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種崎梨華は達観していた
一人廃墟に佇み、ぼーっとしているだけ

自分のカバンの中身を改めて見て、天を仰いでいた

「しまった。天を見るときは目を見開かないと怒られるわ」
なんてくだらないことを考えつつ、ただ首を振るだけ


「人間16年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」

唐突に、敦盛の一句が頭によぎった
まあ、ぶっちゃけ人間15年 で終わるのかなーって思ってたのよね、去年は

梨華は去年しばらく学校を休んだ
誰にも言ってないが、実は完治はしていない

「薬を飲んでれば問題ないですよ」と医者が言ったのは、まあ事実なのだろう
復学して以来、特に体調に問題はなかったのだから。まあ体育の時間は無理しないようにしていたけれども

梨華が毎日養命酒を飲んでいる、それにはちゃんとした理由があった
毎日薬を飲んでいるのは事実。ただそれだと、余計に心配をかけてしまう可能性がある
そこでの養命酒だ
何だろう、ちょっと冗談ぽく感じさせるチョイスで薬が欠かせないという状況を紛らわすことができる、そう梨華は睨んだのだった

「これもまた兵法よ」
梨華が敬愛する軍師の口癖
実際養命酒の効果なのかはわからないが、梨華が薬を飲んでいてもそこまで気にする人はいなくなっていた
いや、実際飲まないとやばいんだけれどね、言わないけれど

とはいえ、もう薬を飲むことはなさそうだ
どう考えても、こんな状況から生きて戻れるとは思えない
それなら、このままここでひっそりと見つからないようにと、梨華は考えていた

そう、カバンに服用する薬が入っていなかったのだから

プログラムは3日間で行われる
丸3日間薬を飲まなかった場合、どうなるか梨華には予想だに出来なかった
まあ、きっといい結果にならないことだけはわかる。誰かさんじゃないけど、もうこれは「競馬より簡単」

そこで梨華の脳裏に二人の顔がよぎった
「あいつら、ちゃんと合流できたのかなー」


梨華が先に仲良くなったのは、実は竜也のほう
小1の2学期、転校で函館にやってきた梨華
教師に指示され、着席した席にいたのが杉浦竜也だった

梨華の竜也に対する第一印象
「大人しいを通り越していて、大丈夫なの?」っていう感じ
ほとんど言葉を発するでもなく、クラスでも完全に孤立している
いじめられてるわけではなく、輪に入っていこうとしないとでもいうのか

転校して3日後、偶然梨華と竜也だけ宿題を忘れてきたのでちょっとした居残り授業
算数があまり得意じゃなかった梨華がちょっと困っていたが、さっさと終わらせた竜也は手持ち無沙汰な様子
そんな竜也を見て、梨華は一計を案じた

「杉浦くんのなかの杉浦くん、出てこいや」

唐突な高田延彦ネタ
梨華の父親がお気に入りだったのか、よくやっていたのを見ていたので
それを唐突にかましてみた

一瞬目を丸くした竜也だったが、やがて急に両眉を右人差し指で何度かワイパーのように動かして見せた
(後から知った。汗ワイパーというやつらしい。知らんけど)

それで打ち解けたのかはわからないが、次の日からは普通に話せるようになった
基本的に梨華の話は面白いほうではない(よくつまんないと言われる。うるせーよ、おい)のに、ちゃんと聞いてくれるし
時折鋭く突っ込んでくるのは今でもよく覚えてる

そして間もなく、進藤祐里が戻ってきた
8月の頭からずっと旅行に行っていたとのこと。サイパンから戻ってきたとか言ってた記憶があるわ
当初祐里を見て何か挙動不審な姿を見せていた竜也だったが、やがて普通に話すようになっていった
その際に、梨華と祐里も自然と仲良くなっていったのは必定だった

「あなたがずっと面倒見てくれたんだってね?」
祐里が笑って言うと、梨華は首を振った。逆よ、逆と


時は流れ、中学3年の時の話
またいつものように、梨華は祐里が告白を断ったというのを聞いた

「私は予約済みだから」
いつもの定型文。ふと疑問が浮かんだ梨華は、それを祐里本人に聞いてみた
「予約済みって何?」と

聞いて、祐里は笑って頷いた
「言葉通りだよ? 種ちゃんは私より頭いいんだからさー」

ちょっと気になったのでその翌日、今度は竜也に聞いてみることにした
「祐里って婚約者いるの?」と

一瞬思案した様子を浮かべた竜也だったが、やがて首を振った。そして、いつもの見開きポーズを見せて言った
「もう10年くらい友達だけど、それは聞いたことないな」
ポーズこそTranquiloだったが、表情はいつになく真剣だった。基本ボケたがるからね、この人は

そこで梨華はちょっと試してみたくなった
「そっか。てっきり杉浦がフィアンセなのかと思ってたわ」

それを受け、思わず竜也は吹いた
「ないよ、ない」
そう即答し、続けた
「俺はあいつと付き合う資格がないからな。今友達でいれるだけで十分なんだよ」
言って、竜也は遠くを見つめた。いつの間にか見開きポーズをやめ、頬杖をついている

それ以上は踏み込める雰囲気ではなかった
これ以上聞いたら、きっとまたあの昔のように心を閉ざされてしまう
梨華はそう直感した

が、しかし。そこで梨華にいたずら心が生まれた
これはいい、どうなるかちょっと試してみよう

「じゃあさ、例えば私が付き合ってくださいって言ったら、杉浦はどうする?」

また竜也の目が丸くなったのを感じた。とはいえ、明らかに口調が冗談だったのを察したのだろう
頬杖をやめ、しっかりと梨華の目を、わざわざ見開きポーズで見てこう答えた

「タネキと付き合う。。考えたこともなかったけど、楽しそうでいいな
けど、俺はオクパードでカンサードだから」
それを受けて梨華も笑った
「誰がお前のお姉ちゃんじゃ!」


考えてたら、ちょっとしんみりして来てしまった

「やっぱりまた会いたいかなー」
天を再び見上げる梨華

その廃墟には、徐々に一つの影が近づいてきている


(残り30人)