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「無事だったんだね、よかった」
祐里はそう言いつつ、ほっと胸を撫で下ろしていた
しかしすぐに台所へ向かいつつ、お腹空いたでしょと言って早くも晩御飯の支度に取り掛かっている

美緒も手伝うよと言ってそれに続き、居間には竜也と光が取り残される

「で、さっきの話なんだけど。あれマジ?」
電話が繋がったことを光に再確認すると、光は無言でサムズアップポーズ

“これマジ”
言って、光は小さく笑みを見せるとちょっと作業してくるねと言ってパソコンがある別室へ向かって行った

さて、と竜也は思う
祐里や美緒、光には申し訳ないが...
どうしても未悠の声を無性に聞きたい。話したいという思いが募っている

そこで竜也は居間から離れ、光が向かった別室ともまた別の通路に陣取るとスマホの通話ボタンを押す

やがてすぐ未悠が出る
おい、マジで繋がったと思って竜也が思わず動揺しているとスマホの向こう側から、「もしもーし」という未悠の声が届く
見た目に反して、意外に野太いというか低めの声
恵体とはいえ顔立ちは可愛い系なのにこの声はある意味ギャップ萌え? 知らんけど

「あぁ、ごめん。今大丈夫?」
竜也がそう言うと、いいよーという未悠のいつもの返事

「君からかけてくるのは意外だったよ。何かあった?」
そう、未悠は竜也が電話嫌いというのを知っている
その竜也がわざわざ電話をかけて来たのだから、よほどの急用があるのかと察しをつけているようだった

まさかプログラムに巻き込まれて、ただ未悠の声が聴きたくなったと伝えていいものなのか
竜也が内心逡巡していると、スマホの向こうで未悠が小さく笑っているのが聞こえてくる

「まあいいんだけどね。もう少ししたら私からかけようと思っていたところだったし」
未悠がそう言っているのを聞いて、もうこんな平和な日常は戻らないんだなと改めて思ってしまい、大きなため息が出てしまう

「...やっぱりなんかあったんだね。しかも普通じゃなさそう」
もう完全に見抜かれているが、さすがに口に出すことは憚れる

だって言えるかよ?
プログラムに参加させられてますよって。きっともう会うことはできないって
そもそも信じないだろうし、バカにされて終わるような気さえする

「おーい、生きてるかー?」
無言が続いている竜也に業を煮やしたのか、未悠は再度呼びかけてくるので思わず竜也はボソッと呟いてしまう

「いや、ゴメンな。最後に松村の声聞けて良かったよ」
思わず出てしまった本音
電話をかけてきたうえに、いきなり意味不明なことを言い出してしまうのだから大抵の相手なら呆れて切ってしまってもおかしくないレベルなのだが...

未悠は違った

「どうした? 只事じゃなさそうだけど」
未悠のトーンがさらに下がり、明らかに心配した口調になっている
無駄に心配かけたくなかったんだがなぁと思いつつ、もうヤケのヤンパチ状態で竜也は今の状況を言ってしまうことに

「実はさ、プログラムに放り込まれた。今はまだ生きてるけど、きっと生きて帰るなんて出来ないだろ」
美緒が“策がある”とは言ってくれているが、実際人が死んで行っているのを何度も見ているだけに漏れてしまった本音

「俺のせいで死んでいったやつも見てるからさ、正直怖くてな」
言って、自分の情けなさだけが際立つ気がするが事実なので仕方ない
情けねえ(とんねるずism)


「ちょっと待って。冗談だよね?」
スマホの向こうから、さすがにちょっと動揺した感じの未悠の声。それに対し竜也は、いつものように“これマジ”と返すが明らかにいつもとテンションが違ってしまう

「わかった。それで今はどういう状況なの?」
未悠の質問に対し、竜也は素直に今の状態を話す
女子3人と一軒の家に身を潜めていると伝えると、おいおいという未悠の笑い声が届く

「モテモテじゃん。刺されても知らないよ?」
言って、愛してまーすとどっかの某エースのモノマネまで入れてくる未悠
思わず竜也もちらっと笑ってしまうが、未悠がスマホの向こうで一人頷いているのが聞こえている

「とりあえずわかった。けど一つ覚えといて。私と君はまた会うんだからね」
励ましてくれている未悠の気持ちはありがたかったが、その可能性は限りなく薄いという思いしかない

「俺のことはもう忘れてくれ。まあ、言われなくても大丈夫か」
竜也が無駄にカッコつけて締めようとすると、スマホの向こうから未悠のバーカという笑みを含んだ声

「それは君が決めることじゃないから。絶対諦めちゃダメだから。諦めなければ夢は叶うからね」
未悠がちょっと怒り気味にそう呟いたが、竜也はすぐにそれに呼応する

「諦めなければ夢は叶うって言葉、俺は嫌いだけどな。けど、どんな状況でも諦めなければ光は見えてくるはずだよな」
自問自答するように竜也が言うと、スマホの向こうでうん、うんという未悠の声

「どんな厳しい状況でも諦めさえしなければまた上を向くことはあるんだからね。それだけはしっかり覚えておいて」
顔は見えていないのだが、はっきり未悠の表情が見えた気がする不思議な感覚だった
竜也は未悠に強い決意を持った視線でしっかりと見据えられた気分になり、どことなく前向きになった気がしている

『竜、光。何してるの? ご飯できたよ』

祐里が呼ぶ声が聞こえて来た
そろそろ潮時かと思い、じゃあ切るなと竜也が告げると未悠はわかったと小さく呟いたあと続けた

「とりあえず、君が今することは一緒にいる子たちをしっかり守ってあげること。いいね?」
言って、未悠はふふふと意味深に笑っている
それを問い質そうかと思ったが、再び祐里の呼ぶ声が聞こえてきたのでやめることにした

「じゃあな」
「Hasta luego cuándo.」

“また後で”
そう言われた竜也だったが、もう電話は繋がらなくなるよなーと内心感じていた
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