「そういえば...どうしてキミはこないだの練習試合にスタメンでいなかったの? ついに干されたのかな」
昼ご飯は美緒お手製のクリームスパゲティといったところ
それを食べながら美緒が訊くと、竜也は悲しそうに頷いた
「あぁ。もうお前はノンテンダーだって言われてな。って、何で知ってるんだ」
竜也はちょっと驚きつつ、スパゲティをウメーウメーと言って貪り食っている
キミはマンモスマンかと突っ込みつつ、美緒は「せっかく見に行ったのに。キミが試合出てないからすぐに帰ることにしたんだよね。無駄に日焼けするだけだし」とちょっと責めるような口調で言う
「あの日さ、祐里いなかったじゃん?」
竜也がそう言うと美緒はすぐに頷いている。「なるほど、祐里がいないからキミはやる気がなくておサボりしたのか」とまた責めてくるが、竜也は被りを振ってそれを否定する
待て、俺の話を聞けと言わんばかりに
「つかね、俺あの日途中から試合出ましたよ、はい。スタメンじゃなったのには理由があるんだって」
夏大会後、新チームになっての最初の試合
3連休中ということもあり、祐里は家族旅行で札幌へ行っているので欠席
マネージャーは同じクラスの中嶋由実がいるので、祐里はお願いねと任せて行ったのだったが
試合開始直前になって由実が、「私、スコアとか付けられないんですけど。進藤さん何も教えてくれてないし!」と言い出したのが事の発端
それを聞いて仲村が、「おい」という感じで問いただしている
何で昨日のうちに言わなかったと珍しくお怒りの様子だったが、1年のマネージャーは休んでいいぞと言ってしまっているので後の祭り
部員たちも呆れた様子で由実を見ている
祐里が親身になって教えていたのは誰もが周知の事実(実際1年のマネージャーはつけることができる)だし、無責任なことをしないのも知っているだけに何言ってるのこいつ状態
空気が非常に悪くなっているのを感じ、竜也が挙手して「監督、俺やりますよ。万田ちゃんセカンドで、西村ライトにすれば大丈夫じゃないですか」と申し出る
仲村はそれで苦笑するが、やがて「いや、何でお前なんだ。出来るやつ他にいないのか」と他の部員たちを見渡す
「俺以外に出来るとしたら、草薙と岡田だけだと思います。その3人の中なら、俺が一番適任じゃないかと思いました」
竜也はそう言って、京介と岡田のほうを見てちらっと笑う
「へえ、なんで君が適任なんだい。僕でもいいってことじゃないのか」
京介が笑いながら聞くと、竜也はすぐに頷いてから答える
「夏大会。3人の中で一番打てなかったの俺だからさ。.091だぞ。ノーテンダーもんでしょ」
勝手に悩みこんで絶不調だった夏大会を持ち出し、決定事項にもっていく竜也に対して京介はそうだったね。じゃあしっかりスコアをつけてくれと言ってから、仲村に何かを耳打ちしていた
「杉浦。何で僕をセカンドに指名しなかったんだい?」
安理が後ろから恨みがましく声をかけると、竜也は笑って頷く
「危機管理だよ。複数ポジ守れたほうが色々捗るじゃん。玉子はもうセカンド普通にこなせるんだしさ、万田ちゃんも練習では巧いけど実戦でやったのほとんどないからさ。今日がチャンスじゃん」と珍しく正論で押し通したので、安理は不満ありありな感じで渋々と引き下がって行った
やれやれという感じでそれを見送っていると、また別の誰かが竜也の右肩をポンと叩く
振り返るとそこには、練習熱心さが伝わる真っ黒に日焼けした万田怜央の姿がある
「杉浦、余裕だな。セカンドと進藤は俺が貰うからな」
そう言ってニヤリと笑うと、意味深にサムズアップポーズをしてくるので、竜也も同じポーズで返したが余計な一言もサービスすることを忘れない
「つか、日サロ行き過ぎだろお前」
それが無駄にベンチに響き渡り、各地で吹いたり噎せたりする声
ついさっきまで険悪だったムードが、無事いつもの西陵の雰囲気に変わっていた
試合自体は、格下相手ということもありいつもの一方的なペース
3回で10-0とほぼ試合は終わってる状態
4回表の攻撃に入る前、京介がスコアをつけている竜也の元へ寄って来ると「5回から僕がスコアつけるから。監督にはもう言ってあるからね」と告げてネクストへ向かっていく
ったく、気を利かせすぎだぜ。Cabron.と思ったが、そこで一つ閃いた竜也は仲村に「監督、5回からブルペン入っていいですか? それで7回の最終回投げさせて欲しいんですけど」と予想外の提案
とはいえたまに練習で投げたそうな素振りをアピールしていたうえに、試合開始前に“危機管理”と言って複数守れたほうがいいでしょとフラグを立てていたこともあり、仲村から「わかった。行け」とゴーサインが出た
そして5回から竜也はスタメンだった近藤を引き連れてのブルペン入り
試合は6回から登板した樋口が大炎上で18−7という展開になり、7回を待たずにお呼びがかかる
交代を告げられ、1死満塁という“初登板”にとても相応しくない場面でお披露目となったので竜也はマウンドに上がって思わず苦笑い
ベンチでは仲村が近藤に対し、「どうだった?」と竜也の内容を聞いているが、近藤は首を傾げるだけ
「速くもないし、これといった感じもないですね」
なかなかの酷評を受け、仲村も苦笑している。おいおい、大丈夫なのかと
そしてマウンドには途中交代で入った主戦捕手の千原が確認にやって来ている
「球種は何がある?」
そう聞かれ、竜也はニヤリと笑った
「スライダーだけ」
即答され、千原も思わず苦笑。オーケイ、じゃあサイン2つだけでいいなと言って戻ろうとする千原を竜也は呼び止める
「スライダーだけだけどな....」
竜也の謎かけを聞いて、千原は高笑い。面白い、やってみろ。何でも受け止めてやるわと言って定位置へ戻って行った
「相手もビビっただろうな」
竜也は思い出し笑いをしているので、美緒はそれを見ていつものふふという笑み
初登板の投手がスライダーだけで何種類も使ってくるのだから、そりゃ相手も面食らう
普通のスライダー、高速スライダー、縦変化のスライダーにカット気味のスライダー。挙句真っすぐもまっすらで投げてくるとんでもない初心者
速くもないし、コントロールも微妙なくせに決め球のインスラはえげつないというのだからタチが悪い
7回はエースの久友に託したので、竜也の初登板は打者2人から連続三振という結果が残った
「悔しいね。祐里も見てないキミの初登板を見れるチャンスだったのに」
心底悔しそうにそう呟く美緒を見て、あぁもう投手どころか野球をする姿を見せることもできないかもなと竜也は感じていた
「まあ俺が何を言いたいかって言うと、中嶋は信用ならないってこと」
竜也がそうどこぞの小崎の決め台詞を真似て言ったので、美緒はまたふふふと笑みを浮かべていた