戻る
Next
Back
「脅かしてゴメン。もう大丈夫だよ」
言って美緒は銃を降ろすと竜也に向かって深々と頭を下げる

何のことかわからず、ただただ唖然呆然で口がポカーンと開いていた竜也だったが、やがて「ちょっと待って。何が何だかわからん」と素直に心の内を話したが美緒は頭を下げたまま
もういいから頭上げてくれと言われてようやく美緒は顔を上げたが、竜也を見ると再び頭を下げるので堂々巡り

「実はね、キミの後ろに有沢がいたんだよね」

しばらく謝罪合戦が続いていたのだが、キリがないと言って竜也が強制打ち切りにした
今後を相談するにあたってどこか身を潜める場所を探そうということになり、今は移動中なのだが美緒が歩きながらそうネタ晴らし

「向こうが何を考えてるかわからなかったからね。こっちは銃を持ってるよ? それでも私たちに用があるかい?という感じで圧力をかけてみたんだ」

それで有沢匠司はしずしずと退散していったんだよ、というのが話の真相
「どんなに急な事態だったとはいえ、キミに銃を向けた行為は許されるものじゃないよね。そしてそれをしてしまった自分に腹が立ってるんだ」とまた美緒が反省モードに入りそうになったので、竜也はリュックから水を取り出してそれを美緒に手渡した

「はいこれで水入り。もうその話は終わり」
受け取ってキョトンとしていた美緒だったが、やがてありがとねと言ってその水の封を切って一口飲む

「許してくれる?」
まだ疑心暗鬼な様子の美緒だったが、竜也は思わずCabron.と苦笑しながら呟いている

「あのさ、今こうして一緒に歩いている。それが答えだと思うんだが」
やれやれという感じで竜也が言うと、美緒はほっとしたように息を吐いてから小さく頷いた

「落ち着いて見えるかも知れないけど、実は内心バクバクなんだよ」

そう言う美緒だが、いつも通りの涼しい表情にしか見えないそれ
そして竜也の手を自分の心臓に当てようとしたのでそれはさすがに拒否した

「何だい。私の心臓がバクバクだってのを体験させてあげようと思ったのに」
悪戯っぽく笑う美緒に対して、竜也はどうリアクションを取っていいのかわからず苦笑するだけ

とりあえず、お互いの“わだかまり”は解けたようだった
そして、当面落ち着けそうな“家”も発見できた
竜也と美緒はそれぞれ周囲を伺い、人の気配がないことを確認してからそこに入ることに

もしもに備え、それぞれ靴は履いたまま。とはいえ、かりそめの休憩という感じではあるが、椅子に座れたというのは少し気が楽になる気がする

「それで、やっぱりキミは祐里や光ちゃんと合流したいのかな?」
美緒が水を飲みながらそう訊くと、竜也は残りのコーラを一気に飲み干すと美緒の目をまじまじと見て頷いた

「わかったよ。けどその前に、私からの提案を聞いてもらえるかな?」
美緒はすっと真剣な表情に切り替えてそう言ったので、竜也もなぜか背筋をピシッと直してそれを聞くことにした

「もしもだよ。私と竜也、2人でこのプログラムから退場出来るとしたらキミはどうするかな?」
へ?と竜也は思った。一瞬聞き間違えかなとおもい、もう1度聞き直そうかと思ったレベルだったが...美緒は竜也の返事を待っている状態

「ごめん、ちょっと意味が分からない。どういうことだ?」
思わず聞き返すと、美緒は小さく首を振った。言葉の通りだよと言って小さく笑っている

「どうだろう。悪い話じゃないと思うんだけどな。キミが了承してくれれば、明日からまた何事もなく西陵の生徒として学校に通うことが出来るよ」
ちょっと待ってくれよという感じだったが、いくつかの疑問点があったのでそれを聞いてみることにした

「2人だけなのか? 祐里と光と合流してからだとダメなのか?」
竜也がそう言うと同時に美緒は首を振ってそれを否定してから、ゴメンという感じで両手を合わせてみせる

「そう。私とキミだけだね。私と祐里でもダメだし、祐里とキミでも無理なんだ」
美緒はそう言ってから、スカートのポケットからスマホを取り出すと何やら文字を打って竜也に画面を見せる

“ちなみに今の会話は盗聴されているからね。まあ向こうは戯言としか思ってないだろうけど。だから方法は教えられないんだ”

またもとんでもない事実をさらりと言ってのける美緒に驚きつつも、竜也は返事が出来ないでいる。というより、衝撃的すぎて思考回路が停止している的な

「そうだった。一つだけ条件があるけどね。将来は私の旦那さんになってもらうことになるんだけど。うちのグループの社長になる未来も保証するよ」
言って、美緒は自分の髪を思わず直しつつ竜也の返事を待っている
とはいえ、竜也にはどう返事が返ってくるかがわかっているというような表情に見えた

「一つだけ聞いていいか。もし俺たちが退場したとして、祐里と光はどうなる?」
竜也が訊くと、美緒は小さく頷いた。ちょっと寂しそうに遠くを見つめてから呟く

「私たちがいなくなってもプログラムは続くよ。だから...もし生き残れたとしてもどっちか一人になっちゃうね」
美緒のその悲しそうな表情を見るまでもなく、竜也の心は決まっていた。後学のために一応聞いただけだったのでね

「わかった。答えはNoで。俺は友達を見捨てて自分だけ逃げて平和に暮らすなんて出来ないわ」
言って、竜也はゴメンという感じで美緒のペットボトルの水を少し拝借してコップに入れて飲む。無駄に緊張して喉乾いちゃったってとこ

「ふふ。やっぱりだね、それでこそ竜也だよ」
美緒は表情を崩していつもの穏やかな笑みを浮かべているが、その目はどこか寂しそうに見えた

「俺はさ、もう祐里を泣かせたくないんだよ」
竜也がそう言うと、美緒は“もう”?と尋ねたので竜也は頷いてから続けた

「昔の話。美緒が引っ越してすぐの事だったかな」

祐里の家で遊んでいた時の話
祐里の母親に「お嫁さんにしてあげてね」と言われ、竜也は照れ臭かったのもあって「僕は美緒ちゃんのほうが好きだから!」と言ってしまったアレ

「殴られるかと思ったら、ビックリするくらい号泣されてさ。もう帰って言われてな」
それだけならまだいいのだけれど、次の日が祐里の誕生日
“お誕生会”が行われたのだが、もちろん行ける状況ではない

「謝りたかったんだけど、行けるわけないじゃん? だから郵便受けにプレゼントとごめんなさいって書いた手紙入れて家で不貞寝してた」

許してもらえただけで嬉しかったのに、その次の日に“草野球”で俺がホームラン打ったら自分の事のように喜んでくれてさ、それが俺の野球の原点なんだよと言って竜也は笑った

黙ってそれを聞いていた美緒だったが、やがてふぅという感じで息を吐いたのを見て竜也はふと一つの疑問が上がった
“盗聴”されてるらしいので、竜也もポケットからスマホを取り出して文字を打ってそれを見せることに

“なあ、美緒は一体何者なんだ? 俺の幼馴染の春川美緒だよな?”
我ながら何を打ってるんだ感が強いそれだっただけに、美緒の反応が気になるところだったが期待通りと言っちゃあれだが、美緒は思わず吹いたような感じになっていた
しかしすぐに真面目な表情に戻ると、竜也の目をしっかりと見つめた

「私は私だよ。引っ越す時に私の事を大好きって言ってくれた、“初恋の人”を守りたくて西陵に転校して来た春川美緒さ」
美緒はそう言うととても照れ臭そうな笑みを浮かべていた