取るもの取らずという感じで、竜也と光も慌ただしく家を飛び出している
グレネードランチャーを持って号泣している野々原の姿を尻目に光が「こっちよ」という感じで、狭い抜け道へ誘う
明らかに祐里や美緒と逆方向へ向かってるように思えたが、光は自信満々な様子だったので竜也は素直にそれに従う
「まずは野々原から逃げるのを優先。美緒ちゃんがいるから向こうは任せて大丈夫よ」
祐里一人なら心配この上なかったが、美緒が一緒なら確かに問題なさそうだ
野々原の姿はとっくに見えないが、光の先導する歩みは緩まない
光は既に“別の何か”を警戒しているようで、ひたすら周囲の気配に注意している
竜也が「もう大丈夫じゃないのか?」と聞いてもひたすら前進気勢
幸い誰とも遭遇はせずに十字路に辿り着く
そこでようやく光はリュックから探知機と地図を取り出し始めたので、竜也も歩を止める
光が探知機の電源を入れようとして、すぐに首を傾げている
竜也がどうした?と訊くと、光は項垂れたように首を振る
「動かない。起動しなくなっちゃった」
言いながら、何度も電源を入れようとしているが端末の画面は暗転したまま
さっきの爆発のショックで端末に異常をきたしたとしか思えないが、対処法がすぐに見つかるわけはない
「ここで立ち止まっていても仕方ないな。とりあえず戻るか」
竜也がそう言うと、光はすぐに首を振った
「それはそうなんだけど。さすがにあれだけ騒ぎが起きた場所にまた戻るのはさすがにね」
光がそう言ったが、竜也はその意見に同意するわけには行かない
明らかに不満そうな表情を思わず浮かべているのを見て、光はすぐにそれに気づき小さく笑みを浮かべる
「大丈夫よ。戻らなくても手段はあるから私について来て」
光は自信満々にそう告げたので、竜也もニヤリと笑みを浮かべる
「おお、言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい自信だ!」
竜也が茶化すと、光はチッチッという感じで顔の前で右人差し指を振ってみせる
「私を誰だと思っているの?」
“ハーバードが認めた才媛”。光は言った後自分の頭を指差してにっこりと微笑みを見せるので、竜也は光の次の言葉を素直に待つ
「まあ...ノープランなんだけどね」
言って光がVサインを見せると、竜也は思わずずっこける
まさかのノープラン宣言に頭を抱えそうになるが、光は妙に自信満々に構えている
それが不思議でならない竜也は再び質問タイム
「その割には随分余裕綽々に見えるんだけど、気のせいか?」
竜也にそう振られると、光はすぐに頷いてみせる
その様子は嘘偽りがあるように見えないので竜也の頭には疑問符しか浮かんでいないが、光は妙に自信あり気でいつも以上に涼しい表情
「隣に“星屑の天才”がいるんだからね。心強いわよ」
今度は光が茶化してくるので、竜也は思わず頭を掻く。俺なんていても何の役にも立たないだろと自嘲すると、光はそれをまたすぐに一笑に付す
光は再びチッチッというポーズをしてみせると、竜也の目をしっかりと見つめて微笑む
「人はね、好きな人と一緒にいるだけで心強いんだよ。勇気を貰えるんだから」
どこまで本気で言ってるかはわからないが、まさかの告白に竜也は戸惑いしかない状態
とはいえ光が急にこんなことを言うのだから、きっと何か裏があるというか考えがあるに違いないと竜也は内心睨む
そこで、光の言葉に“乗ってみる”ことにした
「なら俺からのギフトも受け取ってもらえるか」
竜也が右手でポーズを取ってそうアピールすると、光は笑みを浮かべてすぐに頷いたので竜也は続ける
「祐里、美緒、光の中で、俺が一番好みの顔は光だよ」
竜也がそう言ってサムズアップポーズをしてみせると、光は一瞬キョトンとした感じだったが、すぐに不満そうに口を尖らせている
「顔だけなの? “杉浦くん”って酷いこと言うんだね」
急に呼び方を変えて光はそう嘆きつつ、竜也のほうをきっと睨んでいる
その光の視線を受け、竜也はある日の記憶が不意に甦っている
いつもの4人でラッピで交わした他愛のない会話
「竜也の好みのタイプってどういう人?」
美緒が何気なく聞いてきたので、竜也もいつものように適当にそれに答える
「身長160センチ未満で、話が合えばそれでいいよ」
いつも言っているそれをさらっと言ったところ、普段から穏やかな光の表情が一気に鋭い視線に変わった
竜也どころか、美緒も気づかずふふと笑ってそれぞれ飲み物を手にしていたが、祐里は光の様子に気づいてあちゃーという表情を浮かべている
「“杉浦くん”、それってどういうことなのかしら? その答えによってはもうあなたとは口を聞かないことになるけれど」
光は冗談とは思えない口調でそう告げると、一人首を振って俯いている
竜也が戸惑っているので、祐里がそっと竜也に耳打ちしてアドバイス
『光の身長160センチだから。むくれてるんだよ』
それを聞いて、竜也はあっという表情を浮かべる
美緒もそれに気づいたようでふふと笑ってから、ほらという感じで促すので竜也は光の肩をポンと叩くといつもの見開きポーズ
「間違えた。160センチ以下だったわ」
そう言って光の出方を伺うと、仕方ないわねという感じで光は小さく笑みを浮かべて頷いた
それ以来の“杉浦くん”呼び
“あぁ、これはまた選択肢をミスったんだな俺”
竜也はそう察したが、下手にこれ以上余計なことを言うのもよくないとも感じた
となれば....答えは一つ
竜也は例によって見開きポーズをすると、光のほうをしっかりと見つめた
すると光はもう何を言うのかわかってしまったようで、同じように見開きポーズで見つめ返してくる
「その答えは...Tranquio.じゃ許さないからね」
先んじて言われ、竜也は内心苦笑するがここで怯むわけには行かない
“I was born to love you
With every single beat of my heart”
よりによってこの曲を口ずさむ大サービスを敢行すると、光は思わず噎せている
さすが光、この英詩の意味をすぐに察してくれたと竜也は内心ほくそ笑んでいた