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目の前に現れた人影は川上進次郎だった

思い出語りに夢中で人が近くにいることに気づかなかったのは痛恨の極まりなく、内心動揺を隠し切れない竜也に対して光の様子は端から見ると落ち着き払って見える
そもそも光が動揺しているのを見たのは、朝の“教室”の中くらいの気もするけれど

「川上くん、祐里と美緒ちゃんを見なかった?」
まさかと思う前に、光は川上に話しかけている
大丈夫よという竜也の心配をよそに、暗くなってきた中でもわかる端正な顔だちに微笑みを浮かべたまま小さく首を振った

「私は見てないな。そもそもその2人に何か用でもあるのかい?」
逆にそう質問されると、光の目が怪しい輝きを灯す
スカートのポケットから銃を取り出すと、それを川上に見せつける

「決まってるじゃない。このプログラムよ?」
どこかわざとらしく、芝居がかった口調で光がそう告げる
それを傍観していた竜也は、“水木光さん、あなたは役者ですねえ”と感心していたが、川上は銃を見せられてもこちらもまるで表情を変えようとしない

「なるほど。いい心がけですね。私も見習わないと」
言って、川上は制服の襟を正している
竜也は何気に思ったことなのは、あれ、こいつってこんなに身長あったっけという素朴な疑問
光と同じくらいだった気がするのに、今そこにいる彼は170はある感じ


「そういえば...近くに渡辺がいたから気を付けてね」
光はそう言って、今自分たちが来た道とは違う方向を指差す
とことん役者だなと竜也が感じているが、そんなことは露知らずの川上は静かに頷いている

「頼りになる男渡辺か。なるほど、彼は確かに危険な存在だね」
いちいち絵になる喋り方をする川上は、まごう事なきイケボ
並みの女子ならコロッと騙されてもおかしくないレベルだが、光はもちろんそんな素振りを一切見せない

「あとは田原翔も危険だよ。私たち殺されかけたからね」
え、そうなのという感じで竜也も思わず驚いた表情を浮かべてしまうが、川上は凛とした表情の光に夢中なようで事なきを得る

「田原か。渡辺といい、彼らが本気を出せば確かに怖そうだ」
なぜか身震いをしている川上をよそに、光はこっそり竜也のほうを見て小さく頷いてみせる

“私に任せて”
口は動いてないのに、そう言ってるように感じ取れるそれ
もちろん最初からそのつもりというより、個人的に関わりたくもないと思っているので光に全権委任することに

「ねえ川上くん、この先に家とかあった? 私たち歩き通しで少し疲れちゃったんだよね」
やれやれ、もううんざりという表情で光がそう聞くと、川上は即座に首を振った

「残念ながら。あったら私もゆっくりしたいところなんだけれどね」
いちいちキザな感じで川上が語っている

何でこいつはいつも胡散臭いんだろと竜也は内心苦笑しているが、光はあくまで冷静に、事務的に川上とやり取りを続けている

「じゃあ私たちは先を急ぐから行くね。川上くんも気を付けて」
言って光はわざとらしく大袈裟に手を振ってみせると、おう、という感じで川上が頷く

「なら私は渡辺がいない方へ進むとするよ。君たちの武運を祈ってるよ」

去り際まで芝居がかっている川上だったが、静かに竜也たちに背を向けて歩いて去っている
その後ろ姿を見て竜也はようやく気付いた

「すげえ厚底履いてやがる」
竜也が思わず呟くと、光はふふと笑って小さく頷いたが、間もなく前へ進むように促している

「こっちに進むと家があるよ。きっとそこに祐里と美緒ちゃんがいる」
光が耳元でそう囁いたので、竜也は声も出ずに思わず目を丸くする
マジ?と言葉にならず口だけでそう動かしてしまうが、光はその眼もとに穏やかな笑みを浮かべつつ小さく頷いた

いつの間にか川上の姿は見えなくなっていた
それを見越してか、光はまた表情を緩めると竜也のほうを見てちらっと笑う

「彼は嘘つきだからね。ホラッチョ川上だっけ?」
光が川上につけられた“異名”を出すと、竜也は小さく頷く

誰が付けたか知らないが、あまりにもインパクトがありすぎるそれ

「その彼が祐里たちを見ていない。家も見ていないって教えてくれたんだからね、もう私たちの行き先は決まったようなものじゃない」
可愛い顔をして、言っていることはえげつない
今も涼しい表情で、川上の言っていることは全て噓だと言い放っているわけで

「まあ今はそれに賭けるしかないか。このままだとワシは飢え死にしてしまう」
相変わらずキャラがブレブレの竜也がそう言う
言うほど腹が減ってるわけではなく、場を和ますための軽口なのだが光は真に受けたのか真剣な表情を浮かべる

「大丈夫? お寿司でも出前頼もうか?」
人がいいのか、それともただの天然なのか
そもそも電話も繋がるわけがないのに、普通に電話をかけようとしている光の姿を見て思わず微笑ましくなっている

それに気づいた光は一瞬真顔になったが、すぐに表情を変えて竜也を手招きする
ん?という感じで竜也が寄って行くと、光が小さく耳元で囁く

「電話繋がるんだけど...」
マジ?と思わず声が出る竜也を人差し指で制すると、光は小さく頷いた

「お寿司屋さんにはかけてないんだけどね。ただ電話が繋がってびっくりしちゃった」
おいおいと竜也は思いつつ、なら祐里か美緒に電話しようかと告げようかと迷っているうち、一軒の家が見えてくる
そして...

「って、祐里も美緒いるじゃん。なんで外で待ってるんだよ」
竜也がそう呟くと同時、祐里と美緒もこちらに気づいた様子
祐里が大きく手を振っているのが見え竜也と光は思わず顔を見合わせて笑んだが、すぐにそれに呼応するように二人の元へ走って行った
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