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「ちょっと待ってくれ。話が突拍子もなさ過ぎてわけわからん」
竜也が思わず本音でそう言うと、美緒はふふと小さく笑ったあと。いや、言葉の通りだよ?と逆に不思議そうに見つめてくる

「キミと祐里は私が引っ越すときに手紙をくれたじゃないか。その手紙に、キミが小さく大好きですって書いたのを忘れてしまったのかな」
美緒が今度は悪戯っぽく笑う。コロコロ表情を変える今日の美緒は、何か昔に戻っているような錯覚さえ覚える

「いや、忘れちゃいないけどさ」
竜也はそう言って小さく笑う。そう、確かに書いたし、祐里にあの時照れ臭くて言っただけとは言い切れなかったのが現実
その竜也を見て、美緒は普段通りの涼しい表情に変わると小さく頷いた

「じゃあキミはいつ私と仲良くなったか覚えてるのかな?」
美緒が尋ねると、すぐに竜也はずっと祐里と美緒と一緒だったじゃんと答えたのだが、美緒はそれには首を振って否定する

「実は私はキミのことが最初は大嫌いだったんだよ」
美緒はそう言って遠くを見ている。衝撃の事実を知り地味に落ち込む竜也に気づき、美緒はすぐに昔の話なのに落ち込まないで欲しいなと言って笑いかける

「いや、結構ショックだわ。何か嫌われることしたっけ?」
竜也が訊くと、美緒はまたすぐに首を振った
違うよ。ただ私は祐里しか友達がいなかったからね、キミにその友達を取られそうで嫌だったんだよと自嘲するように話す

「私が近づくなオーラを出してたから、キミは当然気づいて私と祐里が話してる時は近寄ってこなかったんだよ。その時はさ。なのにね」
美緒はそこまで言うと、不意に立ち上がった。そして一人ふふとまた笑うと、急に振り返って竜也の顔をまじまじと見つめた

「キミは私の命の恩人だしね」
言われたが、これまた全く思いもよらないこと。俺何かしたっけ?という感じでまたポカーンとした表情になっている竜也を見て、美緒はまた微笑みを浮かべる

「やっぱりか。覚えてなさそうだと思ったけど、改めてそれを知らされるとショックだよ」
相変わらず口調と表情が一致しない美緒は、やれやれというポーズを取っている
しゃあない。気づいたら周りに祐里と美緒がいたという思い出しかないんですよ

「雨の日にね。私がすべって転んで、車道に飛び出しちゃって。それで車に轢かれそうになったとこをキミが助けてくれたんだよ。“美緒ちゃんあぶない”ってね」
言って美緒は物思いに耽っているが、それは竜也の記憶には全くない話
いや、それ別人じゃねーのという思いすらあったが、美緒が
「私は転んだ時のかすり傷で済んだんだけど、キミは頭と足から血が出ちゃってね。なのにさ、私を見て大丈夫だね、よかったって言ってくれて。もうそれは王子様に見えたものだよ」と口調は冗談ぽいが、その視線は真剣なのを見てそんなことあったっけなーといちおう考えてみる

「あぁ、そういえば美緒と美緒の母さんが一緒にうちに来たことあったっけ。もしかしてそれ?」
微かな記憶にある風景を口に出すと、美緒は微笑んで頷いた

「だね。ろくにお礼も言わないで帰ったものだから、私凄い怒られてね。それからだったな。私がキミのことを意識し始めたのは」

へえ、昔の俺やるじゃんとまるで他人事のように思っている竜也に対し、美緒は再びその正面の椅子に腰を下ろすとふふと笑みを浮かべている

「これでもわりとアピールしてたつもりんだけどね。誰かさんは鈍感すぎて響かなかったみたいだ」
美緒はそう言って、また立ち上がると周囲を物色し始めている。冷蔵庫を開けると、「お、誰かさんの大好きなコーラがたくさんあるよ」と言っておどけつつ、そのペットボトルを1本持って戻って来るとテーブルの上に置いた

「早いね。もうすぐお昼か。竜也、何か食べたいものはある?」
言いつつ、美緒はまた冷蔵庫と睨めっこをしている

そっか、もうそんな時間かと思いつつ、さすがに腹が減ったという感覚がないことにも気づいた
異様な緊張感で喉の渇きこそ覚えるが、それもなぜかコーラをたくさん飲めているので潤せている
そして何気にコーラをまた飲もうとして、竜也はさっきの美緒の発言のもう1つのほうを思い出した

「そいえばさっき、助けに来たって言ってたけど。あれどういうことなん?」
竜也がそう呼びかけると、美緒は「呼んだ?」とわざわざ戻って来る
それでもう1度聞いてみると、「あぁ、それね」と言って美緒はいつもの微笑み

スカートのポケットからスマホを取り出すと、それで何やらのポーズを取って「変身!」と言っておどけているが、やがて笑いながら文章を打ってそれを竜也に見せた

“何のことはないよ。去年の話だけど、偶然西陵高校でプログラムが行われることが分かったんだよ。それで色々調べてたら、そこにキミがいることが分かったからね。後はもう親に頼み込んで私だけ転校して来たってだけ”

地方紙にキミの写真と記事が載ってたよと言われ、ちょっと照れ臭さも覚えた竜也だったがまた別の疑問が上がる

「つか親に言ったってこと? もっとやばくねそれ」
思わず口で返事をしてしまったと思う竜也に気づき、美緒は大丈夫だよと言ってまた微笑んでいる

“そこが鍵なんだよね。脱出出来るには条件があってね、『上級』の人が結婚または婚約をしてる場合には危害を加えてはいけないっていう隠し条文があったんだよ”
そう打ったのを見せ、美緒は苦笑しながら続けた

「自分で言うのも嫌なんだけど、私の家はまあ“上級”だからね」
上級かは知らないけれど、育ちがいいんだろうなとは思っていたのは事実
なんでわざわざ一人暮らししてるのかと思っていたが、こういう“事情”が隠されていたのはさすがに驚きだった

「って、結婚前提て。つか美緒の親怒るだろ、そんなの」
今更ながらに竜也がそう言うと、美緒はすぐに首を振った

「バカだなぁ。私の両親はキミが恩人ってことを知っているんだよ? じゃないと函館に行くことを許すはずがないだろ」
美緒はまたふふと笑っているので、竜也はなぜか頭を下げた。なんかゴメン、という感じ

「ううん、いいんだ。1年一緒にいて、こうなることも大体予想は出来てたからね」
竜也を見つめている美緒の瞳には偽りがないようにしか見えない
まさに澄み切っているそれに見つめられていると、今自分が置かれている状況を忘れそうになって来る。そしてその自分が怖い

「まあ私に任せて欲しいな。まだ策はあるからね」
言って、美緒は再び台所へ向かっている

妙に楽しそうに見えるその後ろ姿に、竜也は思わず余計な一言を投げかける

「美緒。いいお嫁さんなれるな」
それを聞いて美緒は思わず噎せている
肩を震わせて笑いつつ、「今さっき私は振られたばかりなんだけど?」と言ってから満面の笑みを浮かべつつ包丁を持って駆け寄って来た

「ノー。Nice Boat.エンドは勘弁して」
竜也が両手を上げてリックフレアーばりの命乞いをすると、美緒は「酷いよ...」と言って泣き崩れた振りをする
それがあまりにも酷い棒読みだったので思わず竜也が噎せると、美緒も下を向いたままふふと笑っている

そんな中、外から何か放送のようなものが聴こえてきたので2人はそれぞれ耳を傾けた