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水木光は物陰に潜みつつ、思案していた
ちょっとした物音にも注意を払い、周囲を伺いながらではさすがに思考が纏まらない感じではあったが

「さて、どうしよう」
ひとり呟く光
いつも沈着冷静、クラス1、いや校内1の才媛でもある光だがさすがにこの状況はイレギュラーすぎた

校舎を出てすぐ、光は笹唐和信の変わり果てた姿を目撃した
頭部をまともに撃ち抜かれての即死。そうとしか捉えられない状況

ふと光は祐里のことを思い浮かべていた
「あの子、巻き込まれてなきゃいいけど」、と


光と祐里の出会いは受験の前に遡る

校内見学会で稜西を訪れた時のこと、光は貧血で立ち眩みをしてしまった
そんな時、「大丈夫?」と声をかけてきたのが、進藤祐里だった

当時はまだ赤い髪ではなかったが、それでも結構派手な茶髪
見た目は派手なのに、話してみると中身はごくごく普通の同学年の女子だった
まあ当たり前なんだけど
他愛のない話しかしなかったが、とても気が合った。どっかの誰かさんじゃないけど、まさにDESTINOって感じなのかな

「あなた、この学校に入るの?」
光が聞くと、祐里は笑って首を振った
「わかんない、私頭悪いからさー」

「あ、ここにいたのか。進藤、帰らないん?」
一人の少年が声をかけてきたのを受け、祐里はちょっとこっちに来なさいという感じで手招きした
「もうちょっと待って。この子具合悪そうだからさ」

祐里がそう言ったのを聞いて、光は慌てて首を振った
「ううん、私大丈夫だから。用事あるなら行ってください」
異常に早口になってしまった

それを聞いた竜也は、何事もなかったように祐里の横にちょっと距離を置いて腰かけた

「そっか。ならゆっくりしてくか」
光の言ったことは聞こえてなかったのか、流したのかはわからないがごくごく当たり前のように普通にその場に収まった

その後は祐里と光が話しているのを、黙って竜也が聞いている状況だった
「ごめん、ちょっとトイレ」
祐里が席を外したので、光と竜也の二人になった
そこで光は、ごくごく当たり前に感じたことを尋ねてみた

「お二人は付き合ってるんですか?」、と

一瞬目を丸くした竜也だったが、即座に両手を振ってそれを否定した
「ないない。ありえない」、と言った後、即座に続けた
「俺にはそんな資格がない」
小さく言って、笑っていた


資格。。恋愛にも資格っているの?


光がきょとんとしてるうちに、やがて祐里が戻ってきた
「んじゃ俺もちょっくら便所いってくるな」
言い残し竜也がその場から消えると、光は同じ質問を祐里にぶつけてみることにした
「二人は付き合ってるの?」と

すると、祐里も即座に笑ってこれを否定した
「よく言われる。けど違うよ」、と

あくまで、ただの腐れ縁。祐里はそう言って笑っていた
どこか遠くを見ているように感じたのは、きっと光の気のせいだろう

やがて竜也が戻ってきた
光は改めて「もう大丈夫です。私もそろそろ帰ろうかな」と言ったので、3人は見学会から帰宅することにした

「じゃあ、次は入学式で会いましょう」
光が言うと、祐里は手を振ってそれに応えようとし、竜也に止められた
「お姉さん、ちゃんと勉強してくれないと入れませんよ」と

光が進路希望で「稜西」と書いた時、教師に止められた
「お前ならもっと上の学校に行くべきじゃないのか」と

しかし光の気持ちは変わらなかった
「あの子とまた話したい。きっともっと仲良くなれる」
一度話しただけの進藤祐里、連絡先すら交換してないその祐里と同じ学校で過ごしたい
ただそれだけだった

そして入学式の日、同じクラスに祐里の姿を見つけたときは心底嬉しかった
意を決して話しかけると、「あ、あの時の」

それから二人は親友になった

祐里がベースをやってるというのを聞いて、じゃあバンド組もうかと提案したのは光だった
一度カラオケに行ったとき、祐里の歌声に魅了されたのもあったので

なのに祐里は梨華をボーカルとして引き込んだのには驚いた
祐里曰く「種ちゃんは楽器できないから」と言っていて
さらに「もう一人ボーカルぶち込もうと思ってるんだ」と不敵な笑みを浮かべていた

それから梨華が入院からの、竜也と直がバンドに加わってあの文化祭の騒動
ずっと「優等生」だった光には考えられなかった、あの光景

一度竜也に、「来年はどうするの?」と聞いたところ
「史上初、2年連続のデ・稜西の大合唱。やってみせますよ」と言ったのには心底笑った
普段ほとんど喋らないくせに、たまに話すととんでもないことを言うのよこの人は

いつぞや、珍しく光が漢字の謎解き問題を解けなかった時のこと

横で見ていた竜也はニヤッと笑うと
「謎は解けたよ、ワトソン君」
そう言って、竜也はさらさらと答えを書いて立ち去って行った

普段なら悔しいという感情を覚えるのだが、その時だけはちょっと違った
さすが祐里の友達ね、と
まさか2年連続で漢字コンクールで負けるとは思わなかったから、そこだけは悔しかったけれど

文化祭からの、この1年はあっという間だった
また今年も、ふふ、どっかの誰かさんじゃないけれど、「デ・稜西」の大合唱を出来るものだと、そう思っていた
ううん、むしろそのを合唱もっと煽ってみようとすら思っていた
なんて言うんだったかな、祐里、梨華、光、直、イ 杉浦 だっけ
今年は夏未も入れないとね

ふと光は思い出した
祐里と竜也が何やら悪だくみをしていたことを

言うなよ?絶対に言うなよと言っていた悪事
「サプライズで種ちゃんを舞台に上げる。そして竜と二人でデュエットさせる、と」

竜也は嫌がるのかと思いきや、「いいなそれ。本番をお待ちください..Adios」といつもの調子だった
曲は「愛が生まれる日」がいいと、竜也が言ったので祐里と光、直はそれぞれ笑ったものだった


そんな日常はもう戻らない
何だろう、遠い昔の思い出に変わって行くのをまじまじと感じている

ううん、ダメだな。悪いほう悪いほうに考えてしまう

そう、光は元来後ろ向きな性格だった
それを支えてくれたのが祐里、そして仲間たち。いま改めて思い知らされた


まだ諦めるのは早いわね。絶対に何か手段があるはず
けど、その前に...


光は地図を見て、歩を進め始めた


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