「光、もう疲れちゃったよ」
祐里が悲鳴を上げているので、光はようやくその走るスピードを緩めることに
小崎健太の襲撃を受け、慌てて家から飛び出した祐里と光は意外に険しい道に苦戦しつつ前へ進んでいた
予定外の“旅路”となったが、光はしっかりと次の潜伏場所を思案していた
開けた住宅地だと想定外のエンカウントする可能性が高いが、悪路に挟まれた集落なら...
光はそう考え、あえて厳しい道が続くほうを選択した
ただ思った以上に道が悪く、そこを必死に走っていただけに疲労は甚だしい
まして運動神経もなく、体力のなさに定評がある祐里と光だけに人並み以上に体力を消耗している状態
「あはは、こんなんで疲れた言ってたら竜や美緒に笑われるね」
祐里が自嘲気味にそう言うと、光も苦笑しつつ頷いている。そうね、その通りだわと続けている
「変なこと言うみたいだけど、竜ちゃんと合流出来てなくてよかったわ」
光がそう言ったので祐里は不審な眼差し
その視線に気づいて光はゴメン、ゴメンという感じで右手を振ってみせる
そういう意味じゃないのよ、と前置きしつつ「さっきの小崎くんの襲撃ね。竜ちゃんいたら、素直に逃げずにやり合っていたかも知れないじゃない。なにせ手持ちに銃があるわけだしね」
確かに銃はある。そして襲撃とはいえ、窓ガラスを割られただけなのだからそこで応戦するのも別に間違いではないように思えるが...?
それを祐里が口に出して言うと、光はすぐに被りを振った
「無理だよ。銃があるからって、それをいきなり初心者が撃てるわけないじゃない? きっと大怪我するのがオチよ」
光が言うことは尤もだったのでなるほど、と祐里は感心した様子
きっといいとこ見せようと張り切って、大怪我している姿が目に浮かんでゾッとする
大丈夫かな、あいつ...?
「美緒ちゃんと一緒なら大丈夫だよ。ちゃんと制御すると思うからね。けど祐里と一緒なら、きっと竜ちゃん無茶しちゃうんだろうな」
光がそう笑いかけると、祐里はキョトンとした様子でそれってどういうこと?と問うが、光は笑ったまま答えようとはしなかった
「話変わるけどさ」
移動を再開しつつ、祐里がそう話しかけたので光は耳を傾ける
「酷い話なんだけど聞いてくれる? 中嶋いるじゃん」
祐里が珍しくお怒りモードな感じで話し始めたので、光は頷きながら聞いてると祐里が続けている
「あいつさ、こないだ私が旅行の時ベンチ入りしたんだけど酷いんだよ。スコアつけられないのは私が教えてないからだとか言ったらしくて」
祐里が呆れた感じで首を振っているので、光が竜ちゃんから聞いたの?と訊くとそれにも首を振って否定した
「万田が教えてくれたんだよね。竜と草薙でスコアつけてたよ、ってね。確かに竜の字に似てるなーって思ったけど、まさかと思ってたらさ」
ったく、何なのよねと祐里はかなり不満そうな様子だったので光は苦笑するしかできなかった
とはいえ、今この状況でそういう話をする信教の余裕があるのはいいことかも知れない、とも光は感じている
「あいつ無駄に私に髪型まで寄せてるしさ。そんなにベンチ入りマネージャーに憧れてたのかな」
いや、髪型は関係ないと思うよと光は内心苦笑したが、ベンチに入れるマネージャーは1人だけ
ある意味選手のベンチ入りよりハードルは高いのだから、狙うのはまあ当然だと思うけれども
「でもそれなら、まずスコアくらいつけれるようにならないとダメよね」
光がダメ出ししたので、祐里はまたあははと笑った
「じゃあ私も一つ話していいかな」
光がそう言ったので、今度は祐里が耳を傾けることに。いいよ、と促されたので光が話し始める
「何かわからないんだけどね、私のことを凄い嫌ってる人がクラスにいるみたいで」
光がそう言うと、祐里は嘘でしょ?と思わず呟くが光は悲しそうに首を振る
「いじめとかじゃなくてね。それは入学次の日にやられたけど、あれはそれっきりだったから」
そう前置きしつつ、光は思わず遠くを見ている
「誰かはわからないんだけどね。恨み買うようなことした覚えないんだけどな」
悲しそうに呟く光を見て、祐里は気にしないことだよと励ましている
その内心、それは恨みじゃなく“嫉妬”じゃないかと確信していた
頭がいいだけじゃなく、顔もスタイルもいい上に性格も育ちの良さがにじみ出ている
そして家がお金持ちと来たら、それは羨望になるか、嫉妬になるかのどちらかになる
幸い祐里はすぐに仲良くなったのでそういう気持ちを覚えたことはなかったが、もし“赤の他人”だったら羨望するだけの存在だったかも知れないなと感じている
どう考えても“住む世界”が違う
もちろん光自身はそんなのはおくびにも出さないが
「けどさ、光なら見当ついてるんじゃないの? 頭いいんだしさ」
祐里がそう言ったのを聞いて光はちらっと笑っている
肯定も否定もせず笑っている光を見て、祐里はそういえばと思い出したように小さく手を叩く
「そういえば、私も光も隠し撮りされてるの知ってる? 竜も気づいて探してくれたけどわからなかったって言ってたのよね」
呆れた口調で祐里がそう嘆いているが、さすがにそれは思い当たる節がない
しかし何となく、違う景色が頭に過ったのでそれを思わず口に出す
「関係あるかわからないけど、いつも写真を元に絵を描いてる人はいたよね。描いてるっていうか、トレースしてるだけだった気もするけど」
光がそう言ったのを聞いて祐里はすぐに頷いた
後藤宏充のことだろう。見るからにヲタの風貌で、毎日のようにタブレットで休み時間に何やらやっていた生徒がいた
興味は全くなかったのだが、席が光の前なので嫌でも目に付くやつ
祐里も光と話すために傍へやって来ることが多かったので、当然のようにそれを承知している
「後藤かー。確かに写真取り込んでるのは見たことあるけどさ、まさかね」
祐里は思わずそう呟くが、一旦疑惑が持ち上がるとそれは気になって仕方なくなるもの
しかし、今更の話になってしまっているのが実情だった
「ま、いっか。今は竜探さないとね。そしてそれから脱出方法考えよ」
祐里の前向きな様子に光は内心感心している
この子の表情を曇らせないためにも、早く竜也と合流したいところだったが...
「竜さ、どこにいるのよ。そんなに美緒と一緒が楽しいの?」
祐里が茶化しながらそう呟いているので、光はふふと笑いかけたが
「祐里、ちょっと」
光は急に表情を変えて祐里を手招きする。なーにと寄って来た祐里に対して、「誰かがつけて来てる。もう1回走れる?」と囁く
祐里は慌てた感じで周囲を美緒渡してみるが、特に人影を感じなかった
とはいえ光の表情は真剣そのものなので、「わかった。きついけど頑張るよ」と気丈に言って頷いた
直後、祐里と光は急に速度を上げて一気に走り出す
二人の様子を物陰から見ていた成瀬瑠那だったが、襲撃する暇もなく一気に逃げ去られたので苦虫を潰したような表情を浮かべている
しかしすぐに表情を切り替えると、「なんとかなるなる」と自分に言い聞かせて次の獲物が現れるのを待つことにした