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竜也と美緒は一気に駆けて来て、険しい悪路が続く道へたどり着いた
さすがにちょっと疲れた2人は、山道へ差し掛かる前に一息ついている

互いにそれぞれリュックから飲み物を取り出すと、それをわざわざお互いに手渡し合う
竜也から美緒にはポカリ、そして美緒から竜也にはアクエリアスなのだが

「って、乳酸菌ウォーターってなんや。初めて見たぞ」
竜也が思わず言うと、美緒はふふふといつもの笑み

「疲れた時には乳酸菌だよ。まあキミはお腹弱いから危ないかもだけどね」
そう言いつつ美緒はポカリを一口飲んで息を大きくついている
表情には一切出さないが、さすがに疲れが出てきてるのは明白で配慮してあげないとなと竜也は内心頷いている

「どうしたの? 飲まないのかい?」
竜也に美緒がそう促すと、竜也は被りを振って同じように一口飲んでいる。うん、想像した通りの味だと言って空を見上げている

“空が青空である限り”
思わず竜也がそう口ずさむが、あいにくの曇り空
まあ炎天下の下走るよりはまだマシかと考えつつ、雨は勘弁してほしいなとも思っていた

「ふふ、竜也なら絶対こっちの道を選ぶと思ってたよ」
ポカリをいつの間にかリュックに仕舞った美緒がそう呟くと、竜也は無言のまま右手でサムズアップポーズ
開かれた住宅街はエンカウントの可能性が高いだろうから、あえての悪路をチョイス
普段から人混みが嫌いと公言している竜也だけに、美緒はきっとこっちを選ぶと予想していたに違いない

「しょうゆうこと。誰かに遭遇するのが今一番怖いからな」
竜也は真顔でそう返すと、こちらも同じようにアクエリアスをまた一口飲んでからリュックに戻す

「けどいいの? こんな僻地に来たら祐里や光ちゃんに会える確率下がりそうだけど」
美緒にそう指摘されるが、竜也は顔の前で右人差し指を何度か振ってみせる

「あくまで俺の勘だけど。いろいろ彷徨うよりは、僻地で潜むのが正解だと思ったんだよ。祐里と光も体力ないしさ、動くよりどっかに絶対潜んで体力温存しようとするはずだから」
言って、体力ない人がわざわざこんな場所を選ぶのかと一瞬疑問に思った竜也だったが、その時はその時と割り切ることに
ホント、美緒がいてくれてよかった。いなかったら闇雲に歩き回るだけで疲労困憊だったろうし

「そういえば前から気になってたんだけど」
美緒の不意な呼びかけに、竜也はん?という感じで振り返る
その顔にはいつのまにかサングラスがセットされており、拳銃を構えて“タカッ”とおどけている
また場と状況に似つかわしくない行為に美緒は思わず噎せそうになっていたが無事続けた
「キミはなんで“星屑の天才”と呼ばれてるの? 百歩譲って天才はまあいいとして、星屑はどこから来たの」

サングラス姿がツボったのか美緒は噎せそうになりながら笑いを堪えているが、竜也はあえてサングラス外さないまま、美緒の疑問に答えている

「ほら、うちの部の応援にさブラバン入るじゃん?」
竜也が逆に問い掛けると美緒がそうだねと頷いたので、竜也がまた続ける

「それでな、応援歌のリクエストがあってさ。他の部員は当然リクエストなんてしてなくて。俺だけだったんだけどさ」
言って、竜也はようやくサングラスを外す。はい、となぜかそれを美緒に手渡すと再び続けた

「“STARDUST”って曲リクエストしてさ。難しい曲だし、野球の応援歌ですらないんだけど顧問の先生がめちゃウケてさ。わかった、みんなに演奏させるから期待に応えろよって言ってくれたんだよな」
竜也が言っているのを聞いて、美緒はある光景が頭に過っている
応援団が試合前に応援の“レクチャー”をするのだが、竜也の時だけなぜか曲の歌詞から応援方法まで念入りだった記憶がある

「なるほどね。それで“星屑の天才”か。上手いこと言ったもんだね」
美緒が感心したように頷いている。その手にはサングラスがまだ握られていて、竜也につけろと促されるがそれを拒否していた

「美緒なんてサングラス似合いそうなのに。何で付けないんだよ」
言って、竜也は再び美緒からサングラスを受け取るとそれをリュックにしまい込んだ
美緒がそもそもどこから持って来たんだよと突っ込むが、それには返事をせずにスルーしている

さて、そろそろ行くかという感じで竜也が促すと美緒はその右腕を掴んで制止した
ん?という感じで振り向くと、美緒が「竜也。そっちに行くのはやめとこう。どうやら招かれざる客がいるみたいだ」といつになく真剣な眼差しを送って来る

それで竜也が周囲に目を光らせるが、特にそんな気配を感じない
マジ?と思わず竜也が呟くと、美緒はすぐにうんと頷く。そして「正面だけじゃないね。後ろからも誰かが近づいて来てる。早くここを離れよう」と続けたので、竜也はそれに従うことに

「大丈夫。こっちの路地を進めばまたさっきとは違うけど、ちょっと潜めそうな場所には出れるから」
へえ、そこまで地図見てなかったわ。そもそも見方すらよくわからないんだけど、と竜也は感心しつつ美緒が指図した道へ歩を向ける

「前方にいたのは女子だったね。物陰で動いているのがはっきり見えたから」
歩きつつ、美緒がそう言って竜也のほうを見てちらっと笑う。ん?と竜也が見直すと美緒はふふふといつもの笑み

「竜也はサングラスかけてたから見えなかったんだよ。ホント無駄なことばかりするんだから」
ちょっと責めるような口調の美緒に対して、竜也は“No me importa”といつもの返事

「向こうは女子だね。こっちは2人だからそのまま進んでも大丈夫だったかも知れないけれど」
竜也のスペイン語を無視して美緒がそう続けると、竜也はどうだろうなと首を捻っていた

「まあ美緒の直感を信じるよ。何か罠とかあっても嫌だしな」
竜也がそう呟くと、美緒は小さく笑ってそれはなさそうだけどと呟いている

「見えたの、きっと成瀬だよ。私、彼女あんま得意じゃないからさ」
あまり他人のことを悪く言わない美緒にしては珍しい反応だなと思いつつ、あんまり突っ込まないほうがいいのかなとも感じた
俺と違って人の悪口言うタイプじゃないからね。これマジ(高橋裕二郎ism)

「成瀬はさ、光ちゃんのこと絶対嫌ってると思うんだ」
美緒が呟いたのを聞いて、竜也は思わず苦笑する
光は人に嫌われたり、恨まれたりするイメージが皆無な温和な子。もしあるとすれば...

「やっかみか?」
竜也が言ったのを聞いて美緒はすぐに頷いたが、何で私まで嫌われるんだろと寂しそうな表情
それで竜也は美緒と光の共通点をすぐに考え、“妬み”以外の何物でもないなと直感する

育ちがいい子を嫌うとか、もうわかりやすさ半端ないやつだな
竜也が苦笑すると同時、カシャッというシャッター音のようなものが聴こえた気がした

美緒もそれに気づいたようで、「竜也、今のは?」と驚いた表情を浮かべている
周囲を見渡しても人影は見当たらなかったが、予断ならない状況には違いなかった

「しゃあない。また走りますか」
竜也がそう促すと、美緒は静かに頷いた
何かずっと走ってばかりいるなと思い、竜也はちらっと笑った
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