「ところで、前から疑問に思ってたんだけど」
美緒が不意に呼びかけてきたので、悪路に苦戦していた竜也はん?という感じでそちらに視線を向ける
悪路とわかってはいたが、想像よりはるかにきついそれ
よくこの道を祐里と光は超えて行ったものだと内心感心するレベル
つか、ホントにこの先にいるんですかね?
「ちょっと竜也、大丈夫?」
呼びかけられたのに違うことを考えて返事をしなかったので、痺れを切らしたかのように美緒が再び呼んでくる
あぁ、すまん。ちょっと考えごとしてたと竜也が素で返すと、美緒はふふといつもの笑み
「あのね、一応私も年頃の女子なんだよ? それを差し置いて別の女子のことを考えてるとか、ホントキミは酷い男だ」
酷い風評被害だったので、すぐに竜也は被りを振ってそれを否定する。正直スマンカッタ(佐々木健介ism)できっちり謝罪し、美緒の先ほどの質問の続きを待つことに
「まあいいか。私が聞きたかったのは、千葉くんのこと。どうして彼をみんな玉子と呼んでるのかなって」
美緒が素朴な疑問をぶつけると、竜也は思わず噎せている
無駄に大きく咳をしてしまい、慌てて周囲の様子を確認してしまうが美緒が大丈夫、人の気配はないよと声をかけたのでほっと胸を撫で下ろす
そして一回大きく息をついてから、美緒のほうを見てちらっと笑ってから話しだす
「元々のあだ名王子だったんよ。その由来は俺は知らないんだけど。んで、何かの試合でやつが決勝点のヒット打ってさ。王子に点ついたから玉子。ただそれだけ」
言って竜也はまた吹き出しそうになるのを堪えている。あまりのくだらない理由に美緒は思わず苦笑しかけていたが、やがてあることに気づいたのか一人頷いている
「キミだね。玉子呼ばわり始めたのは」
美緒にそう指摘され、竜也はいつもの無表情のままサムズアップポーズ
やっぱりねと美緒はふふと笑う
そしてすぐ、美緒がまたそういえば、と何かを思い出したように話し出す
「キミに言うの忘れてたよ。“社長”の話はしたよね?」
言われ、あぁ、そんなスケールの大きな話があったなーと思って竜也はすぐに頷いたので、美緒は申し訳なさそうに両手を合わせてみせる
「キミは競馬好きだよね?」
美緒に急に振られ、何のことかはわからないがとりあえずまた頷く。“ヒグチ、コレを買え”
「じゃあ、"スプリングレースホース”っていう名前に聞き覚えはある?」
竜也はすぐにまた頷く。最近気鋭の新興共同馬主だ。冠名“スプリング”、“リバー”でお馴染み...って、おい
「まさかだよな?」
竜也が思わず聞くと、美緒はふふふと笑って思わせぶりな表情をするがやがてだからゴメンって謝ったんだよと言って頷く
マジかーと竜也は思わず呟き、本気で悔しそうな様子を見せる。だって馬主ですよ? 男の憧れですよ?
「美緒、やっぱお前性格いいよ。わざとだろ? 後出しにしたの」
竜也が逆に質問すると、美緒はどうだろねと思わせぶりな表情であえて答えない
この辺がさすがだよなーと思いつつ、竜也は悔しい素振りを隠すことが出来ない
「何だよ。キミは私より馬主のほうが気になっているじゃないか。そんな人と結婚出来なくてよかったのかな」
美緒がしみじみそう呟くと、竜也は待て待てとそれを制する
「仕方ないじゃん。馬主ですよ馬主。男なら憧れる職業第5位の馬主ですよ」
竜也がまた突拍子もないことを言いだすので、美緒は思わず噎せそうになる
「4位は前聞いた気がするよ。銭湯の番台だっけね?」
美緒が言ったのを聞いて、竜也はすぐに頷いた
それで美緒はふふと笑ったあと、後学のために1位から3位を聞いてもいいかな?と続けたので、竜也はニヤリと不敵な笑みを見せる
「1位はアメフトでキックオフだけ担当するキッカーで、2位はサザンオールスターズの打楽器の人」
素知らぬ顔でさらさらと答える竜也に対し、美緒は笑いを堪えるのに苦労している
今にも噎せそうになるのを抑えつつ、「3位は? いや、もう聞きたくない気もするけど」と言いつつ竜也の言葉を待つ
しかし竜也は表情はまったく変えず、静かにポーカーフェイスを維持している
まさに"COLD SKULL"といったところ
「俺からの“ギフト”、受け取ってもらえますか?」
竜也は無表情のままサムズアップポーズをして美緒を見ると、勘弁してという感じで手を振っている
それで竜也はいつもの見開きポーズでしっかり見据えた
「男ならなりたい職業第3位は福田秀平(ロッテ)4年契約4億8000万円」
言ってのけ、右拳を天に掲げる竜也を見て美緒は思わず頭をこつんと叩く
おいと笑いながら竜也が振り返ると、そこには思わず破顔して爆笑を堪えきれない美緒の姿があった
「真面目に聞いた私に謝ってほしいな。ホントキミってやつは」
美緒は思わず涙目になるくらい笑っている。まさかのツボったやつ
明らかに場にふさわしくない光景になっているが、ずっと張り詰めたままだと余計疲れるわけで
とはいえ予想以上に美緒がゲラってしまったので、竜也はほら、行くぞという感じでしゃがみこんだ美緒の肩をぽんぽんと叩く
「ひどい目に遭ったよ。もうキミと真面目に話するのやめようかな」
美緒はまだ笑いを抑えきれない様子だったが、竜也が差し出す右手を握って立ち上がろうとした瞬間だった
パァンと銃声が響き、竜也と美緒は焦って身構える
そしてまた一度同じ音が鳴り、やや離れた地面に銃弾が落ちた気配があった
「美緒、大丈夫か?」
今までの和やかな空気は一変し、竜也は真剣な表情で周囲を見つつ美緒を庇うように前に出るが、すぐに美緒がその右手を引いて物陰に隠れるように促す
直後、その足元に銃弾がまた届いて肝を冷やす結果に
何とか物陰に隠れ、竜也と美緒は再び周囲に目を光らせるがやはり人の気配は見当たらない
「やべえな。このまま逃げて大丈夫かな」
竜也が思わずそう呟くと、美緒はちょっと思案した様子だったがやがて頷いた
「多分ね。あれだけ無防備だった私たちを仕留めきれなかったんだから、向こう焦ってると思うんだ。このまま焦らすより、一気に逃げたほうがいいと思う」
そう告げた後、美緒はなぜかにっこりと微笑んで竜也のほうを見た
「私見えちゃった。撃ってきたのは谷可奈だったよ。あの子小さいからすぐ見えなくなるんだよ」
さすがの視力1.5と感心していると、また銃弾が物陰の壁に当たっている
どうやらゆっくりしている暇はないようだった
「しゃあない。また走るか」
竜也がやれやれという感じでそう呟くと、美緒はキミのせいだろとジト目で睨んでいる
それは否めないと思いつつ、謝ってる時間もないので竜也と美緒は一気に駆けだした
しかしいつ見ても走るフォームが綺麗だなと感心しながら