「そいえば美緒知ってたっけ?」
居間でくつろぎ中の祐里が美緒にいきなりそう振ると、唐突すぎて美緒は“ん?”という感じの表情
しかしそれを気にせず、祐里は光と竜也が向かった部屋のほうを見て目を細めている
「竜をボーカルにしようって言ったの、私じゃなくて光ってこと。美緒に教えてたっけ」
何で今それを?という思いはあったが、初めて聞いたことでしかも意外なことでもあったので美緒は興味津々な様子に変わる
「それは初耳だよ。光ちゃんも全然そんな気配見せないし、竜也も教えてくれてないし」
美緒がそう答えると、祐里はあははといつもの笑い声
「そりゃそうだよ。竜も知らないもんこれ。あいつは私が無理やりやらせたとしか思ってないだろうね」
祐里が含み笑いをしていると美緒もそれにつられて笑みを浮かべるが、やがて何か思いついたのか小さく頷いてみせる
「意外だね。祐里はその理由知ってるの?」
聞かれた祐里は笑顔のまますぐに頷いている。もちろんだよ、と
しかし美緒は意外、という思いを捨てきれない
なぜなら、“4人”でカラオケに行くと、竜也はいつも特撮ソングやアニソンなどを適当に歌っているところしか見せていないので
美緒と二人で行ったときはたまに真面目な曲も歌ってはいるが、基本好きなように楽しんでいるのが竜也のカラオケだったので
それを美緒が率直に言うと、祐里はまたあははと笑っている
それねーと、美緒の意見を肯定しつつ再び光たちのいる部屋を見て目を細める
「3人でカラオケ行ったときの話ね。まだ美緒が転校してくる前」
そう前置きしつつ、祐里はとある日の出来事を話し始める
放課後、祐里、光、竜也の3人でのカラオケ
相変わらずウルトラマンレオを熱唱している竜也を部屋に置き、祐里と美緒はドリンクバーでジュースを補給へ向かう
「あ、俺コーラで」
歌いながら竜也がそう声をかけると祐里は右手を上げてそれに応じたのだったが
コップにジュースを注ぎながら、光は苦笑した様子で祐里のほうを見ている
「どうかした?」
コーラを注ぎつつ祐里が尋ねると、光は小さく首を振ってみせる
「杉浦くん。いつもあんな曲ばかり歌ってるの?」
光がそう聞くと、祐里はあぁという感じで頷きつつ小さく首を振ってそれを否定
「そんなことないんだけどね。きっと照れ臭いんだよ」
あいつシャイだからさと言って祐里が笑みを浮かべていると、光は何度か首を傾げている
友達なんだから気にしなくていいのになーと光が呟いているので、祐里は焦らないのとそれを宥めていると不意に祐里のスマホに着信音
「あ、仲村からだ。明日の練習試合の打ち合わせかも」
そう言って、祐里は光に先に戻っててと告げたので光はコップ2つを持って部屋に戻ることに
両手が塞がっていて戸を開けるのに手間取っていると、部屋からさっきとは別の歌が聴こえてくる
光が思わず耳を澄ますと、聞いたことがない切ないバラード
“街角にポツンと飾られた古い映画のポスター
あの日君と見た場面心を擦り抜けてく”
え、これ杉浦くん歌ってるの?
光はその場で思わず立ち尽くしている。何か部屋に入ったら、竜也が歌うのを止めてしまうそんな気がしたから
妙に感情を揺さぶられる歌に聴き入っていると、やがて祐里がその場にやってくる
「どした? 入らないの?」
言って祐里がすぐに戸を開けようとすると、光は首を振ってそれを制する
相変わらず微かに届いてくる竜也の歌を聴き、祐里は小さく笑みを浮かべて頷いた
「もしかしてだけど...竜が真面目に歌ってるから入れなかった?」
祐里が光の耳元で囁くと、不意に光の目から一筋の涙
え、どういうこと...?
祐里が思うと同時、曲は終わったようだった
やがてドアが不意に開き、竜也が「ゴメンな、気づかなくて。両手塞がってるから開けられなかったんだろ」
言って、光からコーラの入ったコップを受け取っている
どうやら光の“異変”には気づいていないようで、そのまま着席してほら、早く曲入れろよと2人に促している
祐里は再び光の方に視線を向けると、それはいつもの光の凛とした表情だったのでさっきのは見間違いだったのかと思っていたのだが
「ごめんなさい。気にしないで」
光はすれ違いざま小さくそう呟いていた
その日の竜也は適当な選曲を繰り返すだけで終わったのだが、その翌日の出来事
祐里が練習試合を終えて帰宅すると、間もなく光から着信があった
「こないだ話してた文化祭の件だけど、ボーカル杉浦くんに頼まない?」
唐突すぎるそれ。祐里が返事を出来ずに戸惑っていると、光は珍しく饒舌に続けている
「私や祐里が歌うより、杉浦くんに頼んだほうがいいと思うんだよね。祐里も一緒にやりたいでしょ?」
光の声は弾んでいる。そりゃ確かに一緒にやりたい気持ちはあるけれども、竜也の性格を一番知っているだけに難解すぎるとも思っている
「大丈夫。祐里が誘えば杉浦くんは断れないって。私も後押しするから」
祐里の気持ちを見透かすように光からのダメ押し
まさかの本気だったのかと内心苦笑しつつ、、ダメ元で竜也にオファーを出してみると渋々ながら応じてくれ、その後はご存じの通り
頷きながら祐里の話を聞いていた美緒だったが、話し終わったのを見てなるほどねと言って小さく笑みを浮かべている
そして光と竜也がいる部屋の方へ視線を向けると、「光ちゃん、二人きりになれて喜んでるかもね」と呟いた