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美緒が案内したのはまさかの野球場
とはいってもリトルリーグが使うそれだったのだが、そこでは既に何人かの竜也たちと同じ歳くらいの男子が野球をしている

「せっかく二人が揃ったんだから、野球やりたいんじゃないかなと思ってね」
美緒ならではの気配りだったが、浩臣はともかく超絶人見知りの竜也には混ざるにはハードルが高すぎるそれ

「ま、キャッチボールでもするか。グローブは持って来てるんだろ?」
言って浩臣はバックからグローブとボールを出して小さく笑みを見せると、竜也はサムズアップポーズでそれに呼応

二人はキャッチボールを始めるが、浩臣が投げるボールの“重さ”に竜也は思わず苦笑い

「伊藤くん、痛ぇーよ」
ボールを受けるたびにいい音が響き、出力をもっと抑えてくれと言わんばかりのポーズを竜也が見せる
浩臣は笑みを浮かべつつ、だいぶ抜いて投げてるんだがと言って竜也の返球を受ける

「って、キャッチボールだとちゃんと真っすぐ来るんだな。イップスはもう治ったんだっけ」
聞かれ、竜也は首を傾げつつ69%くらい?となぜか疑問形で返すと浩臣は思わず噎せる

竜也が先ほどレクチャーを受けたスライダーを試投すると、ファーストピッチにしてはまずまずの切れで浩臣のグローブに収まる

「まあ慣れだよ。感覚は掴んだだろ?」
言って投げ返す浩臣のスライダーはえげつない切れで、思わず取り損なうレベル

コロコロ転がって行ったボールを拾ってくれたのは、“先客”のうちの一人
ほいという感じで投げ返してくれたので、竜也はキャップを取って軽く一礼

しばらく二人のキャッチボールを眺めていた美緒だったが、やがて
「日焼けすると困るから帰るよ。伊藤くん、待たね」

おい、俺には挨拶なしかと竜也が苦笑しているうちに美緒は手を振って去って行った

「変わってないな」
浩臣が思わずそう呟いていたが、あっという間に美緒の背中は小さくなっていき、やがて見えなくなっていた

しばらくキャッチボールをしていると、いつの間にか辺りは暗くなっている

「さて、早いけど晩飯でも行きますか」
竜也がそう呼びかけると、浩臣はニヤリと笑った


「そうだ。うちの部さ、新チームなって練習試合4試合やったんだけど」
昼とは別のファミレスにて、竜也がそう話しかけると浩臣はん?という感じで竜也のほうを見る

「さて問題です。俺杉浦竜也はヒット何本打ったでしょう。あ、1試合は打席0だったんでトータル13打席ね」
唐突に竜也が質問を浴びせたので、浩臣は思わず笑みを浮かべている
そして竜也がさらに続ける

「ヒット数を完璧に当てたら飯代とスイーツ代は全部俺が払うよ。1本差ならスイーツ代だけ。んで2本差なら伊藤くんが俺のスイーツ代払って」
まさかの“賭博行為”に、浩臣は笑みから真剣な表情に変わる

「ほう、ずいぶんな自信じゃん。夏大会の.091はまあ論外として、1年夏から2年春まで.650くらいだっけ?」
さらっと浩臣が行ってるが、まあ割とあり得ない打率(練習試合込み)
それを聞いて竜也も真顔でサムズアップポーズするが、「.700までは行ってないな。.667とかそんな感じ」と何事もなくそう返している

「なる。13打席で7割としたら...」
言って、浩臣はスマホで“電卓”を出して真剣モード
しばし考えた後、浩臣は一人頷いて答えを出す

「復調してるだろうし、8本だな。11打数8安打ってとこだろ」
自信満々に解答する浩臣に対し、竜也は不敵な笑みを見せて“ファイナルアンサー”?とおちょくっている

「その手には乗らんぞ」
浩臣はニヤリと笑うと、ファイナルアンサーと即答する
そして竜也はと言うと...こちらもニヤリと笑うと、「残念!」と言ってスマホの画面を見せる

「13打席12打数11安打1四球」
“スコア”つきのとんでもない結果を魅せられ、浩臣は思わず噎せる
おい、チート使うなと言って烏龍茶を一気飲みして笑みを浮かべていた

「俺なんかさ、最近あんまいい結果出てないのにさ」
夏大会準優勝の後、疲れが出たのかスランプ気味だと嘆く浩臣に対し、竜也は珍しく真剣にアドバイス

「伊藤くんはさ、決め球スライダーじゃん?」
竜也がそう訊くと浩臣はすぐに頷いたので、竜也がまた続ける

「それに拘りすぎなんだと思うわ。いろいろ変化球投げれるし、真っすぐも球威あるんだからさ。初球スライダーから入るとか、もっと遊び心必要じゃないかな」
Youtubeで都大会の決勝戦のVTRを見ただけの感想だが、浩臣には思い当たる節があったのか少し考え込んでいる

「ゴメン、何か余計なこと言ったかも」
とりあえず竜也が謝ると、浩臣は嫌という感じで両手を振ってそれを制した
しばし後、浩臣は一人首を振ってからふぅと大きく息を吐いた

「あぁ、竜と一緒に野球やりてーなー」
しみじみと浩臣がそう呟くと、竜也も笑みを浮かべて同意を示す

「西陵の今のエースってどんなやつ?」
浩臣が尋ねてきたので、竜也は久友の特徴をしっかりと伝える
球種はストレート、スライダー、カーブ。全部伊藤くんより1ランクは落ちる感じ
そこまで言って、竜也はニヤリと笑った

「ちなみに久友ちゃんは俺の師匠だから」
マジ?というリアクションをする浩臣に対し、竜也はいつもの見開きポーズを披露する

「競馬の師匠な」
想定外のオチに浩臣はまた噎せているが、竜也は素知らぬ顔でサムズアップポーズ

「まあ俺も伊藤くんと一緒に野球やりたけどな。これマジ」

その後はひたすら雑談し、やがて解散の時間へ
お互い名残惜しいことこの上なかったが、次の日の朝早く浩臣は親と札幌に行くとのことなのでしょうがない事実

「さっきの話だけどな。もしかしたら、来年俺西陵に転校して来れるかも知れないぞ」
浩臣はそう言ってニヤリと笑みを浮かべる
来年親が転勤になることは決まっていて、もしかしたら函館の可能性があるということらしい

「まあ、函館以外だったら寮にでも入って聖堂に残るけどな」

高野連の規定で自分の意思での転校なら1年間出場できないが、親の転勤による転校の場合は普通に出場できる

「まあどうなるかは俺もわからん。とりま、春の選抜で会おうぜ」
さらっととんでもないことを言って去って行く浩臣に対し、竜也は「美緒、明日朝6時。伊藤くん見送りに行こうぜ」とかけてもいないスマホ片手にそう叫ぶ

「もう勘弁してくれ。あ、けどあのグータッチの動画は送ってくれ。進藤でも春川でもない、あの美人さん結構タイプだった」
光のことかと思いつつ、竜也はまた無言でサムズアップポーズ

「あ、何だったら紹介しようか?」
乗って来るはずがないと確信しての竜也の振りに、浩臣は右腕を高く上げてまたなのポーズ
それを見て竜也も同じように右腕を高く上げると、珍しく声を張り上げた

「Hasta luego.Adios.」、と
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