戻る
BACK
「なんか久しぶりだね、二人で帰るのさ」

祐里はしみじみと言ったので、竜也は申し訳なさげに頭を下げた
後夜祭の後、いつもの打ち上げのつもりだった祐里だったが光と夏未が
「ごめん、親が迎えに来てるんだ」と不自然なくらいのハモリでその申し出を辞退。竜也と祐里で帰ることになった次第だ

祐里の父親が迎えにいくか?とLINEを送ってきたのは、祐里が拒否したらしい
久々だから、ゆっくり帰ろっかというお誘いに竜也が応じた
むしろ渡りに船と内心歓迎していたのは置いておいて

とはいえ、すんなり下校の路につけたわけではなかった
なぜか知らないが後夜祭の最中から、握手攻めとサイン攻めが凄かったのは笑える出来事だった

デ・リョーセー!からの、花火パン!、さらにそこからのリラックスポーズが綺麗に絵になりすぎたようで、異常に大ウケしたらしい
来年の意気込みを聞かれ、
「それはさすがにTranquilo.が過ぎるぜ、Cabron.」と大仰に竜也が決め台詞を吐くと、それもなぜか大歓声
文化祭のテンションってすげえ、と竜也たちは裏に戻ってから笑っていたのだが

祐里はノリノリでサインしていて、光はいつも通り生真面目にサイン。夏未はとても困惑しながらサインは辞退していた
竜也はサインなんてしたことねーよと言いながら、無駄に凝った英語のサインで1つ書くのに無駄に時間を要していた

ほぼ後夜祭はその作業で潰れた
フォークダンスで一緒に踊れなかったねーなどと祐里が言っていたが、そもそも踊ったことないよなと竜也は内心思ってちらっと笑った

そんなこんなで帰宅へ
ほとんどがバスや電車でそれぞれ帰宅する中、竜也と祐里はあえての徒歩を選択した
普通に歩けば30分以上はかかる道程。普段なら絶対しないのだが、今日は何か余韻に浸りたい気分というのだろうか

「ホント、あんたのやることはいちいち疲れるんだよね」
祐里が心底疲れたように首を振ってそう言ったので、竜也は改めて頭を深々と下げた
あまりにも深々と上げすぎて、被っていたキャップが脱げたのでそれを見て祐里が笑いながらキャップを拾うとまた自分で被ってみせた
「しかし、ホント頭でかいよね。これでほとんど入ってないんだからさー」
祐里が竜也のキャップを被ってそう言っているうちに、竜也はカバンから別のキャップを取り出すとそれを被った
マークの部分だけ色が違う、同じ色のキャップ。祐里がそれを見てあははと笑った
「何それ何それ。何で別の持ってるのさ」
祐里がそう聞くと、竜也はいつもの見開きポーズで祐里を見据えてから頷いた
「そうやっていつも人の帽子取る人いるからさ。予備ですよ、予備」
祐里はそれを聞いて笑うと、自分の被っていたほうと竜也が被っていたのを取り換えた
「だめでしょ、そっち種ちゃんから貰ったやつなんだから。あんたはそっち、私はこっち」
などと勝手なことを言って、サイズを自分用に合わせて被りだしたのを見て竜也は苦笑した

「お前はジャイアンか。何で人のものを自分用に」
竜也がそう言いかけると、祐里は大袈裟に肩をいからせてから竜也を一瞥した
「お...前?」
久々に与田監督が降臨した。竜也はそれをしっしと追い払うような仕草を見せたので、祐里は再びあははと笑った

2週間弱竜也が勝手に避けていたのに、いざ話すと今まで通り接してくれる祐里に内心感謝してもしきれなかった

「ホント、あんためんどくさいよね」
あの謝った当日、祐里が最初にそう言ったのはあれはまごうなき本心だったんだろう
埋め合わせがあのコメダの支払いで済んだのだから安いもんだ
夏未は「私の分はいいから」と言ったが、祐里が「いいの、竜に払わせなさい」と力強く言ったのは笑えたが
まあそれくらいは出すつもりでしたがね。ソシャゲの課金しなくなった今なら平和ですし、おすし

閑話休題、すれ違う生徒たちから声をかけられたりしながらの帰宅道
祐里は無駄に手を振って返すなど、ファンサービス旺盛だった

「って、帽子返す気ないのか」
そう言って竜也が笑うと、祐里はへへ、似合うでしょと言っただけ。まあこいつはキャップ被るの好きだしなぁと思ってそれで終わり

「ねえねえ、おそろいの帽子被って帰る私たちって、周りから見たらどう見えるんだろ」
祐里が冗談めかしてそう聞くと、竜也は
「その答えは、もちろん...」
そこまで言って、ニヤッと笑って祐里のほうを見るだけだった
案の定の解答だったので、祐里はあははと笑った

「にしてもさ...1か月経ってないのにね、なんかすごい変わった気がするよ」
祐里がしみじみと言うと、それについては竜也はすぐに大きく頷いた
一緒に居た6人のうち、2人はすでにこの世にいない
とても笑えないジョークのような出来事があって、それでも6人のうち4人は今まで通りを過ごしている
何気ない日常というのが、これほどありがたいと思えた3週間はなかった

「まぁ、どっかの誰かさんのせいでこっちは気が気じゃなかったんだけどねぇ」
祐里がジト目で竜也を見ると、もう勘弁してくれというようにキャップで目線を隠した
「...ずっと言ってやるからな」
祐里はそう言うと、またいつもの快活な表情で笑ったのでまじで勘弁してと竜也は再び内心苦笑い

「ていうか、酒樹のお姉ちゃん連れてくるのはびっくりしたよ。サプライズすぎるでしょ」
祐里はそう言って、顔を隠している竜也のキャップを持ち上げた
その件については竜也はどや顔をしたかったので、ニヤリと笑った

「こないだ酒樹の家に行ったときにさ、礼さんが”あいつにギター教えたの私なんだよね”って言ってたの思い出して。
で、”何でも相談してね”って言ってくれたのを、いいように利用させてもらった」
そう言って竜也はサムズアップポーズをしたので、祐里はすかさずデコピンを喰らわせた
「ったく、早ぇーよ」
そう言って、竜也はキャップを被り直した

「けどさ、凄い美人よね。そっちもびっくりしたわ」
祐里はしみじみとそう言ってから首を振ったので、竜也は祐里のほうを見てちらっと笑った

「残念だけど野球やってる彼氏いるらしいよ。マジ残念だわー」
なぜか最後のほうは棒読みで竜也がそう言うと、祐里はくすくすと笑った

「あんたじゃ釣り合わないでしょ、どう見ても」
祐里がぼそっと言うと、竜也は「知ってる」となぜかどや顔で再びサムズアップポーズ

いつも以上に穏やかな空気が流れている気がした
何気ないことを、ごく当たり前に楽しく話せる
それを拒絶していた自分があまりにもバカらしくて、竜也は内心で自分を罵倒していた。なんで俺はこんなバカなんだろうな、と
勝手に、幸せの辛さに泣いていたのかも知れない
タネキと酒樹に申し訳ない、その思いが強すぎて一番大切なことを忘れていたんだなと改めて実感した

「そいえば」
「あ、そうそう」
二人は思わずハモってしまい、顔を見合わせて小さく笑った
どうぞどうぞの譲り合いから、祐里が先に話すことに

「んとね、あの日光があんたを説得しなかったらどうなってたのかなーって思っただけなんだけどね」
祐里はそう言ってからふふと小さく笑った
どうなってたんだろうな、と改めて竜也は考えてちょっとゾッとした。怖ぇーと
間違いなく言えることは、今ここでこうやって祐里と話していることはなかったということ
どうも勝手に自分を自分でよくないほうにばかり導く癖があるのかも知れない。だとしたらとんだドMだな

「”デ・リョーセー”の大合唱がなかったことは間違いないだろうな」
竜也がそう言うと、祐里はうんうんと何度も頷いた
ぶっつけ本番であれだけの演奏が出来たのは、ホント礼さんに感謝しかないな。今度何か持っていきます

「で、あんたは。何言いかけたの?」
祐里がそう聞くと、竜也はまた帽子をいちいち被りなおした
どうやらすぐにずれてしまうくらい頭がでかいらしい

「いや、大した話じゃないんだけどな。明日何時だっけって思っただけ」
明日。今日の打ち上げと称して、いつものファミレス招集がかかっている
プログラムのあの時の”罰”として、再び支払いは全額竜也持ちなのは勘弁してほしいところだが

「明日何時だっけね。11時半とかじゃない?」
相変わらず時間には適当な祐里だった。時間にうるさい竜也とは対照的だが、逆にそれでバランスが取れているのかも知れない。知らんけど

ふと竜也はそこで、祐里の首元が改めて気になった
戻ってからずっとスカーフを巻いているそれ。

「そいや首元の傷まだ治ってないん?」
竜也がそう聞くと、祐里は「見たいの?仕方ないなー」と軽口を叩いてから、スカーフを取ってくれた
そして驚いた。未だにくっきりと絞められた跡が生々しく残っている。そして...

「よっぽど怨念込めたのかなぁ。超グロいよねこれ」
祐里はまるで他人事のようにそう言って、再びスカーフを巻いてそれを隠した

色々衝撃的で言葉が出ない竜也を見て、祐里はあははと笑った
「だから隠してるんだって。嫌でしょこんなの」
そう言ってから、祐里は一人納得したように頷いた
「あ、わかった。ネックレスしてないことでしょ?」

図星だった
あれだけ大事にしてくれてたネックレスをしていないことも、竜也にとってはちょっと衝撃的だったので

「あれね、捨てちゃったよ。どっかの誰かさんシカト始めたからさー」
祐里が軽い口調でそう言うと、竜也は思わず天を見上げて首を振った
そりゃそうか。逃げて回ってるやつから貰ったものなんて持っていたくねーよな。そらそうよ...

「ふふ、これなーんだ」
祐里は小さく笑ってから、ポケットから何かを取り出すと竜也に見せた
それは...いつかのおもちゃの指輪だった

「バーカ。捨てるわけないじゃん。お母さんがね、傷治るまで外しなさいって。アレルギーとか出たら困るでしょってね」
言って、祐里はその指輪をまた左手の小指につけてから、それを天に翳した

それを見ていた竜也は、照れ臭いのか何なのかわからない感情に捉われていた
これはそろそろ機運ですかね。そう、まさに

時は来た

いつの間にか、互いの道に向かうための交差点へ到着していた

「なあ、進藤」
竜也が呼び掛けると、祐里は「なーに」といつもの様子

「あの時さ...」
竜也がそこまで言うと、祐里は何かを察したのかわざとらしく竜也の顔をまじまじと見る
非常に話しづらい環境をわざわざ作ってくれたことに感謝しつつ、竜也は続けることにした

「昔の話。あれってまだ有効なのかな?」
竜也が言うと、祐里は両手を広げてから首を振った。「何のこと? 知らないよ」と
ほほう、そう来たか。竜也は内心そう思って、ちょっと楽しくなった。今なら言える。言えると思う

「進藤祐里への熱い想い、気持ちだけは絶対に誰にも負けません。俺と結婚してください。杉浦竜也、よろしくお願いします!」
竜也はしっかりと祐里の目を見つめたまま、はっきりとそう言った
普段は滑舌もよくないし、よく噛むのに今日ばかりは完璧に言えた

祐里は一瞬目を丸くして固まっていたが、やがてすぐにあははと笑った
そしてすぐに、「バーカ」と言ってから竜也のキャップを脱がしてから頭をこつんと叩いた

「無理に決まってるでしょ。ホント、いきなり何言うかと思えば」
そう言って、祐里は竜也にキャップを被りなおしてから下を向いてふふふと笑っていた

一方の竜也はというと、完全にフリーズしていた
もう何も考えられない、誰も信じられない。そう言ったところ
おい、俺に拳銃をくれ。まさに自殺したい気分だ...タネキ、酒樹。まだそっちの席、空いてる?

呆然として動けない竜也に気づいた祐里は、顔の前で何度か右手を上下させていた
「生きてる?」
祐里がそう聞くと、竜也は「死にたいわ」と小さく呟いたので祐里はまたあははと笑った

こいつ、人を振っておいて笑ってやがる...そう思うと、違う力が湧いて来るのも少し感じていた
そうだ、俺はまだ生きてる。新しい彼女を作れば...って無理だわ。どう考えても...なぁ

「あのさぁ」
祐里が呆れたような口調で話し出した。竜也は相変わらずどこを見てるのかわからない死に体状態
「私はこないだ誕生日で17になりました。で、あんたは?」
祐里がそう聞くと、竜也はさっきとは別人のような蚊の飛んでいるような声で「16」と答える

そして祐里は笑いながら頷いた
「あのね、この国の法律知ってるでしょ? 女子は16から結婚出来るんだけど、男子は?」
祐里がバカにしたような口調で竜也にそう聞くと、疑問符だらけだった頭に”光”が差してきた

「そもそも、私はずっと待ってるからって言ってたんだから。遅いよ。まあ結婚してくださいは早すぎるけど」
祐里はそう言って、竜也の顔をまじまじと見て笑った
「せいぜい立派になってから、またさっきのやってね。私の彼氏さん」


(GLAY 都忘れ)
作詞:TAKURO
作曲:TAKURO

もう二人はお互いの過去に戻れない
君がつぶやいて歩いた帰り道
ねぇこのまま世界の果てまで行けるかな?
不意に傷つけた人達を思った

春に芽生えた恋心 計画を練る夏の午後
終わらない秋を過ぎ 手ぶらだった二人には
ゆずれない愛がある

誰にも見せない願い事を 今夜解き放とう
いつかは消えゆく魔法でもいいよ
共に今を生きてる

Ah この世はまるで意思のある生き物のように
満たされぬ運命を呪うよ
Ah 時代が僕等の背中を押した事さえも
シナリオの一部だと笑った

階段を昇る時も 降りるその日が来たとしても
変わらない優しさを 胸に秘めて 胸に秘めて
この足で歩けたなら

夢中で伸ばした指の先に 触れるものは何?
どこまでも澄んだ君の瞳 降り注ぐ雪が舞う
Oh…

誰にも見せない願い事を 今夜解き放とう
いつかは消えゆく魔法でもいいよ
共に今を生きてる

I CAN'T FEEL LOVE
I CAN'T FEEL LOVE
I CAN'T FEEL LOVE
WITHOUT YOU



「3曲目にあの曲選んだのあんたなんだってね。どうしてあの曲だったの?」
祐里がそう聞くと、竜也は小さく頷いてからこう囁いた

「I can’t feel love without you.」
(貴女なしでは愛を感じられない)


Fin.