄いことだよなぁ、と竜也は改めて一人納得している
一人物思いに耽っている竜也に気づいたのか、祐里は横に並んでスマホで2ショ撮影を敢行している
竜也が思わず「写真はNGだぜ、Cabron.」と言うと、祐里は「Cabron.は女の子に言う言葉じゃないんだぜ、Cabron.」とまさかのモノマネ入りで返してくるので手が負えなかった
「さっき大城に言ったのはそれね。2学期からまた稜西に来ますって言ってやったんだ」
それで大城が驚いてたんだなと竜也は納得したが、なんで婚約届まで持ってきたのかはさすがに測りかねた。いや、わかるわけないわ。考えるのやーめた
「つか歌手がお前の夢だったのになぁ」
竜也がしみじみ呟くと、祐里は違うよーと首を振って笑っている
それで竜也が「え?」というような表情を浮かべると、「あんたが祐里ちゃん歌上手いねーって、ちっちゃい時ずっとおだててたからその気になっただけなんだよ、それ」
まさかのカミングアウトだった
竜也は思った。ずっと祐里は歌手になりたいんだとばかり思っていたし、それで応援までしてきた
しかしそれは、俺のごり押し(ちょっと違うか)に近いものだったということに
「進藤、正直スマンカッタ」
例によってケンスキーな謝罪をすると、祐里はまたあははと笑っていた
竜也がコーラを飲んでいると、不意に祐里がジト目で睨んでいる
何だ、コーラ飲みたいのかと思って竜也が渡すと、祐里は小さく首を振った。じゃあ何よと思って黙って見かえすと、祐里はやれやれという感じで両手を大きく広げてみせた
「あのさ、いつまで進藤って呼ぶのかなーって。あんた、私の名前呼ぶの大合唱の時だけじゃん」
祐里はそう言ってまた笑っていたが、竜也は一つ違うことが頭に過ってちょっと遠い目をしていた
ふぅと大きく息をついている様子の竜也に気づき、祐里はキョトンとした感じで「どうかした?」と訊いた
「いやな、ちょっと思い出しただけ」
そう前置きして竜也は小さく首を振った。これ言って大丈夫なやつですか? 事務所的に問題ないですか??
しかし竜也は続けた
「俺さ、赤名のことも一度も名前で呼んだことなかったなーって。今不意に思い出しちゃったわ」
それで祐里はしまったというような表情を浮かべたが、竜也は右手で大丈夫と言わんばかりのポーズを取って安心させる
「...なんかごめんね。重くなっちゃった」
祐里のテンションもちょっと下がって来ていたので、これはよろしくないと竜也は思った
そうだ、ちょっと来てと言って、竜也は祐里の手を引いての強制連行
「何、何」
戸惑う祐里を尻目にいつの間にか体育館へ到着
人が誰もいないそこには、なぜかリングが設置されてあった
”プロレス同好会”が使ったまま放置されているそれ。何でも後夜祭の余興でも使うとか言っていたそれに、竜也はちょっと用事があるようだった
「なあ、ちょっと見ててくれ」
リングの横に祐里を立たせ、竜也はリングのエプロンに上がった
何するの。危ないよ...?
祐里はそう制止していたが、竜也はトップロープを掴むと、まさかのとんぼ返りをしてのリングインをしてみせた
決まった...竜也がそう思ってサムズアップポーズをしていると、祐里は「バーカ、怪我するぞ」とまさかの素っ気ない様子
あれ?と思いつつ、竜也が無駄にかっこよくトップロープから跳ねるようにリングから降りると祐里が寄って来て「カッコつけんな、バーカ」と言って微笑んでいた
再び竜也の頭に何かがよぎった
なし崩し的な感じで付き合ってはいるけれども、そういえばちゃんとした告白してなかったなーと今更になって思った
今がまさに、その時が来たってことでよろしいでしょうか
どうですか、お客さん!!(両国国技館暴動ism)
竜也は祐里の目を不意にしっかりと見つめた
人の目を見ないで話すのが常の竜也にしては珍しい光景に、祐里は思わず笑っている
いや、ここは空気読んでくれよと思いつつも竜也は言った
「進藤祐里への熱い想い、気持ちだけは誰にも負けません。俺と結婚してください! 杉浦竜也、よろしくお願いします」
一瞬噛みそうになったが、何とか堪えた。言い切った。やってのけた感満載の竜也だったが、祐里はポカーンとした様子
やがてあははと笑いだしたかと思うと、「バーカ、無理に決まってるじゃん」と言って、下を向いてふふと笑っている
一方の竜也はというと、完全にフリーズしていた
もう何も考えられない、誰も信じられない。そう言ったところ
おい、俺に拳銃をくれ。まさに自殺したい気分だ...赤名、そっちの席まだ空いてる?
呆然として動けない竜也に気づいた祐里は、顔の前で何度か右手を上下させていた
「生きてる?」
祐里がそう聞くと、竜也は「死にたいわ」と小さく呟いたので祐里はまたあははと笑った
こいつ、人を弄んでやがる!!
竜也は何か闇のパワーのようなものが湧いてきているのを感じた
”This is EVIL. Everthing is EVIL. 全てはEVILだ”
いや、これダメなやつ...そう思い、すぐに頭を振ってそれを消し去る
その様子が面白いのか、祐里はまた竜也の顔を黙って見ている
すいません、振ったならそのまま教室戻ってもらっていいですか。俺も相当辛いんですよ。後夜祭の前に帰ろうっと
「あのさぁ」
祐里が呆れたような口調で話し出したが、竜也はもう心ここにあらず状態。さてどうやってばれないように帰ろうか。光たちに見つかったらえらいこっちゃ
「私は18だから結婚出来るけど、あんたまだ17じゃん。それで結婚してくださいはないでしょ」
思わず破顔して笑っている祐里に気づき、ようやく竜也は我に返った。え、そういうこと?と
「ちゃんと告白してくれたのは嬉しかったけどね。ただ、言葉はちゃんと選びなさいよ。Cabron.」
祐里はそう言うと、見開きポーズで竜也を見据えて笑っていた
街を風が吹き抜けていく。
風は冷たく、時には立ち止まってしまいそうになるけれど。
そういうときは、ゆっくりでもいいから進んでほしい。
いつか必ずたどり着けるから。
悲しいことがあっても大丈夫。
手を伸ばせば、そこには誰かがいて。
ぬくもりを分け合うことができるから。
ひとりでは辛い道のりも、つないだ手を離さなければきっと乗り越えられる。
だから、あきらめないで。
長い長い道の先には、幸せが待っている。
幸せが重なり合い、さらに大きな幸せに。
そして、いつの日か気づいてほしい。
あなたが歩いてきた道の途中に、いくつもの幸せがあったこと。
忘れないで。
あなたはひとりぼっちじゃない。
確かな足跡を刻み、季節を越え、空を見上げて
翼がなくても、きっと行ける
いつか夢見た、光あふれる明日へと
「俺たちがこれからどうなるか。その答えは、もちろん.....」
いつもの光景に二人は顔を合わせてまた笑っている
不意に竜也はまた祐里の目をしっかりと見つめた
ん?という感じで祐里が目を丸くしたのを見て、竜也はまた小さく笑う
「諦めなければ夢は叶うって言葉は嫌いだけど、どんな困難でも諦めなければ光は見えてくる。どんなに辛いときでも諦めなければ上を向いて歩けるんだな」
竜也がそう言うと、祐里は小さく頷いた
「幼馴染が絶対負けない物語でよかった」、と言ってあははと笑っていた
fin