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竜也が戻ったあとも、祐里と美緒の間には静かな空間が広がっている

二人で部屋に入ってすぐ、美緒が「私は何を話せばいいのかな?」と言ったが祐里は黙ってそれを見つめるだけ
正直美緒は困惑しているが、かといって居間に戻れる空気でもない
竜也が入って来た時、一緒に戻ろうかと思ったくらいなのだが祐里の視線はそれを許していない

そして竜也はすぐにリュックを置いて戻って行ってしまったので、美緒は内心苦笑している
一体何の目的があってここに来たんだという感じだったが、ちょっとだけ重い空気が和らいだ気はする
美緒は水に手を伸ばして一口飲んでいると、祐里は居ずまいを正してからようやく口を開いた

「美緒はさ、竜のことどう思ってるの?」
いきなり直球を投げ込んでくる祐里に戸惑いつつ、美緒はいつものように笑って受け流すべきかどうかを逡巡していた
ふと祐里の目を見つめるとそれは真剣そのものだったので、茶化すのをやめた

「竜也は大事な友達だよ。私の初恋の人だしね」
言って美緒は居間のほうに視線を向けて微笑みを浮かべている
それを聞いて祐里は小さく頷くと、同じように居間のほうへ視線を向けた

「そっかぁ。まああいつがどう思ってるかは知らないけど、私は素直に引き下がる気はないから」
言って、祐里は目元いっぱいに笑みをたたえている
それを見て美緒は、いつもの祐里だと確信して内心安堵している


それじゃあ居間に戻ろうかと美緒が言おうとした矢先の出来事だった


突如爆風と爆音が襲い、居間への通路が吹き飛ばされた

祐里と美緒自身に被害はなかったが、あまりの音に二人とも耳が一瞬聞こえなくなっている

「祐里、美緒。無事か?」
居間のほうから竜也が叫んでいるが、その声は届かない
「祐里! 美緒ちゃん?!」
続いて光も思わず叫んでいるが、またしても爆撃音が今度は2階のほうへ届いたので完全恐慌状態になっている

爆撃が一瞬収まると同時、ようやく祐里と美緒は聴力が回復してくる

「祐里ー、大丈夫ー?」
光の泣きそうな声が聞こえてきて、祐里は思わず「大丈夫。美緒も無事だよ」と叫ぶ

「とりあえず逃げるぞ。光が探知機あるから、それで合流しよう」
竜也の声が聞こえると同時、また2階へ向けての爆撃
もう一考の猶予もない状態。祐里と美緒はリュックをそれぞれ持つと、ベランダから慌てて飛び出す

遠目でもはっきり見えた
半狂乱になってグレネードランチャーをぶっ放しているのは、野々原竜太郎だった
一人でなぜか号泣している

「このプログラムを! ウグッブーン!! ゴノ、ゴノブッヒィフエエエーーーーンン!! ヒィェーーッフウンン!! ウゥ……ウゥ……。ア゛ーーーーーア゛ッア゛ーー!!!! ゴノ! ! アッハッハアン!! ア゛ーープログラムを! ゥ変エダイ!」

泣き叫んでいるお陰で、家から飛び出した祐里と美緒には気づいていない様子
竜也と光の姿は粉塵と爆煙のせいで見えず、“居間”の方に向かうには野々原の目の前を通過しないといけないのでそちらには行けない

「Sigue el camino en el que creías.」
美緒は“居間”の方へ向かってそう呟くと、祐里の手を引く感じで家と野々原から離れたほうへ進んでいく
東田のいた家の方へ向かうのは嫌なので、平坦な道が続くほうへ進路を選んでいる

「光ちゃんが探知機持ってるんだよね?」
美緒がそう訊くと、祐里はすかさず頷いた。とにかく今は逃げようという感じで足早に歩を進める


うっかり祐里たち、そして竜也たちが逃げていくのを見逃した野々原だったが、本人は仕留めたつもり満々であった
日頃から無駄に可愛い女子と一緒にいる杉浦竜也の姿を見かけ、思わずグレネードランチャーをぶっ放してしまうファインプレイ
このプログラムという状況下においても、まだその可愛い女子たちと一緒にいるというのがまあ気に入らない
そう思った瞬間、いつの間にかグレネードランチャーをぶっ放していた。ただそれだけのお話

"この恨みは一生忘れない”
野々原は祐里、美緒、そして光に悉く振られている

"ワン西陵”を旗印に、一度気に言った女子と付き合いたい気持ちを抑えられずに告白からの玉砕...
ならまだよかったのだが、呼び出したのにその場に訪れる勇気もなくただ一人号泣
もう帰った後にようやく気を取り直してその場に行ったものの、すでに姿はない

「このような泥仕合を挑もうとすれば、仏の野々原竜太郎が、龍神と化して龍がごとく、来年のクラス替えを迎える前であっても、すべてを食らい尽くし、校舎を焼き尽くす程、追及しなければなりません」

本人が勝手に思っていた、捲土重来のチャンスがこのプログラムで訪れたというだけの話

一仕事やり終え、野々原は温泉に入りたい気分になっている
日帰り温泉の機運だったが、運悪く今はプログラムの真っただ中
憎き杉浦竜也を涅槃送りにした(野々村の脳内では)のだから、俺の仕事はもう終わり

杉浦竜也! あたなには分からんでしょうねえー!
俺が立候補して、この可愛い女子たちをうははあーん、この、この世のねうひゃあーうん、あああーん、あーん、この世のなはあん、ああーん世の中を、変えたい!

野々原が泣きながら喚いていると、パァンという音と同時に後ろから不意に激痛が走る
泣き顔のまま振り返ると、そこには銃を持って満面の笑みを浮かべている成瀬瑠那の姿がそこにあった

「これで二人目殺害。何とかなるなる」
崩れ落ちる野々村からグレネードランチャーを強奪し、高笑いをしている瑠那だったが急に銃やグレネードランチャーが手元から落ちる
??という感じで煙が上がっている家に映る自分の姿を見て、瑠那は呆然唖然とすることになる

瑠那は“虎”になってしまっていた
気づいたときにはすでにトラになっていた。
なぜこうなったのかがわからないが、これはラッキーだと思った

虎となった瑠那はそのまま走り去り、山の中へ姿を消した
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