「あー、伊藤くんと野球やりてーわ」
竜也が思わず呟くと、祐里はちょっと遠い目をしている
色々な意味で、もうそれは不可能な願いにしか思えないので
とはいえ、祐里はもう一人の“友達”のことも気になったので、それを聞いてみる
「酒井は? 相変わらずサッカー頑張ってる?」
祐里にそう聞かれ、竜也はまたスマホを操作して画像を出すとそれを見せる
「ほい。やばくね?」
そこに映っているのは長髪金髪がやたら映える酒井直也の画像だったが、それ以上に気になったのは
「アンダー世代の日本代表候補だってさ。日の丸だぞ日の丸」
そう、ジャージ姿なのはいいがそこに日の丸がついていたのに驚きを隠せない
「顔がいいだけじゃなくてサッカーも上手いってな。伊藤くんも甲子園行くって豪語してるのに、俺は何なんだって話よな」
急に自嘲を始める竜也に祐里が戸惑っていると、竜也は天を見上げてふぅと息を大きくつく
「中嶋見殺しにするわ、後藤怒ってたら殺されるわだからな。実質俺二人殺したようなもんだ。人殺しですよ、人殺し」
あーあという感じで天を見上げて、自分の両手で顔を覆う
祐里はどう声をかけていいかわからず戸惑っていたが、竜也がポケットから銃を取り出したので慌ててそれを奪い取る
ん?という感じで竜也がそれをすんなり受け入れると、祐里はちょっと涙目になって竜也を見つめる
「バカなこと考えないで。何があったかわからないけど、自分を責めちゃダメだから」
祐里の真剣なまなざしを受け、竜也は苦笑して被りを振った
いや、自殺しようとしたわけじゃねーからと言って竜也は頭を掻いている
「銃をずっとポケットに入れておきたくなかっただけだからな」
そう呟く竜也だったが、明らかに覇気がないそれ
ついさっきまで元気そうといったら語弊があるがいつもの竜也そのものだったのに、急にテンションが下がったというか心ここにあらずに戻ってしまったのが気になる
まあ自分も一歩間違えば病んでいかねない状況下
何とか竜也を励ましつつ、みんなで脱出する方向へ向かって行かなければいけない
「竜、あんた晩御飯何食べたい?」
祐里は一計を案じ急に話題を振ると、呆けていた様子の竜也はキョトンとした感じ
それから壁に掛けられていた時計を眺め、それからスマホを取り出して時間の確認をした竜也は祐里のほうを見て首を振った
「何かあんま腹減ってないんだよな。いろいろありすぎたせいかな」
言って、竜也はだるーという感じでテーブルに突っ伏している
まあ疲れたのはわかるけど、美緒の前では絶対そんな格好見せないくせにと祐里は内心呟いている
無防備というか、無頓着というか
まあ飾らないのがこいつだよなーと思いつつ、私も疲れたなーと祐里は感じていた
同じように祐里は机に突っ伏すと、そのまま睡魔に襲われそうな気配を察知してすぐに顔を上げた
しかし相変わらず竜也は突っ伏したままだったので祐里は立ち上がって冷蔵庫に向かうと、冷えたスプライトのペットボトルを手にして戻って来る
それを寝ている竜也の首元に押し付けると、思わず「キンキンに冷えてやがる!(藤原竜也ism)」と叫んでバチっと起き上がってしまうそれ
その様子を見てあははと笑う祐里に対し、竜也は勘弁してという感じでまた突っ伏そうとするので祐里はそれを引き留める
「竜ってさ、好きな有名人いるの?」
唐突に振られ、だりーという感じで顔を上げた竜也だったが、あまりの突拍子のない質問に困惑して思わず苦笑している
何だよ急にとぼやきつつ、ちょっと考えた後に話し出す
「河出ちゃん。日テレのアナウンサーな。あと堤ちゃん(フジテレビアナウンサー)」
挙げた2人がタレントやアイドルですらなく、アナウンサー二人ということに今度は祐里が苦笑い
それを竜也に振ると、すぐに被りを振った
「しゃあないじゃん。テレビ見ないからさ、女優もアイドルも知らないんだよ。あと挙げるなら声優の種田梨沙かなぁ」
結局“一般人”に通じる人物を挙げてこないことに感心しつつ、言ってすぐまた寝ようとする竜也をまた引き留める
「じゃあさ、クラスで一番タイプなのって誰?」
祐里はとんでもない爆弾を投下した
マジでそれは勘弁してくれよという表情を浮かべる竜也に対し、祐里は気になるから早く言ってとさらに催促
「だが断る」
竜也はそう言って、祐里が先程持って来たスプライトを痛飲しているが祐里は早く言っちゃいなよとしつこい様子
「さすがにさ、俺が言うといろいろ語弊あると思うからさ。野球部の連中が話してたことなら教えてやってもいいけど?」
見事な話題転換を竜也が促すと、祐里は何それ。面白そうと見事罠にかかってくる
竜也は内心安堵しつつ、先日野球部内で盛り上がった話をすることに
女子マネも仲村もいない、選手だけの空間
野郎が集まってする雑談と言えば、それはもう決まっている
“女子の容姿”について
無駄に盛り上がるそれを、竜也はまるで傍観者のように眺めていた
「オイオイ、“彼女”いるからっていい気になりやがって」
樋口が笑いながら茶化すと、竜也が否定する前にそれを万田が制する
「進藤と杉浦は付き合ってないだろ。なにせ、俺の嫁だからな」
相変わらず真っ黒に日焼けした顔でそう言い切ると、竜也は小さく頷いてそれに同意する
付き合ってはいないのは事実なわけで。ただただ仲がいい、それだけ
「しかし杉浦のクラスは特に可愛い子多いよな。羨ましい」
和屋が思わずそう言ったのを聞いて、竜也はすぐにいつも一緒にいる3人の顔を思い浮かべて内心頷いている
あれ、俺ってもしかしてとんでもなく恵まれているんじゃね。みたいな
言わずと知れた祐里は顔、性格もよく人気だし、光も才色兼備。美緒も神秘的というか、よくわからないオーラを出している美少女
もし3人の中で、付き合えるとしたら誰を選ぶかって?
聞かなくてもわかるでしょ
その答えは、もちろん...