「そういえば、さっきのは驚いたね。中丸くんいいとこあるね」
光が思い出したようにそう言うと、祐里はあははと笑っている
不良とまでは行かないが、結構怖いイメージがあっただけに光は自分たちを助けてくれるとは思ってもいなかったのだが
「実はね、ノブさんに助けてもらうのこれで2回目」
祐里がそう言って笑うと、光は意外そうな顔をしている
何かあったの?と聞かれ、祐里はちょっと苦笑したが続ける
「1年時の話だけどね。東田がすごいしつこくてさ、壁ドンじゃないけどかなり追い詰められて。うわ、やばいと思ったら、いつの間にか教室の隅にノブさんいてね。“しつこい男は嫌われるよ”ってボソッと言ってくれて」
それで東田は慌てて逃げて行ったんだよと言って、また祐里はあははと笑っている
東田昌大。あの豊川よりでかい190以上ある長身でイケメンなのだが、まあ女癖が悪いので有名
クラスの女子全員どころか、校内の可愛いどころほとんどに声をかけているとかいないとか
その東田の名前を聞いて、光は思わず噎せるように咳き込んでいる
それで祐里は慌てた感じで、どうかした?と聞くと光は苦笑して首を振った
「ついこないだの話。私も東田に口説かれたこと思い出しちゃって」
苦笑しながら咳が止まらなくなっている光を見て祐里は大丈夫?と背中をさすろうするがそれは光が制した
「放課後にね。図書委員の仕事あるから図書室行こうとしたら、急に東田が寄って来てね。“今週末空いてる?”って。無視して立ち去ろうとしたらしつこくついて来て、それで断ってもまだ諦めてくれなくてね。どうしよと思ったら、竜ちゃんが“図書委員会今日だったっけ。じゃあ一緒に行くか”って完全に東田を無視する感じで声かけてくれて」
あぁ、それでようやく助かったと思ったら、まだしつこかったんだけど竜ちゃんが、“今週末コメダでいいよな?”って察してくれて、それで渋々東田はいなくなったんだよと聞いて、祐里はやれやれとお手上げのポーズ
「なるほどね。それで竜と二人で出かけたのかー」
祐里が納得したように頷いているので、光はそうそうと笑っている
それで祐里は、何かを思い出したかのように一人頷いている
「そいえばね。東田追い払ってくれた後、ノブさんがすれ違いざまに言った言葉今でも覚えてるんだ」
意味深に笑う祐里を見て、光はTranquilo.じゃいられなくなっている。思わず、なんて?と聞いてしまう
「“好きなんだろ。“って。竜の席のほうを見てそう言って行ったさ」
あれってどう意味なんだろねと祐里はまた笑っていたが、それはそのままの意味でしょと光は内心突っ込んでいる
「あはは。笑いすぎてちょっと疲れて来ちゃったよ」
祐里がそう言ったのを聞いて、光は少しなら寝てもいいわよと告げた
さすがに熟睡は困るけどねと言って笑うと、祐里は笑顔のまま手を振った
「私は竜と違っていびきうるさくないから。けど、ちょっと横になってきていい?」
どうやら本気でお疲れのようで、祐里はそう言って別室へ向かっていった
光は居間に一人取り残されたが、さてどうしようかなと思案を巡らせている
カーテンなどは全てかけてあるし、鍵も万全。竜也と美緒が来た場合はまどかドアをノックしてくれるだろうから、それ以外は襲撃さえ来なければ大丈夫のはず
光には一つ気になっていることがあった
『スマホ』などは使えないと言っていたのに、なぜゲームは普通に繋がったのか
Webの閲覧などは全然出来なかったのに、ゲームは普通に動いた
そこから当たって行けば、何か“手掛かり”が見つかるかも知れない
幸い、この家にはPCが鎮座していた
祐里が休憩を取りに行ったのとは別の、2階の一室に光は向かうことにした
さて、政府だろうと国家だろうとかかってきなさいって感じかな
光は小さく微笑むと、そのPCを起動した
祐里はすぐに居間に戻ってきたが、光の姿がないことに驚いている
「光? どこ?」
そう呼ぶがまるで返事がないので、祐里はちょっと焦っていた
部屋を虱潰しに当たっていると、階段の上から物音が聞こえたので祐里はその部屋へ向かってみる
「光? いるんだよね?」
そう言いつつ、部屋の戸を開けるとそこには鬼気迫る表情でキーボードを操作している光の姿があった
普段から沈着冷静で、穏やかな表情しか見せたことがない光がここまで真剣な表情をして何かをしていることに驚きを隠せない
声をかけれず、祐里はいそいそと居間へ戻ることに
何をしているかはわからなかったが、きっとこのプログラムに関係あるのは間違いない
“脱出”の方法を、もしかしたら探しているのかも知れない
光は頑張ってくれてるし、竜也と美緒はきっと私たちのほうへ向かって来てるはず
私は...何もしてないなーと自虐している
このままただボケッとしてるだけでいいのかなーと思いつつ、またスマホに目をやる
先程のゲームをまた起動してみると、竜也からメッセージが届いていた
『今から向かう。美緒も一緒だ』
短文だったが、強い決意を感じられるそれ
送信時刻は30分前になっていて、どの辺から向かってるかはわからないが間もなくつきそうな気がする
どうしよ。外で出迎えたほうがいいのかな?
祐里はそう考えたが、さすがにこの状況でそれをする勇気はない
カギとか開けたほうがいいのかな?とも思ったが、光に無断でそれをするのは憚られる
竜也と美緒が来た場合はいいが、それ以外の招かれざる客が来た場合私たち二人で“対応”出来るとは思えない
そううまく事は運ぶのかなー
考えれば考えるほど、後ろ向きなことばかり考えてしまう自分が悲しい
実際襲われかけたのがもう2回もあり、教室で人が死ぬところも2回見ている
心が平常である方がおかしいわけで
それ以上に何かモヤモヤしているのを感じるのは、竜也と美緒が"一緒にいる”せいなのだろうか
光が言っていた、“美緒が怪しい”とはどういう意味なのか
目が合ったのに、一目散に走って逃げるなど祐里の知っている美緒では考えられない行動
しかしその美緒と竜也は普通に一緒に行動している上に、“連絡”したらすぐに向かって来てくれているらしい
「まさかね...?」
祐里の脳裏に嫌な考えが頭をよぎった
実はもう既に竜也は"いない”のではないか。美緒がスマホを操作して成りすましている可能性もある
または竜也と美緒が結託して、私と光を“殺しに来る”可能性すらあるんじゃないか
よくない方、よくない方へ考えが向かっているのを感じで祐里は大きく頭を振った
ダメダメ。私は何があってもあいつを信じるって決めてるんだから
そう頭を切り替え、祐里は大きく息を吐いた