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「そうだ、進藤。ちょっと試させてくれ」
何かを思いついたかのように竜也が言うと、祐里は何の疑問もなく「いーよ」と呑気に応えた

それで竜也は、すぐに先ほど悠衣にかけた”バレンティア”の要領で祐里を持ち上げようとして...

「重っ」
竜也がそう言って断念すると、すぐに祐里は竜也の頭を一発殴りつけた
「何なの、何なの。あんた、人をバカにしてるの?! ホントに殺すわよ」

祐里は大変ご立腹だったが、竜也はリック・フレアーばりの命乞いポーズでそれを制した
「違うって。やっぱりさっきの友利は不自然だったんだなって確認できたんだよ」
本気で怯えてる風に竜也が言うと、祐里の顔には疑問符が浮かんでいた

「あぁ、そういうことね。竜ちゃんが言いたいのは、あれはわざと友利さんが技を喰らったって言いたかったんでしょ?」
即座に光がそう言ったので、竜也は然り然りと何度も頷いた

「あの時さ、不自然なくらいに軽々と持ち上がったんだよな。無抵抗どころじゃなく、むしろ力を貸してくれたみたいに」
竜也はそう言うと、不思議そうに何度も首を捻った

そのやり取りを一歩引いたところから見ていた夏未だったが、やがて小さく微笑みを浮かべた
「きっとね、とっくに竜くんが近づいてることに気づいてたんじゃないかな。でも結局わざとにやられたー、負けたーみたいにしたんじゃないかな
理由はわからないけどね。”he Elite”の彼女なんだから、あんな無防備になるとは思えないな」

そう言ってから夏未は小さくくすくすと笑った
「ごめんなさい、こんなこと言ったらザ・クリーナーの人に怒られちゃうかな」
それを聞いて祐里は、いつものようにあははと笑った

「さて、じゃあどう進むんだっけ。午進み、兎進みて、酉開く。卍の中の道望まんだったか」
竜也が暗がりの中でメモを見ながらそう言うと、光は小さく頷いた
祐里は「そのメモ貸してー」と言って竜也から受け取ると、夏未と二人で読んで首を傾げていた

「とりあえず進んでみるか。それでわかるんじゃね」
相変わらず猪突猛進気味な竜也だったが、光はすぐにそれに同意した
「そうね。ここにいてもしょうがないわ。虎穴に入らずんば虎子を得ずってやつね」
言うと、すぐに二人は前に進もうとしたので祐里と夏未はそれを慌てて追いかけた

もうどれくらい歩いてきたのか

竜也がそう口ずさむ間もなく、何やら模様がある壁が出てきた
パッと見それは、羊の絵に見えた
「...これは違うみたいね。もっと進みましょう」
光が促し、4人はさらに前へ進んだ。すると今度はすぐに、馬の絵がある壁が出現した
「馬...午か。まずはここね」
光がそう言って壁を押してみたところ、どこか遠くのほうから、何かが動くような音が聞こえてきた

「なるほど。描かれている絵を押せばいいってことか」
竜也が言うと、光は小さく頷いた
「そうね。あとはウサギと鳥の絵を探しましょう」

5分もしないうちに、ウサギと鳥の絵を発見して押すとそこには...

トンネルへの道が繋がっていた

「フーハハハ、我々の勝利だ」
どこぞの悪役のように竜也がそう叫ぶと、祐里は感慨深げに頷いていた
光は天を見上げていて、夏未は喜びからか小刻みに震えている

「...種ちゃん、私たちは生き残っちゃいました」
祐里はちらっと笑って、光と同じように天を見上げた
その様子を見ていた竜也が、横に並んでいつものポーズで一緒に天を見上げたのを見て、夏未はくすくすと笑った

「...バーカ」
祐里はすぐに竜也の頭をこつんと叩いたところ、キャップがずり落ちたのでまた4人は小さく笑った
つかな、俺頭打ったばかりなんだから何度も叩くんじゃねーよと竜也は内心思って苦笑い
まあ、もう痛みも何もないからいいんだけどさ

「そういえば...」
夏未が言ったので、3人の視線は夏未に向いた
「トンネルはどれくらい歩くの?」

それで、光は自信満々に頷いた
「んーとね、軽く5キロ以上はあるわよ」

それを聞いた3人は思わず天に向かって叫んだ
「マジっすか」


4人が歩き続けてしばらくした後、祐里が不意に「今何時だっけ。お腹空いたー」
そうぼそりと言ったので、光がすぐに腕時計を見た
「10時過ぎね。トンネル抜けるのは12時過ぎると思うわ」
さらっと光がそう告げたので、竜也は再び天を見上げた
「加古川の人帰れへん」

そう呟いた後、竜也は夏未のほうを心配そうに見た
「足大丈夫か? だいぶ痛むんだろ」
しかし夏未は、健気にもすぐに首を振ってそれを制した
「私は大丈夫だからね。さ、まだまだあるんだから元気出していくよー」

無理してるのはみえみえだったが、本人がそう言うのだからどうしようもない
4人は再びゆっくりと歩を進めた

それからほとんど経ってないくらいの時に、祐里が不意に立ち止まった
「あっ、くそ。失敗したー」
そう言って、本気で悔しそうな様子の祐里に対し光はとても心配そうな表情を浮かべている
しかし竜也はそれを完全スルーで、夏未に段差があるから気をつけろよと言いながら先に進んでいった

その様子も意外だったので、光はどちらに声をかけていいか躊躇してしまっていた
やがて祐里は、「あー悔しいなー、マジで悔しい」と呟きながら、竜也の後を追って歩き始めたので光も慌ててそれに続いた

「ねえ..」
光はちょっと息を切らし気味に祐里に呼びかけると、
「何かあったの?」と不安げに聞くと祐里はまだ悔しそうな表情のまま下を向いて首を振った

「ううん、聡美からビールを貰っとけばよかったなーって思っただけ」
あまりのどうでもよさに衝撃を受けた光だったが、もしかして。と思い、竜也にその旨を聞いてみた
答えは案の定で、「どうせどうでもいいことだと思ったからスルーした」

竜也はそう言った後、小声で光にだけ囁いた
「あいつが本気で悔しい時は絶対に言わないからな。ああやった時はどうでもいい時だぞ」

言って、ちらっと笑うと再び夏未の足元案内を始めている

相変わらず進んでも進んでも先はみえないトンネルの旅
”いろはす”があったので喉の渇きは問題なかったが、押し寄せる空腹はなかなかにえぐいものであった
にもかかわらず、歩くのに飽きてきた祐里がとんでもないことを言い始める

「ねえ、暇だしみんなで歌でも歌わない? 文化祭の予行練習しよ」
何を言い出すんですかこのお嬢さんは...竜也は内心苦笑したが、光と夏未が特に反論を示さないことに驚きを隠せなかった
いや、ここは反対してクレメンス...

「じゃあ、まずは竜からね。何歌ってくれるの」
こうなるのがわかってたから嫌だったんだってばよ
4人は歩を止めてはいないものの、竜也に歌えと圧力をどんどんかけてくる。マジ勘弁して...

「じゃあ、オマリーの六甲おろし」
竜也がそう言った瞬間、祐里と夏未がアベック攻撃で頭を小突いてきた。いや、早ぇーし

”罪なやつさ Ah PACIFIC 碧く燃える海 どうやら おれの負けだぜ”
今までどこでも披露したことのない曲をいきなり歌いだしたので、3人は戸惑いの表情
”時間よ 止まれ 生命の めまいの中で”

ワンコーラスだけ歌うと、竜也はどや顔で笑いながら一人頷いた。「どうだ、これでいいだろ」と

「ふふふ、初めてよね。今の曲は」
夏未はちらっと笑ってそう言うと、竜也は即座に頷いて同意した。まあワンコーラスしか知らないんだけどね

その後は祐里、光、夏未の順でそれぞれワンコーラスずつそれぞれ曲を歌い、ひたすらゴールを目指して歩く4人
そして、ようやくその時はやってきた

「あれ、何か”光”が見えてきたよ」
祐里が嬉しそうに走り出すと、竜也が「コケるからやめとけ」と言ってそれを制そうとして一緒に駆け出した
光と夏未はその二人を見てから互いに顔を見合わせると、小さく笑ってからその後を追った


4人がようやくトンネルを抜けると、そこは本州
目の前には黒塗りのリムジンが止まっていた