祐里と竜也は向き直って座っているが、ふぅと何度も息をつくばかりでいつも以上に言葉を発さない
ひたすら祐里が話しているが、それに相槌を打つか聞き流しているだけのそれ
何を聞いても上の空という感じの竜也に対し、祐里は一計を案じる
「ったくさ、美緒と一緒じゃないとそんなに嫌なの? まあ、毎日電話してるみたいだしねー」
普段祐里が夜電話をかけると、ほぼ話し中だったのでそれを揶揄してみると、竜也はん?というリアクション
お、ようやく反応があったと思った祐里はさらに続ける
「私がさ、夜電話してもいっつも話し中じゃん。あんたが電話する友達なんて美緒くらいしか思いつかないからさ」
付き合いが長いからこそのぶった切りだったが、竜也は思わず鼻で笑ってからそれを被りを振って否定する
「美緒と電話なんて週に1回もしてないぞ。まあ先週何かの話はしたけどさ」
聞いただけですぐわかる、嘘とは思えないぶっきらぼうな竜也の素の返し方
今度は祐里がえ?という感じで再び質問タイム
「あんた他に友達いないじゃん。光と電話なんてもっと考えられないしさ」
とにかく容赦がない祐里のツッコミだったが、事実なので否定はできない
そして光と毎日電話なんて、これまたもっと考えられないこと。あの子は勉強忙しいですよ、と
「確かに西陵にはほとんどいないけどさ、一応俺にだって友達くらいいるんですけど」
竜也がそう嘯くと、祐里はふーんと言って明らかにバカにした様子
「玉子か樋口。あと千原くらいでしょ。毎日電話するほど仲がよくは見えないけど」
さすがという感じ。野球部の交友関係まで見抜いている祐里だったが、竜也は意味深な笑みを浮かべている
「なぁ祐里。伊藤くんって覚えてる?」
竜也が出したその名前に、祐里はもちろん聞き覚えがあるのですぐに頷いている
「覚えてるよ。あんたの中1の時の親友じゃん。その伊藤くんがどうかした?」
竜也と伊藤浩臣は中学に入学した時からの付き合い
一緒に野球部に入り、一緒に3日で退部した仲
なぜか無駄に意気投合し、部活ではない“クラブ活動”で二人は『五目並べクラブ』に入り、ただひたすら野球論議をしていた
そしてそれは休み時間や昼休みでもひたすら話しているようになり、かけがえのない親友になっていた
たまに祐里も会話に混ざろうと寄って来たが、あまりのマニアックな会話について行けずにすぐに離れていった
"カウント3-1から、インコースに強い右打者はどう攻める”など、とにかく2人の世界に入っている会話
朝登校して、放課後もずっと野球談議
野球部3日で退部したくせにとやっかむ輩もいたが、竜也と浩臣はまるで意に介していない
しかしその蜜月は唐突に終わりを告げる
1年から2年に進級する前の春休み、浩臣は東京に転校することになった
「俺はさ、東京行ったらまた野球部はいるよ。竜、お前はどうするんだ?」
別れの日に浩臣がそう言うと、竜也は小さく笑って首を振った
「俺はもういいかな。ま、気が向いたら高校でやるかも知らないけどな」
ハハ、お前らしいなと言って浩臣は右手親指でサムズアップポーズ
最後は浩臣が左胸を2度叩いてから右拳を高く掲げ、竜也がそれに続いた
「まあ、またいずれ会おうや。それが甲子園でだったら最高だな」
浩臣がそう笑うと、竜也はにゃ、俺野球やるとは決めてないぞとすぐに否定して笑みを見せた
「実は高校入ってからLine交換して頻繫にやり取りしてたって言ったらどうする?」
竜也は笑ってスマホの画面を祐里に見せると、そこには“伊藤くん”という宛先があった
「マジか。何で隠してるかなーって、酒井ともやりとりしてるじゃんね」
祐里はもう一人予想外の名前を見つけて驚いている
浩臣がいなくなった後、2年のクラスで竜也に出来た新しい友達
超絶イケメンでサッカー部のエースなのに、シャイで大人しい酒井直也と出席番号が近いというだけでいろいろペアを組まされているうちに、自然に意気投合
実は海外サッカーには詳しい竜也と会話が弾んでいた
イケメン大好き祐里が引くほどのイケメンなのに飾ったところが一切なく、とにかく控えめ
しかしこの直也も中2の2学期の終わりに千葉に転校して行ってしまう
「何で俺が仲良くなった人はみんないなくなるんだよ」
直也がいなくなった翌日、竜也はそう言って思わず泣いていた
一緒にいた祐里はどう声をかけていいか戸惑うだけ
「私はずっと傍にいるから」
そう内心思っていたが、多分それは今言っても届かないと思ったから
「酒井とも高校入ってからかな。伊藤くんほどではないけどLineしてるよ」
竜也はそう言った後、また小さく笑みを浮かべて続ける
「そいや夏休みにさ、俺部活休んだ日あったじゃん?」
祐里はそれを聞いて思い出す。ちゃんと仲村には届けを出していたが、祐里に理由は言わなかったそれ
「あの日さ、実は函館に伊藤くん来ててな。ずっと一緒に遊んでた」
まさかのカミングアウトに祐里は思わず苦笑している
悪びれもせずに言った竜也はまた小さく笑うと、「まあ遊んでたって言ってもずーっと野球の話してただけなんだけど」
そう言った後、スマホに保存してあるいつぞやの試合の“スコア”の画像を祐里に見せる
「これ見たよな? 俺が投手で登板した時のやつ」
竜也がそう言うと祐里はすぐに頷いたが、「ホントにあんた投げたんだ。何の悪い冗談か、誰か別の背番号4が投げたんだと思ってたよ」と言ってあははと笑っている
祐里が笑うのを見て竜也もまた思わず笑みをこぼすが、まあいいから訊いてというポーズ
それから竜也は水を一口飲むと、祐里のほうを見て話し始めた