「しかし谷とは意外だな。あんな女子でもプログラムに乗ってしまうんだな」
竜也がそう呟くと、美緒は小さく首を振ってそれを制する
「そっか。キミは知らないかもね」
美緒は走りながら周囲に目をやりつつ、やがて小さく笑ってそう返す
ん? どういうこと?と竜也が思って振り返ると、美緒は意味深な笑顔を見せる
「こう言っちゃ私が性格悪いみたいだけど、あの子大概やばいからね」
言って美緒は苦笑しつつ、谷の"悪行”を暴露する
「何だったっけな。こないだ男子で170センチ以下は人権がないとか言ってたよ」
どういうきっかけでそんな発言したのかはわからないが、それを公言できるメンタルだけは凄いなと竜也は内心感心
まあ俺180あるからね、人権あるンだわ
「他にも酷いこと言ってたんだよ。女性の胸の“Aカップも人権はない。それと一緒”だとかね」
言って美緒は思わず苦笑。自分の胸を見て溜息をしつつ、私は人権がないと小さく呟いている
まるで玉子のようなことを言うやつだなと内心呆れた竜也だったが、さすがにどう言葉をかけていいかわからず困惑している
思わず、「なぁ、こういう時何て言えばいい?」と逆に美緒に聞いてしまう始末
美緒はそれでまた苦笑したまま、小さく首を振った
「まあ変に慰められるよりいいけどさ。ホントキミってやつは」
呆れたように話す美緒だったが、その瞳には怒りはなかった
いいんだいいんだと言ってむくれた様子を見せる美緒に対し、竜也はいつもの無表情のままでサムズアップポーズ
「俺は玉子じゃないから気にしないぜ」
よくわからないフォローをしてるわと思いつつ、意外に祐里と光がいる家まで遠いなとも感じていた
それは美緒も同じようで首を傾げつつ、「全然家が見えてこないね」と思わず呟いている
「まさか道外れたとかないよな?」
竜也がそう言うと、美緒は首を傾げながら地図をスマホの“コンパス”で位置を照らし合わせている
"地図を見れない”ので、竜也は美緒の様子を横から眺めるだけ
美緒も竜也が地図を見るのが苦手なのは承知しているので、一人で今の位置関係を把握しようとしているが首を傾げたままだった
「おかしいね。なんか今いる位置と地図とが一致しないんだよ」
そう言って美緒はお手上げのポーズ
変な磁力でも働いているのか、それとも他の何かなのか
今いる場所すらわからないのはあまりよろしい事ではない
「危ないよね。禁止エリアに引っかかったら即死だよこれ」
言って、美緒は空を思わず見上げている
その額には汗が滲んでいて、さすがに疲労の色も伺えるそれ
思わず竜也が少し休むか?と声をかけるが、気丈に大丈夫だよと言って小さく笑みを浮かべている
いや、正直俺もだいぶ疲れてるわけで大丈夫なわけないだろと思った竜也は、両手でTの字を作って見せ“休憩”と合図をする
とはいえ何もない山道で棒立ちはいいことではないので、ちょっとした“壁”に移動しての2人並んでの休憩“もぐもぐタイム”
先程の家で入手していた板チョコをそれぞれ食べつつ、今後の打ち合わせを行うことに
「どうしようね。とりあえず進んだほうがいいのか、コンパスが動く位置まで戻る?」
美緒は何度も息をつきながらそう言っているが、竜也はそれにはすぐ首を振ったのでだよねーと言って美緒は小さく笑う
戻るという選択肢はさすがに厳しい。銃を持った谷がいる可能性はもちろんだが、それ以上にあの険しい道をまた戻るというのは自分はともかく美緒にまたそれを強いるのはさすがに可哀想と感じた
「体感だともうすぐのはずだよな」
竜也が思わずそう呟くと美緒はまた頷いているが、なぜ到着する気配がないのかは二人にとって謎でしかない
美緒がハンカチで汗を拭っているのを見て、竜也も尻のポケットから青いハンカチを取り出すと「ハンカチ王子」と言ってから同じように汗を拭う振り
美緒はそれを聞いてふふと笑みを浮かべつつ、また息を大きくついている
"YAVAI! YAVAI! カナリYAVAI!
YAVAI! YAVAI! カナリMAZUI!”
場を和ますために竜也が百花繚乱を口ずさむと、美緒はクスッと笑ったがすぐに竜也の方へ向き直る
"ヤバい ヤバい ヤバい ヤバい”
と、まさかのYabai-Yabai-Yabaiで返してくるそれに。竜也は思わず苦笑してヤバイヨヤバイヨーと出川哲朗のモノマネを披露してしまう
「竜也、それ全然似てないよ」
美緒が思わずダメ出しをするが、竜也は急に表情を変えて周囲の様子を確認している
「また何か音が聞こえた」
竜也がそう言うと、美緒も耳を澄ましてやがて小さく頷く
「またシャッター音か。気味悪いね」
美緒が囁く矢先に、はっきりとまたカシャリとその音がどこからか聞こえる
ハハ、確かに美緒は絵になるかもだけど盗撮はよくないと思うぞ...?
思い、竜也はズボンのポケットから銃を取り出すとやけくそで音が聞こえたほうにそれを向けた
すると予想外の事が起きる
スマホを右手に持ちつつ、両手を上げて降参ポーズをする後藤宏充の姿がそこにある
「悪かった。春川の写真を撮ってただけなんだ。顔もいいけど脚も綺麗だし」
悪びれもせずにセクハラ発言をしつつ、まじまじと美緒の足を眺めている後藤を見て思わずカッとなって引き金に手を置きかける竜也を、美緒が慌てて止めた
「竜也ダメ。好きなように言わせておいていいから。もし撃っちゃったら私の作戦が全て水の泡になる」
いつもよりかなり強めの口調で真剣にそう囁く美緒の声を聞いて、竜也は一気に冷静さを取り戻していく
危ない危ない、殺人犯になるとこでしたよ、私
竜也は銃を向けたまま、「早く去れ。じゃないと撃つぞ」と一世一代の大見得を切ってみせたが、後藤はまだ未練がましく美緒の足を眺めている
どんだけ脚フェチだお前と竜也が呆れていると、突然前方からパァンと銃声が響いた
え?と思う間もなく、後藤はその場に崩れ落ちていた
「ちょ...どういう?」
完全にフリーズしかける竜也の右腕を美緒は引っ張ると、そのまま慌てて駆けだしている
何が起きたかわからず、引かれるまま走っていた竜也だったが、美緒に思わず「俺は撃ってないからな」と叫んでいる
「わかってる。後藤の後ろに人がいた。顔は見えなかったけどきっと女子。あのままだとキミまで撃たれると思ってね」
美緒はあくまで平静を保とうとしているのか、いつもと同じ冷静なそれ
「まあ俺が殺したようなもんか...最低だ」
竜也がそう嘆いていると、美緒はきっとした表情でしっかりと竜也の目を見つめた
「いい? 自分を責めちゃダメだよ。この“プログラム”ってのはそういうものなの。落ち込んでる暇はないからね」
そういう美緒の様子は、どこか自分にも言い聞かせてるようにすら見えた
頭の“モヤモヤ”はなかなか消えなかったが、走り続けているとようやく一軒の家が見えてきた