演奏は無事終わった
竜也も思わず聞き惚れていたのだが、終わった直後になぜかスポットライトが竜也を照らす
へ?と思う間もなく、会場から巻き起こる”大杉浦”コール
いやいや、今日はde 稜西の大合唱はないですから。ステージに上がる契約してないからとか思う間もなく、梨華が竜也の腕を引っ張って無理やり壇上に上げてしまう
竜也は真ん中に立たされて戸惑っていると、祐里が満面の笑顔でそれを迎えた
「どうだった?」
祐里が小声でそう聞いてきたので、凄かった。感服しましたと思わず素で答えてしまったので、悠衣がゲラ笑いをしている
すると光が寄って来て、「マイクはやらなくていいから。例のアレやってちょうだい」と促したので、竜也は思わず苦笑した
竜也は会場を見渡し、右耳に右手を持って行って歓声を煽り始める。あぁ、こいつやっぱりバカだーと祐里は内心思って笑っている
歓声がだいぶ上がって来たのを見計らい、竜也はいつものアレ。左胸を2度叩いてから、右拳を掲げる
祐里がすぐそれに続き、梨華、光、夏未。そして悠衣も戸惑い気味に。「私も?」という感じでそれに続いたのでまた会場からは歓声が上がった
それでステージ裏に下がればいいものを、ついつい竜也はマイクを持って余計なことを言ってしまう
「3年連続de 稜西の大合唱、その時を楽しみにしててください。Cabron.」
やってのけ、マイクを投げつけるパフォーマンスをしてから大歓声の元祐里たちと一緒にステージ裏へ下がる
生徒会長が慌てて寄って来て、マイク投げないで。壊れたらどうするのと言ってたのは笑えたが、そんなのは竜也はもう気にしていなかった
「ったく、びっくりさせんな、Cablon.」
”楽屋”に戻るなり、竜也はそう言い放つ
光が「竜ちゃん、Cabron.は女子に言う言葉じゃないわよ」とすぐに訂正してきたので苦笑いしたが、何か久々にこういうやりとりしてるなーと竜也は思わず首を振った
「ようやくいつもの竜くんに戻ったね。安心したよ」
夏未もしみじみと頷いていた。ホント、すいません。正直まだ引きずってるんだけどね
悠衣は「あ、しまった。委員会あるんだった」と言って慌ただしく去って行ったが、「来年の大合唱、私も参加させろよ」と言ってゲラ笑いをしていた
椅子に座った祐里はふぅと息を吐くと、梨華のほうを見て笑っていた
「ね、種ちゃんで正解だったでしょ。私は種ちゃんを信じてました」
それを聞いて光と夏未が頷いていたが、梨華はやめなさいと祐里の頭を小突いた
「そうだ光、夏未。ちょっと話があるんだけど」
梨華はそう言って目配せすると、光と夏未はあぁと察した。
3人はそそくさと教室から出て行き、竜也と祐里だけが取り残される
「ったく」
祐里がそう言って舌打ちすると、竜也も小さく頷いてそれに同意する
しばし沈黙があったが、それは嫌な沈黙ではない。優しい空気が流れている居心地のいい空間
「で、落ち着いた? もう大丈夫?」
祐里がそう聞くと、竜也は小さく首を振った
「正直まだ引きずってる。ただな...」
そう言って竜也は遠い目をした
「最後の赤名の涙の意味がようやく分かった気がするんだ。あれは私を忘れないでじゃなくて、私の分まで生きてって言ってたような。そんな気がするんだ」
竜也はそれから語りだした
舞の家には49日が終わってから言ってないということ
舞の父から「言い方は悪いけど、舞のことは忘れなさい。杉浦くん、君はまだ若い。まだまだいい出会いがあるはずだ」
そう言われ、もううちに来ないほうがいいとまで言われたということ
そして...梨華の言った通り、また仲良くなった人がいなくなるのが怖かったということ
「知ってた。だから機会を伺ってたんだよ」
祐里はそう言って不敵な笑みを浮かべた。最悪来年の文化祭まで待ってもいいと思ってすらいたが、運よくクリスマス会に選抜されたのは僥倖だった
これも竜也の大合唱のお陰ということなので、全てはDestino.なのかなと祐里は内心思う
やられたという表情をしている竜也に対して、祐里はいつぞやのおもちゃの指輪を見せた
そして首元にはあのネックレスも光っている
「あんたさ、昔の約束って覚えてる?」
祐里が小さく笑いながら言うと、竜也は不思議そうに首を傾げる
「どっかの誰かさんね、私がずっと泣いてた時にもおもちゃの指輪くれたんだよ」
あぁ、それは何となく記憶にあるような気がするなーと竜也は思って頷いた
「なのに私はこんなのおもちゃの指輪じゃないって怒ってね、そしたら誰かさん凄いこと言ったんだけど...覚えてないかな?」
祐里は嘘っぽく笑っている。それで竜也は記憶をフル回転させる
あの時、自分がずっと泣いてた10年前
その前日の出来事。指輪を渡したその後....
ガシャッと何かが?み合う音が聞こえた気がする
『大きくなったら、指輪ともう一つプレゼントをする。そしたら僕の...お嫁さんになってください』
思い出した。思い出してしまった
竜也は思わず顔を両手で覆った。やばい、これはやばいと
その様子に気づいたのか、祐里はあははと笑っている。「え、何? 思い出しちゃった?」と
竜也は思わず”汗ワイパー”をしてしまい、それから小さく頷いた
「ごめん、俺約束破ってるじゃん」と思わず頭を下げていた
それで祐里はあははとまた笑ってそれを止めた
「いいって。覚えてる私のほうがやばいだけなんだから」
確かに、という感じで竜也が力強く頷いたので祐里はすぐに小突いたので竜也も笑っていた
「ホント迷惑かけた。今度焼肉ご馳走するわ」
竜也がそう言うと祐里は不敵な笑みを浮かべた
3学期早々、祐里は函館から東京へ居を移した
何でも”クリスマス会”の演奏がどこからか漏れたらしく、『事務所』からオファーが届いていた
最初は躊躇していた祐里だったが、竜也が「俺はもう大丈夫だから。進藤はお前の夢を叶えてくれ」と言って後押しした
「あのさ、いい加減その不適切なフレーズはやめなさい」
空港でそう言って竜也を小突いた祐里の目には涙が滲んでいた
季節は流れ3年に進級。祐里は相変わらず忙しそうで、定期連絡の電話すらほとんど来なくなっていた
LINEも既読がつくのがどんどん遅くなっていて、ホント大変なんだなーと竜也たちは感心半面、寂しさ半面な様子だった
そしてあっという間に文化祭目前。いつものように”de 稜西”に出演オファーが届く
リーダー不在のため、リーダー代行の光(祐里が押し付けて行った)がそれをみんなに相談する
「最後だし出ようぜ」
クリスマス会は全国大会で出れなかった直が珍しく乗り気。夏未もいいね、出ようよと賛成だったが、梨華は例によって真顔で考えている様子
「タネキ、どうした?」
竜也がそう聞くと、「私!! 出番がない!!」そう言って梨華は破顔していた
それでみんなもそれぞれ笑っている
「あ、けどベースがいないわね。どうしよう」
光がそう言うと、竜也は例によっていつもの”見開きポーズ”で光のほうを見て不敵な笑みを浮かべていた
「新しいパレハを紹介しますよ。楽しみにしててください、Cabron.」
いや、友利さんでしょ、知ってるわよと光が高速突っ込みを入れたので、竜也は思わず吹いていた
そして文化祭当日
臙脂色のスーツ一式でびしっと決め、マントまでつけている竜也の姿に他のメンバーは思わず笑っている
悠衣はゲラ笑いまでしていて、「杉浦、あんた最高だわ。役者だよ」と演奏前から褒めちぎっている
あっという間に出番がやって来た
今年もトリを任されるLOS INGOBERNABLES de 稜西。リーダーの祐里が不在だが、メンバーたちに不安はなかった
最後の演奏、祐里まで届けという想いでそれぞれがステージ上に立つ
1曲目が始まる前から大歓声でボルテージは最高潮
その期待にお応えしましょうと言わんばかりに、ハードロックな曲をチョイス
この歌手の歌が一番歌いやすいと自負の通り、竜也はとても気持ちよさげに歌い終える
悠衣が「やるじゃん」とサムズアップポーズをしてきたので、竜也も同じポーズで返した
そのボルテージのまま2曲目、打って変わって今度はバラードなデュエット
梨華は相変わらず真顔で歌い続け、竜也も熱く無駄にシャウトしながら歌う『今を抱きしめて』
思わぬ大ウケに、ああこの歌で正解だったと竜也は内心してやったり
2曲目を終え、竜也がマイクを改めて持つと会場内から抑えきれない大歓声が巻き起こる
はい、期待してもらって結構です
「この会場の空気。この会場の雰囲気。あなたの耳にしっかり届いてますか?」
竜也がそう煽る。会場から巻き起こる大杉浦コールがやばいことになっていたが、竜也は構わずに続ける
「今東京にいる進藤祐里」
竜也がそう呼びかけたので、一瞬場内は静まり返る
「お前のお陰で、俺たちはこんな歓声を浴びることが出来た。お前があの時、俺にボーカルをやってと言わなかったら、この景色は見ることが出来なかった」
竜也がそう語っているうちに、ステージ前に一人の影が近づいてきている
その姿がはっきり見えるにつれ、光たちはそれぞれ驚きの表情を隠せないが竜也は明らかに気づいていない様子
「今ここにいないあいつだけど、心から感謝を伝えたい気持ちです。Gracias.Amante.」
竜也がそこまで言うと、一人の女子が笑顔で手を振っているのが見えて竜也は思わず見開きポーズをしてしまう
いつぞやのガチすぎるドレスを着た進藤祐里が、いつの間にか最前列まで来て竜也に向けて手を振っていた
「来ちゃった」
そう言って笑う祐里を、光と梨華が上がりなさいと言って無理にステージに上げると今度は会場から大進藤コールが巻き起こった
全員が勢ぞろいしたのを見て、一旦全員を見渡して笑みを浮かべた竜也は一度大きく息を吐いた
「Buenas Tardes.函館〜」
3年連続のそれが始まった。期待に高まる生徒たちからは再び大杉浦コール
「我々LOS INGOBERNABLES de 稜西は、本日をもって解散します。ただし、皆さまの記憶の中には永遠に生き続けることでしょう。悲しいこと、辛いこと。人生においては避けられない運命、まさにDestino.な出来事が押し寄せてくることでしょう。でも、あなたはきっと一人じゃない。誰か頼れる仲間、Parejaがいるはずです。俺が実際そうでした。一人だと辛いことも、2人、そして3人いれば必ず乗り越えられます。これからの人生、みんなで頑張って行きましょう」
竜也はそう言いながら、祐里のほうを見てちらっと笑う。ホント、祐里がいなきゃ今の俺はここにいないから。それはまごう事なき事実
ふぅと息をついて、今度は会場全体を見渡した
「それでは史上初、3年連続大合唱の偉業。稜西高校最後の大合唱です、皆さま心の底から叫んでください!」
再び竜也がそう煽ると、割れんばかりの大歓声が上がった
「祐里! 梨華! 光! 酒樹! 夏未! 友利!」
ここまで言って、竜也はいったん溜めた。そして一度天を見上げてから、「舞!」と叫ぶ
それから、「イ・杉浦。Nosotros ロス・インゴベルナ〜ブレ〜〜ス!デ・リョウ・セイ!」
史上最高の大合唱が巻き起こった
竜也は例によってまたマイクを放り投げていて、左胸を2度叩いてからの右拳を掲げるポーズをする
まず祐里が続き、梨華、光、直も続く。夏未はちょっと涙目になりながらその後に続いて、悠衣はノリノリでそれに加わった
そして巻き起こる大アンコール
竜也は祐里とアイコンタクトすると、悠衣がベースを手渡した。大丈夫、予備があるからと言って悠衣はまたゲラ笑い
そしてステージ裏から悠衣が戻ってきたところで、竜也は再びマイクを握った
「それでは聴いてください。夏音」