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リムジンに乗ってからの記憶はほとんどない
疲れがどっと出て、いつの間にか眠っていた。そして気づいたら、もう函館駅にいた
嘘のようで、これ本当の話

現在木曜日
学校からのお達しで、登校は週明けからにしてくれとのことだった
特にお咎めなしどころか、4人とも同じクラスのまま転入させてくれるとのありがたいお達しだったので申し出を受けることに

そして登校開始日を無事に迎え、それから2週間が経った頃

竜也は祐里たちと距離を取るようになっていた
距離を取るというより、登校開始してから会話すら拒んでいるのがみえみえの様子
原因がわからないので、祐里たちはとても困惑していた

生徒会から「4人は今年も演奏してくれるんですよね? 大トリ期待してますよ」と言われていたのだが、祐里たちが何度LINEを送っても未読のまま
電話をかけても繋がらない上に、休み時間に話しかけようとするといつの間にか教室から姿を消している始末
もうわけがわからなかった

そんな日の放課後、3人は作戦会議という名目でのファミレス集合

「今思えば、登校前の日曜がおかしかったんだよね」
祐里がそう言って、しみじみと外を眺めていた

プログラム明けから、祐里は父親が車で毎日送ってくれている
それを竜也に伝え、「あんたも一緒に乗ってくでしょ?」と言ったところ、竜也は口を濁した後に「いや、俺はいいや」と言った
そして登校してからは、という現状
「普段のあいつなら、絶対一緒に乗っていくって言ったはず。どうしちゃったんだろ」

心ここにあらずという感じで祐里がそう呟いていた
一番近くにいるはずの祐里がこの状態なのだから、光と夏未はもうお手上げだった

竜也は戻って来てから、あれだけ頻繁に出入りしていたSNSには完全に姿を消したようだった(ログインされた気配がなかった)
大好きだったTwitterの投稿も一切していない
授業中に見せる表情は前までと変わらないのがまた不思議。帰り際に声をかけようとすると、もう既に下校済みという

何度か祐里は竜也の家にお邪魔してみたが、全然戻ってくる気配がなく結局帰宅するしかなかった有様だった
家での様子を聞いてみたところ、「そういえば全然スマホ触ってないわね」と竜也の母親が言っていた
一体どうしちゃったんだろう。。。

文化祭まであと10日を切っている
「このままじゃ演奏どころじゃないわよねえ」と祐里は小さく寂しそうに笑った

夏未も一緒に首を振って考え込んでいたが、光はうん、うん。と一人で何か頷いていた
「私に任せて。考えがあるわ」


そして次の日

6時限目途中、光が体調不良を訴えて保健室へ行った
光が戻る前に授業は終わり放課後へ
いつものように竜也は光速で帰宅モードへ突入し、下駄箱から校門へ向かったところで...天を見上げた

「待ってたわよ」
光が涼しい顔で竜也が出てくるのを待ち構えていた


2人は人目のつかない物陰にいた
生徒たちが帰る喧騒だけは聞こえてくる場所だが、よっぽどじゃないと2人がここにいることは気づくことはない。そういう場所

ふう、と何度も大きく息をつく竜也を光は黙って見つめていた

「ねえ、何があったの?」
光がそう聞いたが、竜也は黙して何も語らない。ただ何度も空を見上げて息をつくか、首を振るかを繰り返すだけ
とはいえ、一緒に居ることを拒む気配は感じないし光を拒絶している雰囲気もないので謎は深まるばかりだった

さて、どうしようかな...光は思案した。
徹底的に拒否してくるなら話は簡単だったが、そういうわけでもない。ならば...
話してくれるのを待とう。光はそう結論を出した

「言いたくなったらでいいから話してくれる? 話すまで帰れま10だよ」
光が澄ました顔でそう言ったので竜也はその光の顔を思わず見てしまい、それから慌ててまた天を見上げた

何度目かに大きく息を吐いた後、竜也は大きく首を振った。そしてようやく重い口を開いた

「何かな、俺だけ平和に過ごしていいのかなって。そう思ったらなんかお前たちと一緒に居るのが怖くなっちゃってな」
そう言って、竜也は喧騒が聞こえてくる遠くを見つめてから続けた
「戻ってからすぐ、酒樹の家にお邪魔したんだよね。あの写真届けたくてさ。怒られるかなとか思いながら恐る恐る行ったんだけど
そしたらものすごい喜んでくれて、話いっぱいさせられてな。話してるうちに俺号泣しちゃってさ、帰りなんてわざわざ車で送ってくれて
また来てねとまで言われちゃってさ、逆にそれですごい怖くなっちゃったんだよな」

おかしな話だろ、と竜也は小さく笑った
一緒に仲良く過ごすのが嫌になったのではなく、ただ平和に過ごすのが怖くなっているというだけの臆病者さと自虐していた
光はようやく合点が行った。これはこれで面倒だな、と。ホントこの人はめんどくさい

「話は分かったわ。で、杉浦くんはどうしたいの?」
敢えて呼び方を変えてみたが、竜也は特に気にもしないようで一人首を傾げている
返事がなさそうなので、光はさらに攻勢を続けてみた
「祐里の首元、見た? あの子はスカーフ巻いて傷跡隠してるのよ。それでも今まで通り過ごしてる
夏未もそう。あの子もまだ足治ってないのに、普段通りに頑張ってるんだよ。なのにあなたは...あなたはどうして...」

光はそこまで言うと、声が詰まってしまったので思わず天を見上げた
そこで一つ思い出した。あの大事な仲間の最後の言葉を

「ねえ、種ちゃんと直ちゃんがあなたに最後に言った言葉...覚えてるよね?」
光はそう言うと、大きく頭を振った。違った、もっと大事なこと言うの忘れてたわ、と
「あなた、祐里と約束してたの忘れたの? 戻ってから話すんじゃなかったの?」
光はちょっと強い口調でそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。竜也が項垂れているのを見て、そのまま立ち去ろうとしたが
竜也が「ちょっと待ってくれ」とそれを呼び止めた

それで光が立ち止まると、竜也は光にモバイルバッテリーを貸してくれるか?と小さく笑って頼んだ

光が竜也にそれを渡すと、竜也は再び小さく笑った
「戻ってから一度も充電してなかった」

そう言って、ようやく電源が入ったスマホを見てLINEなどの着信履歴の多さに驚いた様子だった
それから光の顔を改めて見た竜也は、深々と頭を下げた

「って、文化祭まであと5日じゃん。ギター一人足りなくね。河辺出来るんだっけ?」
一件ずつ既読にしながら竜也がそう言うと、光は苦笑しながら首を振った
「教え始めたばかりよ。無理に決まってるじゃない」

だよなぁ、と竜也はちょっと考えた様子だったが...やがて、ニヤリと笑った
その表情は、今までの竜也のそのものだったので光は内心安堵した
「ギタリストの件、俺に任せてくれるか? 何とかするから」
竜也がそう告げると、光はしばし逡巡の後に頷いた
「私はいいけど。祐里にはどう説明するの」
それを聞いて、竜也は小さく笑ってから頷いた
「大丈夫。新しいパレ..じゃないな、アミーゴを紹介しますよ。期待しててください、Adios.」
そう言って光にモバイルバッテリーを返すと、
「じゃあ俺、進藤と河辺に謝って来るわ」と言って、駆け出して行った
「あ、3曲目は例のアレね。よろしく」

手を振って見送っていた光だったが、「アミーゴねぇ。大丈夫なんだろうか」とちらっと笑った

某コメダにて無事謝罪は認められ(今度はしゃぶしゃぶ食べ放題が追加された。勘弁してくれ、cabron.)
文化祭出演も無事決まったが、新たなメンバーについて竜也は祐里にも夏未にも教えなかった
当日を待ってくれと。竜也が自信満々にそう言っていると、竜也の電話に着信があった

「悪りぃ、ちょっと待っててくれ」
そう言って竜也は席を外し、通話をし始めた
祐里が聞き耳を澄ませると、竜也は普段使わないような敬語で話しているのが聞こえてきた
”え、いいんですか? じゃあお願いします”
そう言って、竜也の通話は終わったようだ。やがて席に戻ってくると、祐里と夏未に向けてVサインをしてみせた

「ぶっつけ本番になるけど大丈夫だってさ」
竜也がそう言ったので、祐里は怪訝そうな表情を浮かべた
「あんたにギター出来る知り合いなんていたっけ」
それを聞いて、竜也はいつものあのポーズで祐里の目をしっかりと見据えた
「その答えは、もちろん...」

竜也がみせた久々の光景だったので、祐里と夏未は思わずふふふと笑った


そして文化祭当日
今年のステージはグラウンド特設で行うとのこと
大トリの”de 稜西”の出番は午後3時40分過ぎ

4人で文化祭をのんびり楽しんでいたのだが、2時を過ぎたころに竜也は忽然と姿を消した
祐里たちに何も言わずに姿をくらましたうえに、電話をかけてもまた反応すらないという有様
「ちょ、ふざけんなよ...」
祐里はそう思ったが、光と夏未が「彼を信じよう」と言ったので同意した
いや、もちろん疑っているわけではないのだが。せめて何か言ってから行けよという思いが強かった

3時35分、ステージの裏には3人しかいない
観衆の生徒たちは今や遅しと演奏開始を待ちわびている
そして3時40分、その時は来た

グラウンド横の駐車場に、一台のタクシーが止まった
そこから降りてきたのは真っ白のスーツに身を包んだ竜也と、ギターを持った銀色に輝く怪しいパレハマスクを被った、ニット姿の人の姿だった

2人は人ごみをかき分けながらステージの壇上へ
「お待たせ」
竜也がそう言って、謎のXは「遅れてごめんなさい」ととても可愛い声で3人にそう言った

「あなたが水木さんね、私がサポートするから安心して弾いていいよ」
Xがそう告げ、5人の演奏が開始された

1曲目。夏未が実はできると言っていた通り、キーボードを駆使したイントロからの超絶バラード
竜也がいつもカラオケで歌うそれ
Xは言っていた通り、光のサポートに徹したギターのテクニックを魅せている

祐里はベースを奏でながら、そのXの観察をしていた
見るからに女性のシルエット。背は光より高くて、とてもスレンダー
...私の知り合いにこんな人はいないなぁ

ひたすら続く高音のサビで竜也は声を張り上げながらも、無事に歌い切った
Xも変わらずマスクを被ったままなのに抜群の演奏をし続けていて、祐里は内心のため息と感心が入り乱れる

2曲目は切ないバラード
”僕に翼があったら 君を乗せて飛べるのに”
いつも以上に感情を込めて歌う姿に祐里は感心して、夏未は思わず涙目になっていた

そして3曲目...
最後もまたバラード。今回はロックな曲はなしというね
これで盛り上がるんだろうかと祐里は不安だったが、1曲目、2曲目と終ったあとの拍手が強かったのでそこは安心していた
きっとマスクを被ったまま演奏してくれている”Amigo"のお陰なんだろうけど...

”誰にも見せない願い事を 今夜解き放とう いつかは消えゆく魔法でもいいよ 共に今を生きてる”
この後は英語の歌詞で終わる隠れた名曲
不思議な感覚で演奏は無事どころか、去年以上の出来で終わることが出来た

予定の3曲を終え、手を振って裏に下がろうとする5人に対してなぜかブーイングが起きた
戸惑った5人に対し、壇の裏で待機していた生徒会長が「マイク!マイク!」とアピールしてきたので、竜也は思わず苦笑い
そしてそれに気づいた祐里たちも思わず苦笑しつつ、壇上に立ってまずは一礼した

それから竜也がマイクを持って開口一番
「Buenas Tardes.函館〜」
2年連続のそれに、観衆からは大喝采。ホントノリがよくて助かります

「我々、LOS INGOBERNABLES de 稜西を応援してくださる皆様、今日の演奏はどうだったでしょうか?」
観衆からの声援はますますヒートアップ。いや、これちょっと気持ちいいかも知れん

「我々LOS INGOBERNABLES de 稜西、もう演奏することはないと思っていました」
これは竜也の本音、いやメンバー4人みんなの本音だった。一瞬沈黙した観衆だったが竜也はそのまま続けた

「何の因果か、再びこうやって舞台に立つことが出来ました。そしてきっと来年も...」
そこまで言って、竜也は祐里の顔をちらっと見て笑ったので祐里も笑みを浮かべて小さく頷いた

「来年も再び、この舞台でお会いしましょう。函館稜西高校文化祭、最後の締めはも・ち・ろ・ん...
祐里、梨華、光、直、夏未...」
ここでいったん溜めると、竜也はXのほうを見てちらっと笑った
「礼!」
竜也がそう叫ぶと、Xはパレハマスクを一気に脱いだ
マスクを脱いだその人は、とても美人だったので観衆からはどよめきが起きた
美人なのに可愛い感じもするその女性。どこかで会ったことあったような、祐里はそんな不思議な気配さえ感じた
「イ、杉浦。Nosotros ロス・インゴベルナ〜ブレ〜〜ス!デ・リョウ・セイ!」

セイ!と同時に、会場から花火が一発パンと上がったので場内は大合唱からの大歓声が上がった
竜也はその花火にあえて背を向けての、”リラックスポーズ”で右拳を天にかかげるサービスをしてみせた

やがて花火はすぐ終わったので、改めて竜也が右拳で左胸を叩いてからの拳を合わせるアレ
戸惑いながらも最後に礼が4人と拳を合わせたところで大団円となった

5人がステージから下がって、”楽屋”と題された教室へ
そこで礼が改めて3人に挨拶をしたところで、それぞれ驚きの表情を隠せなかった

「はじめまして。酒樹直の姉の礼です」
礼は照れ臭そうにそう言って小さく頭を下げた
その横でなぜか竜也はどや顔をしていたので、祐里は速攻で頭を小突いた

「進藤さんね、いいツッコミだわ。ホント杉浦くんムチャ言うんだから。びっくりしたもん」
礼はそう言ってふふと笑った

プログラム後に竜也が直の家に行った時の話
直にギターを教えたのは礼だと聞いていたのを竜が覚えていて、それでとんでもない頼みをしたというのがこの結果だった
「確かに楽譜は直の部屋にあるけどさぁ...」
電話越しに呆れた様子の礼だったが、竜也がどうしてもと真剣にお願いするとどうやら断れなくなっていった
最後には、お姉さんに任せなさいと胸を張ってしまっていた

まあ、やってよかったかな。ウケてたしね。直も喜んでくれてるかな
礼は内心そう思ってちらっと笑った

やがて礼はすぐに帰って行った。仕事の途中で無理に抜けてきてくれたというわけだったので、当然ではある
帰り際、礼は竜にこっそりと「ねえ、メンバーの誰狙ってるの?」と聞いてきたので、竜也は思わず苦笑した
「まあ聞かなくてもわかるんだけどね。はっきりさせたほうがいいよ」
そう言って礼は去って行った

「わかってます。今日の帰りに...」
竜也は聞こえないようそう呟いた