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「男子8番杉浦竜也、行きます
満塁のチャンスで、ちょっと気合の入りすぎた元読売巨人軍エドガー」

言って、竜也は棒を目の前で、左手だけで何度も何度も回す
おなじみ、エドガーのモノマネ。それを見て、祐里も「ホームランホームランエドガー」とコールを送る
テーブルの上には飲み物や食べ物(主にお菓子)が散乱し、支給されたリュックは床に放り投げられている

テンションがおかしくなりすぎているのか、じゃんけんで負けたほうが罰ゲームということを始めていた
ここだけはいつもの空間
外では殺伐とした「ゲーム」が行われているが、ここだけはいつもの空間
そう、変わらないことは大事

「竜、もう1個なんかやって」
手を叩いて笑いながら祐里が言うと、竜也は笑みを浮かべて頷いた
「じゃあ、アレやっちゃう?」

言うと、テーブルの上に置いてあったコーラのスリム缶に手を伸ばした

「え。。まさか、禁断のアレ...?」
わざとらしく祐里は驚いた様子を見せると、竜也は大きく頷いた

「男杉浦、このコーラを一気飲みしてゲップをせずに1994年・日本ハムファイターズの開幕スタメンを言います!」
これまた定番の持ちネタ。「よ、待ってました!」祐里もわかってるので相槌を飛ばす

竜也はコーラに手を伸ばすと、一気に飲もうとして
すぐに断念する。そもそも一気飲みできねえし

オチまでお約束だったので、祐里はまた手を叩いてあははと笑っていた


「いいのかな、こんなことしていて」
祐里が不意に呟いた。当然の疑問だった。しかし、竜也は意地でも空気を読まない

「我々は殺し合いをしてるんじゃないんだ。わかってください!」
最悪にこの場にピッタリすぎる、ドラゴンストップだった。竜也だけに(うるせーよ、おい)
またタチが悪いことに、非常にクオリティが高すぎるために、何を言ってるかまるでわからないところまでがポイント


閑話休題、時だけは刻一刻と過ぎて行っているが二人は何をするでもなく、他愛のない話をしているだけだった

「そいやお姉さん、学校にネックレスとかしてきちゃダメでしょ」
竜也が咎めると、祐里は不敵に笑ってスカートのポケットに手を伸ばした

「タラタタッタター、指輪ー」
まさかのユリえもん降臨。これもまたかなりのクオリティ

おいおい、マジかよと竜也は俯いて笑った
「なんでおもちゃの指環まで持ち歩いてるんだよ」と

「貰ったものは大切にしないとね」
祐里は笑うと、また例によって左手の薬指に嵌めてみせるが、やがてまたポケットに仕舞った

「ホント、あんたにはいつもお世話になってばかりでなんとお礼を申していいのか」
急に改まって祐里が深々と頭を下げたのを見て、竜也は苦笑して手を振った

「逆だ逆。今だって、お前が一緒にいなきゃこんな落ち着いていられない」

本心だった。いつ死んでもおかしくない、殺されてもおかしくない環境下に置かれているのに
こんなふざけ合って、いつも通りの感情を保てているのは祐里、お前が一緒だからだよ。竜也は心からそう思っていた

「お..前?」
これまたいつもの定番ムーブ。ホントあんたは与田監督大好きですね、竜也は内心苦笑した

「そうだ、ひとつ気になってたことあるんだけど。聞いていい?」
祐里がそう言うと、ん?という感じで竜也は祐里のほうを見た

「あんたさ、私が泣きそうになると必死に笑わせようとかするよね」
そう、これもまた事実だった。竜也はとにかく、祐里が泣くのだけは見たくなかったのだ
一度だけ、そうあの10年前を除いて
あ、二人でドラマ見たときはとんでもない勢いで二人で号泣したんだった
"空から降る1億の星"
そうだな、あんな終わり方ならいいかもしれない。祐里に殺されるなら俺は構わないかな

「ん、そうだっけ」
すっとぼけてみた。竜也は内心かなり動揺していたが、表情には出さないようにしてプロレスLOVEで胡麻化した。イヤァー

「さっきもそう。いつもそう。私が悲して泣きたくなるとき、あんたは絶対そばにいてくれた
ホント、感謝してます」
表情こそ笑っていたが、祐里の目は真剣だったので竜也は戸惑って頭をかいた
けれども、素直にお礼は言わずに今度はウルフポーズで祐里の額をこつんとした

「昔さ、お前ずっと泣いてたことあったじゃん」
急に話を振られ、またも祐里はきょとんとしたが竜也は続ける

「俺のせいでさ。で、そのあとずーっといなくなっちゃって。もう2度と会えないんじゃないかなって子供心に思って
あの時の1か月くらい、ずーっと寂しくて。悲しくて、辛くて。うん。タネキいなかったら俺潰れてたと思うわ
ホント、情けない男だよ俺は」

竜也がずーっと引きずっていた過去を話した
大事な人を泣かせたままの唐突な別れ。結局はただの旅行だったとはいえ、その当時の竜也が知らなかったのは事実
他に仲良い友達がいなかったのもあり、翌日はずっと一人で泣いていたのだった

もしかしたら公園にいるかも知れない。思い、行ってももちろん祐里はいない
一人寂しくブランコで泣いていると、いつの間にか隣に見知らぬ女の子が座って竜也の涙を拭いた

「男の中の男、出てこいや」

まさかの高田延彦ネタ降臨。キョトンとした幼い日の竜也だったが、その日から10日くらいはその子と遊んで過ごしたのだった
お互い名前すら知らないまま遊んだのだけれど、「高田延彦」ネタでわかった
転校前に偶然会った、種崎梨華だったのだろう。竜也は一人で納得していたのだった

真面目に聞いていた祐里だったが、ちょっと首を傾げていた。アレ、なんかちょっと違うよ、的な

「あんたさ、何か記憶違ってるよ」と祐里が言うと、竜也は小さく笑った
「そうなん? まあ、あの時毎日泣いてたからな」

すると、祐里はよしよしといわんばかりに竜也の頭を撫でたのでやめぃと竜也はそれを避けたので、祐里は笑った
「私ははっきり覚えてる。あの時泣いてたのは、恥ずかしいけどあんたと同じ。あんたとしばらく会えなくなるよ、って親に言われてさ
なんだろうね、よくわからない感情だったのよ。ずーっと泣いてた。あんたと一緒にお祭りに行くっていう約束をほっぽり出して」

一気に言って、祐里はふうと息を吐いた
それから勢い良く、”お子様用ビール”を飲んだ。ホントはビールを飲もうとしたのだが、さすがにそれは竜也に阻止されたのだった
最後の日まで我慢してください、お願いしますと

そして祐里が続けた
「あのとき、あんた私に」

言いかけると、竜也がそれを制した
「ちょっと待て。近くに誰かいる」

一気に緊張が走った。しまった、いつもの癖で靴を玄関に脱いできてしまった
そう考えつつ、竜也と祐里は放り出していたリュックを拾った。そして様子を伺う

「やべえな。玄関のほうに向かってきてる」
竜也が呟きつつ、怯えた様子の祐里を自分の後ろに立たせた
大丈夫、最悪俺が囮になって祐里を逃がす。。

緊張してきた。耳たぶが痛ぇーよー

その時だった
玄関のドアがガチャっと開く音がした

最っ低ー(ミラノさんism)
竜也は思った。もうこれ詰んでね?

「ふーん、やっぱりここか」
玄関のほうから声が聞こえた。何かとても聞き慣れた、そんな声
聞いて、竜也と祐里は顔を見合わせた。え、まさか??


「Buenos dias.祐里に竜ちゃん、元気にしてた?」

姿を現したのは、いつもと同じようにクールな表情を浮かべた水木光だった



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