『2年連続の大合唱、どうだったでしょうか?w あ、今日の定例会行けません。法事入っちゃって今から札幌』
案の定竜也からのLINEが届いている
”戻った初日。そこが勝負だからね。そこで失敗したらもう取り返しつかないから”
もう次はないと舞は言っていた。バッドエンドにしか繋がってない未来を変えるにはどうすればいいのか。夏未は重大すぎる責任を負って、またあの定例会に行かないといけない
そしてどうやら、”あの時”が運命の分かれ道らしい
祐里が竜くんをクビって言ったあとだなぁ。私もすぐに直くんに追従しないとダメ。そして多分....
祐里が電話をかける前に、私が竜くんに電話をしないといけないだろう
そういえば、と夏未は思い出していた
竜也と直、光で竜也が函館に戻って来た日に『舞の話』で盛り上がっていたと聞いた
それで竜也が舞に一目惚れをしたのが全ての事の発端
となれば....
それも阻止しないといけないのか...夏未は思わず溜息をついている
あともう1つ、祐里は毎晩のように札幌にいる竜也に電話をかけていたとも聞いたことがあった
多分そっちも阻止しないとダメなのね。。。
私はともかく、竜くんはそもそも電話が好きじゃない人なのに、そんな毎日電話をするネタなんてあるのかな...
竜くんが好きなもの
プロレスは私全然わからないし、野球は竜くんの推しが低迷してるから触れないほうがいい。となればアレしかない
今晩からお父さんに競馬のこと聞くかぁ
光ちゃんだけじゃなく、実は私のお父さんも実は馬主なんだよね。自慢するみたいで言ってなかったんだけど
そして夏未はファミレスに向かった
いつものように談笑しているが、やはり微妙な気配なのは否めない
女子4人に男子1人。直がちょっと居づらい空気を出している
そして梨華が話し始める
「私、明日からまた入院するんだよね」
「よかったわね。もう養命酒飲まなくていいじゃない」
光が茶化すと、梨華は真顔で頷いた。「美味しいもんじゃないからね、飲まないで済むならもういいわよ」と
もう3度目となるお馴染みの流れ。次に来ることが夏未にとってはすべてお見通しだった
「そっか。種ちゃんが万全になるなら、ボーカル種ちゃんだしもう竜はお払い箱だね。あいつ下手くそだし」
祐里が微笑みながらいつものように何気なくそう言うと、直の表情が一変する
直は小さく首を振ると、財布から千円札を出してテーブルに置くと不意に立ち上がった
「俺帰るわ。あと、杉浦お払い箱なら俺脱退するから」
そう言い残すと、振り返りもせずに店を出て行った
それで夏未もすぐに立ち上がった。内心ちょっと焦りながらも、怒りを隠し切れないようにそう見せかけた表情を必死に繕う
「私も帰るよ。竜くんクビなら私も辞めるね」
そう言って千円札を出してテーブルに置くと、梨華と光のほうを見て小さく頭を下げてから店から出て行く
夏未はすぐ竜也に電話をかけていた
「河辺か。珍しいな。どうした?」
竜也はすぐに電話に出てくれたので夏未は内心安堵しつつ、今起きたことを話し始めた
「....マジか。ひでえなそれ。さすがに傷つくわ」
電話口の向こうで竜也のテンションが下がっているのに気付き、夏未は心の中で頭を下げている
そんな時、夏未は不意に後ろから肩を叩かれる
驚いて振り向くと、そこには光が立っていた。誰と電話してるの?と
竜くんとだよと夏未が答えると、光はちょっと変わってもらえる?と言ってきたので光にスマホを渡す
「竜ちゃん? 私。私も今ムッと来て出てきたところ。さすがに今のはダメだと思うんだよね」
光がそう追撃したが、竜也は「悪い。もう時間ねえわ。法事終わったらこっちからまたかけるって河辺に言っといて。あ、もちろん水木にもちょっと相談するから」
そう言って電話は切れたようだ
「竜ちゃんがまた後で電話するって言ってたわよ」
光はそう言ってスマホを夏未に返すと、じゃあ私はこれから図書館に行くからと言って自転車で去って行った
夏未は特に用事もないのでとりあえず家に帰ろうかなと思いつつ、途中にある本屋に立ち寄って競馬雑誌を何冊か買ってみる。これ読んで少しでも勉強しないと
ファミレスでは祐里が肩を落として俯いている
「...私、そんなつもりないのに。。どうして」
祐里はすぐに光に電話をかけていたが、『電話に出ることが出来ません』
夏未にかけてみると話し中。返す刀で竜也にかけて見ても話し中で、顔面蒼白状態になっている
「種ちゃん、どうしよ。みんな誰も電話に出てくれない...」
泣きそうになっている祐里を見ていた梨華だったが、「まあ今日は全面的に祐里が悪いよ。もし杉浦がこれを知って怒ったとしたら、私こう言うわよ。あんたはあんたの思うままでいいからね。好きにしなさいってね」
いつもの真顔でそう梨華が言うと、祐里はますます表情が曇って行く
「え、引き止めなさいって言ってくれないの?」
そう聞かれ、梨華はすぐに頷いた
「ぶっちゃけ、私もあの発言にはイラっとしてるんだよ。あんなに頑張って盛り上げた杉浦を、あの言い様はないじゃんって」
味方だと思っていた梨華も実は怒っている事実を知り、祐里の体の震えははっきりと見えるレベルになってきている
あちゃー、ちょっと言い過ぎたかなと思いつつも梨華は黙って祐里のほうを見続けている
居たたまれなくなったのか、祐里はまたどこかに電話をかけているが『電話に出ることが出来ません』だったようでまた俯いている
「誰か竜にもう教えちゃったのかな...」
祐里はそう呟くと、ふらふらと会計のほうへ向かい始めた
さすがに心配になった梨華はその後を追いかけ、半ば抱きかかえるように一緒に会計を済ませると梨華は祐里の家まで送り届けることに
一緒に帰っている途中、何度も竜也に電話をかけては『出ることが出来ません』
なら最初からあんなこと言わなきゃいいのに、と梨華は心の中で首を振っていた
その日の夜
着信があったので夏未はスマホを手に取る
「Buenas noches. 」
突然スペイン語だったのでちょっと驚いたが、こんなことをする相手は一人しか思いつかないので夏未はくすくす笑っていた
「ようやく解放されたわ。今ホテルついたとこ」
竜也の声から本心疲れているように感じ取れた
「さすがにびびった。進藤から着信30回以上。LINEも40通くらい来てたわ」
怖すぎて見ないで消したと言って竜也は笑っている。いや、ちょっとそれはやりすぎじゃないのと夏未が思っていると、
「あ、消したのは着信履歴な。LINEは既読だけつけておしまい」
意外にクールなとこあるんだなと夏未が思っていると、竜也の口調が急に変わった
「ていうかあいつ大丈夫かな。LINEの文面が凄い怖かったんだが」
竜也の口調は明らかに祐里を心配しているそれに変わったので、あぁこれじゃダメだ。また同じことの繰り返しになってしまうと夏未は内心焦りを隠せない
「ダメだよ。竜くんはバカにされたんだよ? お人好しはよくないんだからね」
夏未がそう諭すが、心が痛くて仕方ない
なんかすごい悪い人になっている、そんな気がする。いくら未来を変えるためとはいえ、あまりにもこれは...
ちょっと竜也が考え込んだ感じに思えたので、夏未はいろいろ仕入れた”ネタ”をぶち込んでみることにする
「そいや竜くんって”セレクトセール”って興味あるの?」
いきなり振られ、ん?という竜也の声がはっきりと聞こえたが、ややあって「見てると面白いよあれ」と帰ってきたあと、何だよ急にという笑い声
それで夏未が、「実はお父さん今度それに行くって言ってたんだけど。もしよかったら一緒に行ってみない?」とあまりにも魅力的すぎるお誘いをしてみた
「マジ?」
竜也の普段聞かないような口調でそう聞こえたので、夏未はこんなこと冗談で言わないよーといつも通りを装って返す
「いや、いいわ。さすがに遠慮しとくよ、お邪魔になるし」
竜也が苦笑しているのが伝わってきた。そう、彼は基本的にチキンなのである。ホントよくあんな”大合唱”出来ていると思うくらい、普段の竜也は引っ込み思案甚だしいタイプ
そっか。お父さんは大歓迎って言ってたんだけどなーと続けてみるが、どうやら竜也は乗ってこないのは明白だった
ホント彼は一筋縄じゃ行かないなーとしみじみ感じている
「風呂入れ言われたから切るわ。それじゃ」
竜也がそう言って切ろうとしたので、夏未は「祐里を甘やかしちゃダメだよ。ちゃんと反省させてね」と念を押すと竜也は笑って「わかってるって。じゃあな」と言って通話は終了した
またしても夢の中。夏未は舞を見つけると同時、いきなり激高している
「ちょっと舞ちゃん、これあまりにも酷すぎるよ。私ものすごい性格悪い人じゃない」
言われ、舞はまたいつもの微笑みを浮かべて頷いている
「ううん、今日のはすごい良かったよ。このまま行けばミッションコンプリートだから頑張って!」
舞はサムズアップポーズをしているが、それには違和感しか感じなかった
どう考えても別の最悪の結果になる未来が予見できるそれ
すでに祐里は病んでいるように感じるだけに、どうしてそれがよかったといえるのだろうかと
夏未はそれを舞にさりげなく尋ねてみると、舞の返答はあまりにも冷酷なものだった
「確かに祐里ちゃんは病んでるね。このまま行けば祐里ちゃんは自殺して、竜也くんと夏未ちゃんが結ばれてハッピーエンドだよ」
ちょっと待って、と夏未は戸惑いを隠せない
その夏未に気づいたようで、舞は不思議そうに首を振っている
「どうしたの? 犠牲者は祐里ちゃんだけだからめでたしめでたしじゃない」
これはおかしい、と夏未は直感する
”舞だった何か”と彼女は最初そう名乗っていたが、私の知っている舞はこんなことを言う人には思えなかった
死んだから心変わりをしている、そう言われれば仕方ないのかも知れないが...未来を変えてと懇願していたのに、犠牲者が一人でハッピーエンドとかほざいてる相手を夏未は許すことはできなかった
「あなた、偽者ね? いったいどういうつもり」
夏未がそう問い詰めると、舞の顔が不気味に歪んだ
見ているのもおぞましいそれに変わり、夏未が思わず目を背けると同時にパコーンという音が鳴り響いた
何? と思って夏未がその音のした方向を見ると、ハリセンを持った舞の姿がそこにあった
舞は笑みを浮かべたまま、そのおぞましい物体を何度も何度もハリセンで叩いている
「河辺さんごめんね、こいつ偽物だよ。みんなを陥れようとしてたみたいだね」
もう夏未は訳が分からない状態。完全に顔にクエスチョンマークが浮かんでいたことだろう
それに気づいて舞は小さく頭を下げた
「そもそも最初から偽物だったんだよ。祐里ちゃんと竜也くんはあのまま付き合っていても、殺されたりするような事実はないからね。それ以上の未来は私にはわからないけれど」
舞が言うにはこうだった
夏未の心にあった”迷い”に付け込んだヤツの仕業らしい
時空を操り最悪の結果を招くのが狙い
何度も何度も時間を戻されてるうちに、このままだと夏未も精神異常をきたすとこだったんだよと舞は申し訳なさそうに頭を下げている
「それで...結局、貴女は何者なの?」
夏未がそう聞くと、舞は小さく笑っている
「何なんだろうね。カッコよくいえば”天使”なのかも知れないけど。さっきのは夜の禍と書いてヤカってやつだね」
そう言って嘘っぽく笑うと、舞は遠い目をしている
「もう大丈夫? 心に隙作ったらだめだよ」
舞はそう言って消えようとしている。思わず夏未は「ちょっと待って」とそれを制する。そして、「いったいどうなるの。これからどうすればいいの」と思わず聞いている
それで舞は小さく頷いている
「あなたはあなたの思うままでいいの。余計なことは考えなくていいからね」
このまま2人を応援するでもよし、略奪愛に励むならそれはそれでいいと言って舞は笑っている
次に目覚めるときは元の時空、所謂3年連続の大合唱の翌日。”夜禍”に操られたこの記憶はすべて消えるからと舞は続けて、どんどんその姿は薄くなっている
「赤名さん、あなたはどうなるの?」
思わず夏未がそう聞くと、舞は小さく頷いている
「私はもう死んじゃってるからね。みんながちょっとでも覚えていてくれれば、それでいいんだ。忘れないでなんて言わないから、私の分まで生きてね」
そう言って舞の姿は完全に見えなくなった
夏未が目覚めるとまだ真夜中だった
午前2時22分。なぜかわからないが目から涙が溢れている状況
よっぽど怖い夢を見たのか、それとも....
悲しい夢ではなかったと夏未は確信していた。ただ何か、とても寂しいそんな気持ちだけがある
そんなに祐里と竜くんが仲良かったのが腹立ってたのかなぁ?
夏未は内心苦笑しつつ、も1回寝よと思ってそのまま目を閉じた
fin