「じゃあお題は、杉浦のクラスの女子で誰が一番好みかってのにするか」
個々それぞれ盛り上がっている中、主将の千原が提供する
部員に竜也と同じクラスのメンバーはいないのだが、なぜかこのような流れになってしまっている
竜也は相変わらず傍観者を装い、知らない振りをしようとしていると千原がそれを咎める
「杉浦。お前には最後に聞くからな。ちゃんと答えを考えとけ」
千原がそう言った後、まずは俺からだなという感じで高笑い
「俺はこいつと一緒にいる3人全員好みや。3Pしてやるで」
千原はそう言って竜也を指差して笑っている。下品極まる発言をするが、そもそも3Pならお前どこに行ったんだというツッコミを誰もしないところが部員たちの優しさ
エースの久友は“かおりんかおりん”と謎の単語を連呼している上に、ねえ笑ってと言ってその場から去って行った
みんなが苦笑している中、京介は相変わらずポーカーフェイスを崩さない
「確かに進藤は可愛いよな。僕は杉浦が羨ましいよ」
爽やかにそう言う京介だが、実は内心むっつりスケベなことを竜也は知っている
もちろん大人だからそんなことは億尾にも見せない竜也は、京介の発言にもあえて無反応で通す
いや、人の好みって聞いてる分には面白いよね
「樋口くんは石井ちゃんが好きだから、杉浦のクラスの女子なんて眼中にないもんな」
和屋がそうやって茶化すと、樋口は満更でもない様子を一瞬見せるので和屋がさらに続ける
「そして樋口くんはデブ専でホモでもある。これ試験に出ますよ」
言って、和屋は五十幡顔負けの快速でその場から逃走するが、樋口も負けじとサニブラウン張りの俊足でそれを追いかける
「先輩たち、試合中もそれくらい走ってくださいよ」
岡田が思わず苦言を呈すと、竜也は思わず頷いてしまう
いや、真面目に走ってないとかそういうのじゃなくてね。試合中より速かったでしょ、今の的なそれ
「そういうお前はって、2年のクラスの女子なんてわかるわけないか」
万田がそう振ると、岡田は小さく頷いてから続けた
「確かにわからないですね。けど中嶋さんよりは進藤さんのほうが美人じゃないですか? まあ僕の彼女のほうが美人だと思いますけど」
さらっと惚気る岡田に対し、部員たちはブーイングの洗礼を浴びせるが岡田はそれを煽るように耳に手を置いて煽ってみせる
いや、この自信は凄いなと竜也は内心感心している
ぶっちゃけ、岡田の彼女は見たことがあるけど美人というより可愛い系だった気がするね。多分年上
「ふぅ、疲れた。いいランニングだった」
息を切らしつつ和屋が戻って来ると同時、樋口も息絶え絶えな様子で戻って来る
「で、何の話だっけ」
和屋が素の表情でそう訊くと、御部が笑って頷いている
「誰のケツが好みかって話だろ。もう忘れたのか」
全く関係ないことをいきなり言い出す御部に対し、すぐに安理がそれを否定する
「御部、君は何を言ってるんだ。ケツよりもっと大事なものがあるだろう」
言って、安理は意味深な笑みを浮かべて竜也のほうを見る
「杉浦の“ツレ”は2人ほど論外で、あと一人は合格ってとこかな。まあそれでも小さいけどね」
はいはいという感じで竜也は安理の発言を受け流していると、“暴言”を吐いた罪により千原に安理が“お仕置き”をされている姿が目に映った
まさかのスパンキング攻撃を受け白目を向いている安理に対し、「目覚めたのか?」などと暖かい声がたくさん巻き起こる
失神してるのか、それとも別のフェチのほうに目覚めたのか知らないがその場に崩れ落ちた安理を誰も心配せず話題は続いている
「進藤は俺の嫁だけど、水木もいいよな。あの凛とした表情はぞくぞくするわ」
万田がまさかの“二刀流”カミングアウトをすると、部員たちはわかるという感じで頷いている
さすが光、人気者だなーと竜也は内心感心している
才色兼備なのに、一切気取ったところはない。かといって堅苦しいわけではなく、くだらないギャグにも反応してくれるし愛想もいい
あれ、この子ってもしかしたら完璧超人じゃないのかしら
「万田ちゃんがなんか言ってるけど、進藤祐里は俺の嫁。祐里しか勝たんってこと」
まさかの和屋まで名乗りを挙げてきたのを聞いて、祐里さんも大人気ですねーと竜也は他人事のように感心している
まあ誰隔てなく優しいし、器量もいいし料理も上手
変な言い方すればお嫁さんにしたいランキング1位じゃないの?
知らんけど
他にもいろいろ名前が挙がっているが、美緒の名前が出ないことに竜也は不思議に思っていた
第三者的に見ても、祐里や光に負けてるとは思えないポテンシャルがあると思う
なにせ俺の初恋の相手ですし、おすし
そんなこんなでいろいろ盛り上がってるようだったが、千原が不意に寄って来ている
「お前さん、ホントはもう意中の人決めてるんじゃないのか?」
いつもの豪快な笑みを見せず、珍しく真剣な表情でそう問いかけられると、竜也はん?という感じでそちらの方へ視線を向ける
「まあ俺の口出すことじゃないけどな。変なことして刺されるなよ。愛してまーすって」
言って、千原は竜也の右肩をポンと叩いてまた選手たちの輪に戻って行く
「杉浦、ほら早く君も言わないか。ただ聞いているだけってのはずるいだろ」
いつの間にか黄泉の国から舞い戻った安理がそう促すと、部員たちも一斉に囃し立てる
知らねえよという感じで竜也はグラウンドの外に目をやると、美緒が手を振っているのが目に入った
おう、という感じで竜也が手を振り返しつつそちらに近づいていく
「今日はもう練習終わったの?」
美緒がそう訊いたので、竜也は首を振ってそれを否定する
終わったわけじゃなく、仲村やマネージャー達が戻るまでサボってるだけだと答えると、美緒はふふといういつもの笑み
「そうなんだ。終わったなら一緒に帰ろうかと思ったんだけどね。それなら仕方ないか」
言って、美緒はそのまま帰ろうとするが...不意に立ち止まると、竜也を手招きして呼んだ
それで竜也が傍に寄ると、美緒は耳元で小さく囁いた
「Sigue el camino en el que creías.」
スペイン語でそう言い残すと、美緒は笑みを浮かべて去って行った
残された竜也は、何を言われたのかさっぱりわからなかったのでその場に立ち尽くすだけだった