「美緒ラッシュ、僕はもう疲れたよ」
竜也はそう言って、テーブルに突っ伏している
無事1軒の家に潜り込むことが出来た竜也と美緒だったが、涼しい顔をしたままの美緒に対して竜也はだいぶお疲れの様子
何で今茶道部の美緒のほうが疲れてないんだよと思わず呟くと、「私は鍛えてるからね」と美緒は力拳を作ってみせる
ホント華奢なのにどこにそんな体力あるんだよと呆れつつ、竜也はリュックからアクエリアスを出して体力回復を図っている
「ったく、これくらいでへばるような人が野球部の主軸でいいのかな?」
言って、美緒はふふとまた笑みを浮かべているが、それに突っ込む体力はまだ回復しきれていない
あー疲れたと言って、竜也は思わずいつもの癖でスマホを取り出したが、「そいや使えないんだったわ」と言ってすぐにそれをポケットに仕舞う
それを見ていた美緒が、どうしたの?と訊くと、竜也は苦笑して「にゃ、ログインしてないゲームあったなーって思ってスマホ取り出しちゃっんよ」と返した
それで美緒がまたふふと笑う
「ゲームなら起動できるかもよ。学校からキミが出てくる前に試したら動いたアプリがあったよ」
そう言いつつ、美緒はあっという表情を浮かべて一人頷いている
竜也はそれに気づいたがポカーンとしていたが、美緒は手招きして耳打ちする
「ゲーム起動できるってことは...わかるよね?」
そう小声で囁かれたが、竜也はまだ頭が働いていないのかえ?という感じで首を傾げている
それで美緒は苦笑した感じでふふと笑ったが、やがて自分のスマホを取り出すと『ゲームのメッセージ機能。キミは祐里と同じゲームやってたじゃない』と打ってみせる
あぁ、なるほどと竜也は頷いたが、すぐに『無理だろ。俺が打っても向こうが気づくとは限らないし』と怪訝な様子を崩さない
しかしゲームを起動することには興味があったようで、竜也は何かのゲームを起動している
「って、それはキミと玉子が一緒にやってるゲームじゃないか。33000円のコードを買うつもりなの?」
横からスマホを眺めていた美緒は思わず苦笑しているが、竜也は澄ました顔でいや、ログインだけだからと言ってまた別のゲームを起動
「キミは一体何個ソシャゲをやってるんだ。玉子や万田くんみたいに破産するよ?」
美緒はちょっとジト目で見ているが、竜也は気にもかけず次から次へと別のゲームを起動している
「って、美緒。ちょっとこれ見てくれ」
竜也はちょっと驚いた様子でスマホを指差すと、美緒はなんでキミのゲームを見なきゃいけないんだと軽口を叩いているが、その画面を見た瞬間にニッコリと微笑みを浮かべる
「ふふ、先を越されたね」
美緒の言葉を聞いて竜也は頷いている
“私と光は険しい道の先にある集落にいるから”
それを見て、“あの時真っすぐ進んでいれば”という思いが頭に過ったが、もう後の祭り
いやぁ、持ってないな俺と自嘲しつつ、「そいや美緒も光と同じアプリやってなかったっけ?」と訊いてみる
「やってるけどね。けどさすがに何もないと思うけどな」
言って美緒はスマホを再び手にするとそのアプリを起動しているが、すぐに噎せたように苦笑している
どうした?と竜也に聞かれ、美緒は苦笑したままその画面を見せてくる
ほ?という感じで竜也がそれに視線を向け、見た瞬間思わず噴いてしまっている
“美緒ちゃん、さっきのことについて話があるから。今度は逃げないでね”
「竜也、私行くの怖いんだけど」
わざとらしく怯えた様子の美緒を見て竜也は指差して笑うパフォーマンスをしてみせるが、すぐに表情を切り替える
「すぐに行ったほういいだろうな。暗くなる前にさっさと合流するか」
さっきまで疲れ果てた様子だったのが嘘のように、今すぐにでも行こうとする竜也を見て美緒はちょっと待ってという感じで手を振って制止している
「竜也、Tranquilo.だって。もう少し休ませて」
言って、美緒はふぅと大きく息を吐いている
疲れてない振りをしていたのに気付いてなかったんだねと言って、美緒はふふと笑っている
「光に会いたくないだけじゃないのか?」
竜也が突っ込むと美緒はすぐに首を振った。んなことはないよ。ホントに疲れてるんだと言って、どこからか取り出した水を痛飲している
そして、急に思いついたようにポン、と一つ手を叩くと竜也の顔をまじまじと見る
何だよと竜也が苦笑すると、美緒はふふとまた笑ってから話している
「光ちゃんを“光”と呼ぶほど、キミと光ちゃんは仲がいいとは正直思えないんだけど。いや、そういう意味じゃなくてね。何か理由があるのかなと今更疑問に思っただけなんだけど」
あまりにもご尤もな質問だったので、ですよねーという感じで竜也は思わず何度も頷いている
ぶっちゃけ“友達の友達”でしかないと言っても過言ではないのに、なぜ名前呼び捨てを許されているのか
「話すも涙、語るも涙の理由があるんだよ」
わざとらしく大仰にそう言った後、竜也は小さく笑った
「祐里はずっと祐里って呼んでて。んで美緒も最初名字で呼ぼうとしたら睨まれたから、すぐ美緒って呼ぶようにしたじゃん?」
それを聞いて美緒は笑みを浮かべたまま頷く。去年の文化祭の後夜祭で、「で、春川は」って話しかけた直後に凄まじい眼力で睨まれたことがトラウマになっている
“私は美緒だよ?”
そのあと笑顔を見せたが、目が笑ってなかったのは今でも印象深い。言ったら殺されるから胸の奥底に仕舞っておいているけどね
「そしたら光もぶんむくれちゃって。“どうして2人は名前呼びなのに、私は名字で呼ぶのかしら。このままだと『杉浦くん』とは絶縁しないといけないわね”って脅されてな」
言って、竜也はやれやれというポーズ
ふふ、キミも苦労するねと他人事のように美緒は竜也の右肩をポンと叩いていた
数刻の後、美緒が「よし、じゃあ行こうか」と言った矢先の出来事だった
外から謎のギターの音が響いて来たと思った瞬間
“へいじゅー、どめぎばぁ”という奇怪な歌声と共に家中の窓ガラスが派手にぶち破られ始めた
「なんだよこれ。怪奇現象か?」
思わず竜也がそう叫ぶが、窓ガラスはひたすら割られ続けている
そんな中美緒は冷静に荷物を纏めると、周囲の様子を伺っている
そして一瞬静寂が訪れた瞬間、美緒が「こっちだよ」と竜也の手を引いてを促したのは一番初めに割られたベランダだった
マジかよと竜也が思ったが、言われるがまま引かれるがまま進む
外へ飛び出すと、そこには誰もいない。一気に駆け抜け、ふと後ろを振り返ると...
豊川秋生が楽しそうに歌いながら家を破壊しているのが目に映った
明らかに尋常じゃない様子に竜也は動揺を隠せなかったが、美緒が「竜也、見てる暇ないよ。早く逃げないと」と前方から促したので慌ててそれについて行った
「なんなんだあれは...」
呆れたように竜也が呟くと、美緒は静かに首を振った
「もう彼女は言葉が通じる相手じゃなくなってるね。出来ればもう関わりたくないかな」
そう呟くと、美緒は大きく息を吐いた