「何なんだよ、何なんだよ」
サイレンススズカばりの逃走劇を敢行し、無事天明から遠ざかることに成功した竜也と光
竜也が思わずそう呟くが、息が上がりまくっているせいか光は返事をすることすらできない
それどころか、慌てて逃げ出した時に手を引いていたのでずっと右手を握ったままなことに気づき、「あ、ごめん」という感じで慌ててそれを振りほどく
照れくさくてそっぽを向いて誤魔化す竜也に対し、光はわざわざそちらの方へ歩を向け顔をまじまじと覗き込む
「あら離しちゃうのね。ずっとそのままでよかったのに」
涼しい表情で光がそう言ったので、竜也は勘弁してという様子
お陰で気分は少し紛れたが、それでもやはり思い出すだけゾッとする先程の豹変しすぎた渡辺天明の様子
頭に過るだけでゾッとするので、思わず身震いしていると光はすぐにそれに気づいて耳元で囁いてくる
「忘れたほうがいい。私も竜ちゃんも何も見てない。そうでしょ?」
光は力強い視線を送ってそう言っている。竜也だけに行ったわけじゃなく、自分にも言い聞かせているように感じるそれ
竜也はだなと小さく呟くと同時、ふといつぞやの美緒の言ったスペイン語が頭に過る
うろ覚えでしかないが、光ならその意味が分かるんじゃないかと思い聞いてみることに
「スペイン語? それなら竜ちゃんの方が詳しいでしょ」
光はそう軽口を叩いたが、竜也がうろ覚えの単語、そして日本語発音で美緒が言った“Sigue el camino en el que creías.”を伝える
ちょっと待ってねと一瞬思案した様子の光だったが、やがてふふと小さく微笑みを見せる
竜ちゃん、愛されてるねと思った光だったが、とりあえず“答え”を教えることにする
「“あなたが信じた道を進んでください”って感じだと思うよ。竜ちゃん、愛されてるね」
光がそう冷やかすと、竜也は思わず苦笑して頭を掻く
その様子を見て光は、また竜也の耳元で小さく呟いた
「Dos personas todo el tiempo」
竜也はへ?という表情を浮かべるが、光は既にあたりの様子を伺っている
人の気配は感じないし、さっきのような血生臭い匂いもない
とりあえずは“平和”といったところ
祐里と美緒を探さないといけないわけだが、興を削がれた感がつよく何か気分が乗ってこない
とはいえ、このまま暗くなってきている外にいるわけにも行かないわけで
腹減ったしね
「まずいわね。このままだと飢え死にするわよ」
光が真顔のままふざけたことを言っているが、あながちシャレになってないのも事実
光のリュックの中身は知らないけれど、俺のリュックにば食糧何も入ってないしね。水すら入っていなく、飲みかけの乳酸菌入りアクエリアスだけ残っている状態
しゃあない、銃で猟でもするか。獲ったどー(よゐこ濱口ism)
閑話休題
だいぶ周辺は暗くなってきていて、闇夜の到来を予感させる
このまま立ち尽くしていても事態が好転するわけでもなく、それどころか天明や翔のように“やる気”になっているやつにロックオンされてはたまったもんじゃない
探知機が壊れてしまった以上、自力で探さないと行けないのだがこれはなかなか難しい
闇雲に歩くのはリスクも高いし、光の体力の心配もある
どう考えても体育会系ではないからね
「疲れてないか?」
竜也がそう聞くと、光はすぐに首を振る
大丈夫だからねと気丈に言うその様子には嘘はなさそうで一安心するが、それでもあまり長時間はなと感じている
そこで、ふとスマホの存在を思い出す
あぁ、これでもう1回連絡すればいいんじゃないか
思い、竜也はスマホを取り出すと例によってゲームを起動しようとする
光はその様子を見て、なるほどと気づいたようで同じように起動しようとするが
「繋がらねえ」
竜也が思わず天を見上げると同時、光も無理だわとすぐにスマホをポケットに仕舞っている
確かにあまり無駄にあかりを灯して、ここに人がいるぞとアピールする必要はないわけで竜也もすぐにそれに呼応する
「対策されたか」
竜也が呟くと光はすぐに頷いた。最初にそもそも使えたのがおかしいのよと、ちょっと自嘲気味に言っている
合流する手立てを2つとも失い、これは本格的に危険な匂いがして来た
やべえなというかんじで竜也が左手で頭を掻いているのを見て、光はふふとそれを見ながら笑みを浮かべている
「竜ちゃんの癖ねそれ。困ったことあるとすぐそうやって頭を掻くやつ」
よく観察してるねーと感心しつつ、言うほど頻繁にやってないと思うんだがと竜也は内心小さく笑う
「いっつもやってるじゃない。特に祐里になんか言われた時とかに」
光がそう続けて、一人で思い出し笑いをしている
否めないなと思って竜也は思わず苦笑していると、光は不意に頷いて竜也のほうを見る
「そういえば、竜ちゃんはどうして図書委員やってるの? 言うほど本好きじゃないよね?」
相変わらず容赦がないツッコミ入りの質問だったが、竜也はそれを聞いて頷くといつものサムズアップポーズ
「そりゃ決まってるでしょ。水木光っていう美人さんと同じ委員になりたいからに決まってるじゃないですか」
竜也がドヤ顔でそう告げたが、光ははいはいという感じでそれをいなすとじっくりと竜也の目を見つめる
ただでさえ人の目を見て話さない竜也に、それは嫌がらせそのものでしかない
すかさず目を逸らすが、光の追撃は止まらない
「絶対なんか理由あるよね? めんどくさがりの竜ちゃんがわざわざ立候補でやるはずないもの」
図星だった。そう、理由がないならやるはずがないのは明白で、今まで追及されてないのが不思議なくらい
「昔の話だよ。それでいいなら教えるけど?」
竜也がそう言うと光は頷いたので、ちょっとだけなと言って歩きながら話し始める