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中学の時、委員会か部活は強制だった

竜也は野球部を3日で辞めてしまったので、委員会を何かしなきゃなーと考えていた
文化祭実行委員会だけはなりたくないなと思い、一番楽そうな図書委員をチョイス

実際放課後帰る時間が遅くなるだけで、特に難しいことも面倒なこともなくありがたいと思っていたのだが
もちろんそれだけで何度も図書委員会を続けているわけではない

「一人な、すごい仲がいいやつがいてさ」
竜也がそう言って小さく笑うと、光はちょっと意外そうな様子

「竜ちゃん、自分は友達少ないっていつも言ってたじゃない」
相変わらず容赦無用だったが、それは事実
いいから俺の話を聞いてなと言って竜也は続ける


週番で残っていた時のこと
髪はぼさぼさで、今起きました的な顔をした隣のクラスの図書委員の女生徒と一緒に竜也が当番で図書室に2人きり

その日は借りに来る生徒がいなく、暇を持て余していた竜也が適当にいつものように三国志を眺めていた時だった

「君と余だ」

その女生徒・松村未悠が不意に後ろから声をかけてくるので、竜也は思わず噎せる
様子を見て未悠は素知らぬ顔をしてまた図書委員の業務に戻っている
なんだなんだと思いつつ、再び三国志に視線を戻すがさっきの未悠の一言が頭から離れない

しゃあない、俺も仕事するかという感じで貸し出しリストや返却リストを眺めていると、いつの間にか後ろから再び未悠が忍び寄っている

「モッシュピット! モッシュピット!」
また不意打ちを喰らわせるとすぐに自分の作業に戻る、あまりにも自由すぎる未悠
こいつこそ真の制御不能じゃないかと思いつつ、竜也がなぜか拳王のポーズを決めてみせると未悠はその正面に立って見開きポーズで見つめてくる
それでお互い思わず顔を見合わせ笑ったが、やがて本を借りに来る生徒が徐々に来始めたのでその日はそこでおしまいだったが

その日以降、竜也と未悠はよく雑談をするようになっていた
不思議な感覚なくらい、波長が合うというかウマが合うというのか。どちらがボケてもツッコんでもいい関係
図書室では静かにしていないといけないので、互いのボケで笑ってはいけない選手権が常に開催されている状態

あくまで図書委員としてとだけの仲だったが、竜也は図書室へ行くのが日々楽しみになっていた
野球部を3日で退部して、暇を持て余すのかと思っていただけにこの環境は嬉しい想定外

1年はあっという間に過ぎ、仲の良かったクラスメイトの伊藤浩臣は去って行ったが、竜也はまだ心の支えを失っていない

「2年でも図書委員やるん?」
竜也がいつの日かそう聞くと、未悠はさぁ?という表情を浮かべているがやがて小さく頷いた

「君は友達少なそうだしね。仕方ないから続けてあげるよ」
期待を上回る軽口。少ないのは事実だし、さらにそこから親友が一人去って行っただけに絶対欠かしてはいけないパーツとなっている

2年に進級し新しくできた親友、酒井直也もたまに図書室に現れて3人で喋っているケースも増えている
稀に祐里も現れるが、祐里は未悠の世界観について行けないようでほどなく立ち去るケースがほとんど

「君の彼女かい?」
例によってそう聞かれるが、竜也はすぐにそれを否定する
どう見ても釣り合わないでしょと竜也が自嘲すると、そうだねと即答されて思わず噎せる

“あの子に君は勿体ないよ”
未悠は竜也に聞こえないようそう呟くと、何事もなく業務に戻っている
竜也は竜也で、まあ俺と祐里が釣り合うわけないわと自画自賛しつつ同じように仕事に戻った

月日は流れ2学期ももう終わろうかという頃
酒井直也が転校することを聞き、竜也はテンション激落ちの状態で図書室へ
いつも通り未悠と話して気分転換しようと思っていた矢先の出来事だった

どこか様子が違う未悠に気づいたが、あえて竜也は「腹でも減ったん?」と普段通り接する
いつもなら乗って来るところも反応が薄く、嫌な予感がビンビンに漂い始める

「ねえ杉浦、ちょっと聞いて欲しい事あるんだけど」
明らかにいつもと違うテンションでそう告げられ、もう死亡フラグしか立ってないなと感じたが聞かないわけには行かない

「笑えない話はやめて欲しいんだが」
竜也が思わずそう呟くが、未悠はごめんねと先に謝ってくる始末
もうその時点で、竜也の脳裏にはついさっき直也と交わした会話が頭を過っている

まさか...未悠まで転校してしまうのか
ないない、それはさすがにないと自分に言い聞かせる竜也だったが、待っていたのは悲しい現実

「私、3学期から大阪だってさ。この学校に居れるの今年限り」
言って、未悠は白い封筒を取り出すとそれを竜也に手渡す

「後で読んで。口で伝えると泣いちゃいそうだからさ」
未悠は小さく笑うと、いつもの穏やかな表情に戻って委員の仕事に向かう
しかし竜也は心ここにあらず状態で、この日はいつも以上にボーっとしたままただ時間だけが過ぎて行った

じゃあねという感じで別れ、竜也は誰もいない教室へ戻る
先程未悠からもらった手紙、ホントは家に帰ってから読むべきだと思ったが気になってしょうがないのだから仕方がない

封筒を開き手紙に目をやると、初めて見る未悠の文字が並んでいる
字を見るだけで人柄が伝わってくる気がする

“杉浦へ”
君と出会えてよかった。いじめられっ子だった私と普通に話してくれたよね
最初に会った時、この人ならと思って声をかけてみたんだ。言い方悪いけど、なんか似た匂いを感じたんだよね
それから1年半、いつも図書室へ行くのが楽しみだった。今までありがとね
お別れだけど、きっとまた会えるからさよならは言わないでおくよ

“hasta luego Cuándo.”

短い文章だったが、思いが伝わってきた
竜也はしばし呆然としていたが、何か予感がしたのですぐに手紙を封筒に入れてカバンに仕舞う
直後、祐里が教室へやって来る。オッという感じで、ちょっとおどけた様子を見せると
「竜がこんな時間まで教室にいるなんて珍しいじゃん。たまには一緒に帰る?」
そう声をかけるが、竜也の反応は薄い
ん?という感じで祐里がもう1度声をかけようとすると、竜也は不意に立ち上がる

「何で俺が仲良くなった人はみんないなくなるんだよ」
そう言った竜也の目には、小さく涙が滲んでいた
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