3年連続の大合唱が終わり、後夜祭も終わった
祐里と竜也は、より一層仲が良くなったように見えて夏未は内心嫉妬していた
いつぞや言った、「何か悔しいな。竜くん、私はいつでも待ってるからね」
あれは冗談ではなく本気だったのだから
私はノーチャンスだったのかな
帰り道、夏未は一人そう考えていた
舞が死んだその日、竜也の家に行った際に夏未は拒絶された。一方祐里は部屋には入れてもらえたと言っていた
その時点で実質勝敗は決まっていたようなもの
33-4だよねこれじゃ...
竜也も祐里も大事な友人であるからこそ、これからずっと2人のいちゃつく姿を見なきゃいけないのは辛いなーと思う自分がいた
その日は、まさに眠れない夜だった
確かに暑さのせいもあったし、文化祭での興奮からの高まりもあったには違いない
ただそれ以上に、何か悔しい。その気持ちが胸に渦巻いていた
光や梨華は素直に祝福していたが、それは特に竜也に”好意”を持っていないから
光は純粋な友達として、そして梨華は幼馴染からの腐れ縁として祝福しているんだろうと夏未は思っている
色々頭で考えすぎて、全然眠くならないのだからまあ自業自得でもあるが明日はいつもの”定例会”がある
11時半からいつもの”デニー友利’s”で行われるそれ
”新しいパレハ”の友利悠衣は「明日? ごめん無理だ」と言って辞退していたので、いつもの6人
正直、ちょっと行きたくない気すら湧いてきている
後夜祭の様子を見る限り、竜也と祐里の”バカップル”はなかなかのものだった
『幼馴染が絶対負けない物語』とか言って、祐里はいつも以上にテンションが高かったし、竜也も普段なら直と話している時間のほうが多いのに、今日に限っては祐里と喋っているのがほとんど
まあ久々に会ったというのもあるだろうけれど、それでも今日の2人はどこか違った
祐里はどうせ東京に戻るから、その時に”略奪愛”という手もなくはないが、相手はあの超絶鈍感マシーン竜也である
正直舞と付き合うことになったと聞いた時は衝撃でしかなかった。いくら可愛い子で一目惚れをしていたとは聞いていたけれど、それでも竜也は絶対祐里を選ぶと夏未は思っていた
いや、それじゃダメなんだけど...
時は午前1時を回ったころ
そんなこんなで、ようやくうとうとしてきた
夏未は教室に座っていた
目の前には赤名舞が座っていて、夏未に向かって手を振っていた
あぁ、これは夢だな。そう夏未は直感している
「こんばんは。河辺さん、お久しぶり」
記憶にあるそのままの笑顔で舞がそう言ったので、夏未も小さく笑って頷いている
「河辺さんって竜也くんのこと好きなんだね」
いきなり図星をつかれ、夏未は思わず顔をしかめた。この子怖い。いきなり何、と
その夏未の様子に気づいたようで、舞はまた朗らかに笑みを浮かべながら何度か頷いている
「河辺さんに話があるんだ」
舞がそう言ったので、夏未は改めて舞のほうをしっかりと見つめる
夢のはずなのに、妙にリアル感が強いそれ。舞の目を見ていると吸い込まれそうになりそうな気さえする
それで舞は続ける
「河辺さんが竜也くんと付き合えるチャンスは1回だけあったんだよ。それがいつだかわかるかな?」
そう言った舞の様子は真剣だったが、思い当たる伏がないので夏未は首を傾げていた
「わかんないかー。まあいいわ。でもね、河辺さんが竜也くんと付き合ってくれれば、私は死なないで済んだんだよ」
舞はそう言ってちょっとふくれっ面をしてみせる。え、何。もしかして悪霊...? 夏未がそう感じていると、舞はすぐに笑って両手を振った。違うから。私は地縛霊でも怨霊でもないからねと
「そこで河辺さんにお願いがあります」
舞はそう言って、身じまいを立て直した。どうやらこれからが本題のようだと感じて、夏未も同じようにきちんと舞に向き直る
「河辺さん、竜也くんと付き合ってください」
言われ、思わず夏未は小さく吹いてしまう。いや、無理だから。もう竜くんは祐里とラブラブバカップルだから...
しかし舞はすぐに首を振った。「違うからね。ちょっと面白い事起こしてあげるから」
舞が言うにはこうだった
・時間をちょっと戻します
・その世界線で竜也くんと付き合うように持って行ってください
・私は3年生になる前に函館からいなくなるので、無事次の転校先へ送り届けてください
・私が竜也くんと付き合った場合、竜也くんは祐里と必ず結ばれます
・私が竜也くんと付き合うとその次の日に絶対死んでしまうので、私が結ばれる前に先に交際していてください
・ちなみに私は竜也くんに非常に強い好意を持って現れますので気を付けてね
夏未はポカーンとしていた
夢にしてもあまりにも現実味がなさすぎるそれなのに、妙にリアルだし頭もしっかり働いているように感じる
そもそもこの目の前にいる舞は一体何者なんだろう、と
「私? 私は赤名舞だった何かだよ。ただ赤名舞に戻りたい、その一心であなたに救いを求めに来たんだ」
舞はそう言って笑っていた
明晰夢ってやつなのかなこれ
夏未はそう考えていた。なかなか寝付けなかったから、こんなリアルすぎる夢見てるんだろうなあとしか思い当たらない
夢なら醒めてー、夏未がそう感じていると舞が「ちょっと待って」とそれを制した
あと1個だけ、ね。と舞がまた微笑んでいた
戻った初日。そこが勝負だからね。そこで失敗したらもう取り返しつかないから
言い終えた舞はそこで不気味すぎる笑顔に変わった
「失敗したら....恨みますー」
なぜかひどい棒読みでそう言うと、またいつもの舞の笑顔に戻っていた
展開の速さについて行けない夏未がいろいろ逡巡していると、今度は舞の姿がどんどん薄くなって消えていきそうになっているのを感じて夏未はちょっと慌てた
「ちょっと待って。もっとヒントとかないの?」
夏未がそう聞くと、舞は小さく首を振った
「ごめんね、それはルール違反だから私の口からは言えないんだ」
ルールって...? 夏未がまた唖然としていると、舞はまた笑みを浮かべていた
「私にチャンスをくれた”神様”のルールだよ。”お前、死にたくなかっただろ?”って言われてね、当たり前じゃないですかって言ったら”なら1度だけチャンスをやる”ってね」
それが世界線を変えるという話らしいと言って、舞はまた笑みを浮かべている
河辺さんは今日までの記憶を持って、ちょっと昔に戻ってもらうから。その世界線の私を生かしてください。そして竜也くんをよろしくお願いします...
言って舞の姿が見えなくなると同時に夏未は目が覚めた
ふぅ、変な夢見たなーと思って夏未はいつも通りにスマホを開いて時刻を確認する
7月20日。午前9時35分と表示されているのを見て、あれ? と夏未は思う
確か昨日20日だったはずなんだけど...思い、夏未はスマホを改めてよく見てみる
入れているアプリの配置が記憶にあるのと微妙に違うことに気づいた。あれ、これこないだ消したやつだよね...?
それからLINEを開くと、そこには竜也からのLINEが一番上にあったので開いてみる
『2年連続の大合唱、どうだったでしょうか?w あ、今日の定例会行けません。法事入っちゃって今から札幌』
去年も見たそれが、なぜか1番上に未読状態であった事実に夏未は驚きを隠せない
あれ、夢じゃなくて現実に起きてるのこれ...?と
”戻った初日。そこが勝負だからね。そこで失敗したらもう取り返しつかないから”
定例会はあと2時間後。このとき何があったんだっけ...夏未は顔を洗うのも忘れ、記憶をフル回転させていた