「そういえば」
昼食後。美緒がそう言い出したので、竜也はそちらのほうを向く
珍しく美緒はテヘペロな雰囲気を醸し出していて、どういう風の吹きまわしなのかとちょっと疑問符が浮かんでいる
「禁止エリアの発動が3時だったよね。2時くらいには出発するかい?」
え、それをいうのに何でテヘペロ?と思いつつも竜也は頷いた。早め早め行動がいいと思います
「まあ、それは置いておいて。竜也は祐里と光ちゃんと合流したいんだよね?」
改めてどうしたんだ?と感じたが、とりあえず竜也がまた頷くと美緒はまたテヘペロなポーズを取っておどけている
「ゴメン。光ちゃんはきっと私のこと疑ってるから合流は無理かも知れない」
言って、美緒はごめんという感じで両手を合わせているが、竜也は教室でのことならもう解決済みだろと言うと美緒はすぐに首を振った
「実はさ、さっき廃墟で光ちゃんと目が合ったのに思い切り逃げちゃってるんだよね」
おい、何で逃げたんだと竜也が問い詰めかけると、美緒はだからゴメンと言ってから続ける
「だってだよ? 私は竜也と2人で退場するつもりだったんだからね」
今度は責めるような視線で見つめてくるので、逆に竜也が謝る羽目になる
確かにこれは厄介かもしれないなと竜也は内心感じている
祐里なら誠心誠意謝れば許してくれると思うのだが、光だとそうもいかないだろう
“どうして逃げたの?”となるのが目に見えている
『よく見えなかった』という言い訳は通用しないだろうしね。美緒が視力いいのは光も知っているわけだから
「で、どうしよ。光ちゃんは諦めて祐里だけ探す?」
美緒がそう提案するが、竜也はまたすぐに首を振った
それは出来ない相談だなと言ってニヤリと笑うと、美緒は知ってるよと言って同じように笑みを見せる
「けどさ、実際難しいよね。そもそもどこにいるか全然見当もつかないし」
美緒の言うことは尤もだった。そんなに広くない島とはいえ、そんなそんな偶然出会える可能性などあるのだろうか
それどころか、誰か別の“やる気”になっているクラスメイトと遭遇して無事あしらうことが出来るのだろうか
あーだめだ。考えれば考えるほど胃が痛くなってくる気がする。ホントどうしようもないくらいチキンで正直スマンカッタ(佐々木健介ism)
まだそばに心を許せる美緒がいるからこれで済んでいるわけであって、もし一人で今の状況に置かれてたとしたら...
あ、怖い怖い。耳たぶが痛ぇーよ(内藤哲也ism)
「ふふ、また一人考え込んでいるね。いいんだよ、一人で抱え込まなくてさ」
美緒がそう言って微笑みかけてくれるので。ちょっと気を紛らわすことが出来た竜也だったが
何か胸騒ぎというか、嫌な予感がして一瞬身震いしてしまう
ん?と何かを感じたのか、閉まっていたカーテンからこっそり様子を伺うと、外に人の気配を感じる
「...美緒、誰か来る。逃げる準備だ」
竜也が呼び掛けると、美緒は黙って頷いて既にリュックを2つ持って準備万端
その一つを竜也が受け取ると、美緒は「どうする。玄関と裏口、どっちから逃げたほうがよさそう?」と訊いてくる
「ん−、裏口に回るか」
そう言いかけた竜也だったが、美緒がしっという感じで自分の口に右手の人差し指を当てた
「まずいね。別の方からも人の気配がするよ。挟み撃ちなわけじゃないだろうけど」
美緒が小声でそう囁くと同時、確かに足音が2つ近づいてきているのを感じる
しくったか。ちょっと雑談しすぎたか...?
竜也がそう感じていると、美緒は拳銃を片手に持ち竜也に背後に回るように指図している
「大丈夫。私が守ってあげるから。竜也は何も心配しなくていいよ」
いや、それ俺が言いたいセリフだよとかどうでもいいことを思いつつ、言われるがまま美緒の後ろに回った
そういえば俺はまだ武器の確認すらしてなかったと思い、リュックを開けてみるとそこには...
“毒霧の素”
なるものが入っていた。どーすんだよこれ
とはいえ、ないよりはマシかも知れないということでいちおうポケットに忍ばせておくことにする
目くらましくらいには使えるんじゃないの。知らんけど
閑話休題
どうやら人の気配は2つで間違いない感じ。どちらもこの家を目指して進んできているのか、一直線で向かって来ている気配がする
美緒が時間稼ぎにはなるよねと言って玄関に鍵とチェーンをかけて、再び様子を伺う
裏口からすぐに逃げ出すことも考えたのだが、もしかしたらその”2人”の仲間が裏口方面に狙いを定めてきた場合を想定して待機をしていた
「結果的に言えば、さっさと逃げるのが正解だったね」
美緒がそう言ったが、それはあくまでも結果論。竜也は小さく笑みを浮かべてそれに首を振った
「いや、俺も待つのが正解だと思ったから。自分を責める必要はないからな」
そして外に見えて来た2つの影は木村樺雄と豊川秋生だと分かった瞬間、美緒がよし、出ようと言ったので竜也がドアのノブを回すが、妙に手ごたえがない
え?という顔をする竜也を見て、どうしたのと美緒が聞こうとした瞬間の出来事だった
ドアが力強く開かれ、その目の前には巨体の男の姿
双尾光司がつぶらな瞳で竜也と美緒を見下ろしている
終わった...竜也が内心で思わず辞世の句を詠みかけていると、双尾は「おい、ちゃんこをくれ。あと飲み物もな」と意味不明なことを口走っている
思わず聞き返しそうになった竜也だったが、美緒が機転を利かせてにっこりと微笑むを浮かべて家の中を指差す
「ちゃんこはないけれども、スープスパゲティならまだ残ってるよ。あと冷蔵庫にたくさんジュースも入ってるからゆっくりして行けばいいよ」
相手が巨体で、威圧感抜群にもかかわらず涼しい対応をしている美緒に竜也は感心しつつ、感謝していた
俺一人なら縊り殺されてるのがオチだわ。パニックで何も話せませんよ
ちょっと落ち着いた竜也がリュックからコーラを取り出して渡そうとすると、美緒が目でそれを制した
双尾はその動きに気づかなかったようで、「ごっつあんです」と言って家に勇んで入って行った
「竜也、今だよ」
そう合図を送って走り出す美緒の姿はあまりに凛々しかった
華麗なフォームで駆ける美緒を追いかけつつ、思わず「まぁ今ここで起きたことがすべてであって、今このプログラムで一番刺激があって、魅力のあるトランキーロの世界。俺は美緒に付いていくことにした。以上」と口走ってしまうそれ
「ふふ、なんだよそれ」
思わず頬が緩む美緒だったが、早くここを離れようと言って駆け足は緩めることはなかった
家の中で双尾がスパゲティを貪り食っている一方、外では秋生による大虐殺ショーが開始されていた
“へいじゅー どめぎばぁ”
楽しそうに歌いつつ、185センチを超える巨体から繰り出す秋生のギターでの乱打“ギター・ジ・エンド”によって、西陵の人気者『ムーミン』こと木村樺雄はただの肉片となり、カバのような風貌は見る形もないものと化していた
「おい、この貧乳野郎。男とイチャイチャしやがって。このまな板!」
スパゲティを堪能し終わった双尾は消えて言った美緒に向けてそう叫ぶと、外の秋生に手を振ってからその家を後にした