戻る
「それで、調べたいことは終わったん?」
急に竜也が素に戻りそう訊くと、光は静かに右親指を立ててサムズアップポーズ

「もう大体問題ないわ。あとは美緒ちゃんが言ってた通り、明後日の夜まで逃げ延びれば私たちの勝利ね」
言って光は居間に戻ろうかと竜也に促すが、それをなぜか拒否する

「にゃ、俺はしばらくここにいるよ。色々あって身も心も疲れた」
竜也はそう返すと、思わずその場に横になる

一日中緊張感の中歩き回りったのだから当然なのだが、体中に異常に疲労を感じている
野球部の竜也でそうなのだから、他の3人の女子はもっと堪えているに違いない
しかしそれを一切見せないのは強いなと内心感じている
俺なんてわかりやすいくらい態度や表情にそれを出してるのに

「ふふ、こう見えても私も疲れてるんだけどね。気づいてない?」
そう言う光の表情は、いつも通り涼しげ
とはいえ、両手を合わせて天に上げるかのように伸びをしている姿は、今まで見せて事のない無防備なそれ

いつもの“水木光”は虚像で、今ここにいるの自然体なのが本当の水木光なのかも知れない
知らんけど

「竜ちゃん、疲れたならゆっくりお風呂でも入る?」
それはとても魅力的な提案だったが、この状況下でその行動はアリなのだろうか

「大丈夫だって。まあ、根拠はないけれどね。あくまで私の勘だけど」
普通の人がそう言っても信用できるはずがないが、目の前にいるのは“天下の才媛”
そうか、問題ないのかという思いにさせてくる妙な説得力

「それじゃあ私はお風呂の準備してくるわ。祐里や美緒ちゃんもきっと入りたいと思うんだよね」
言うが早いか、光は居間のほうへ姿を消している
竜也もそれを追おうか少し考えたが、想像以上に体がだるいためしばしここで横になることを選択

ホント今日1日は長かったなーと、思わず寝転がったまま伸びをしているとなぜか妙な胸騒ぎを覚えた

何だ何だ、今のは...?
思い、竜也は居間のほうへ向かわなければという使命感から素早く起き上がる
すぐに向かおうとした直後、不意に部屋の窓ガラスを小さく叩くような音が聞こえた
やばい、手元に銃がないと思った竜也だったが、なぜかその窓を叩く音に敵意というか殺意を感じなかった

光が傍にいればきっとしなかった行動
竜也はカーテンを開け、窓の外を見るとそこには薄汚れた感じで疲れ果てた表情を浮かべている小松原洋平の姿があった

竜也が静かに窓を開けると、洋平は部屋の隅に転がっている水のペットボトルを指差している

「悪いけど、その水をくれないか? ちょっといろいろあってな」
苦悶の表情にすら見える洋平の様子を見て、それを断れるほど竜也はヒールにはなり切れない
幸い光が口をつけた形跡もなかったので、竜也はペットボトルを手に取ってそれを渡す

洋平は大きめの一口でそれを飲むと、思わず大きく息を吐いた
それから竜也の目を見て、小さくありがとうと呟く

いつもは無表情というか、クールを気取ってる感がある洋平なのだが、目の前にいる彼からはそんな様子は微塵も感じさせない
もう一口水を飲むと、洋平は一人頷いてから竜也の顔を見て再び頭を下げる

「助かったよ。君と進藤がさっき外にいたのを見かけて、思い切って声をかけてみて正解だった」
洋平がしみじみそう呟いてるのを聞いて、竜也は内心危なかったという思い
もし敵意があるやつに見つかっていたら、グッバーイだったってことじゃん。今後自重しよ

「それにしても随分ボロボロだな。何かあったのか?」
竜也が尋ねると、洋平は静かに首を振った

「翔くんと合流しようと歩き回っていただけなんだがな。全然見つからない上に、急斜面の上から井伏に岩やらいろいろ投げられて。避けてるうちにこの有様だ」
あまり喋るほうではない洋平が朴訥とそう語っていたが、やがて驚いたように目を丸くしている
竜也がそれに気づき、洋平の視線を追うとそこには...

外にいる洋平に向けて、銃を向けている祐里の姿があった
思わず竜也がそれを制そうとするが、祐里は静かに首を振る
祐里は銃を洋平に向けたまま、ここから消えてと強めの口調で告げる
おい、と竜也が窘めるが洋平は小さく笑みを浮かべて頷いた

「招かれざる客だったみたいだね。杉浦、水ありがとう」
言って洋平がすぐに去ろうとすると、竜也はちょっと待ってと呼び留めるともう1本の水のペットボトルを手渡した

「夜道だから気をつけろよ。あと、田原と合流するのはやめた方がいい。俺はあいつが人を殺すところ見ちゃってるし」
竜也が助言すると、祐里がそれに追随する

「私と光も田原に襲われかけたんだから。その田原の友達を信用できないのはわかるよね?」
言葉こそキツいそれだったが、銃は既に洋平の方へは向けていなかった

黙って二人の話を聞いてきた洋平だったが、やがてまた一人小さく頷くと竜也の顔、それから祐里のほうを見てちらっと笑みを浮かべる

「俺さ、不器用だったり、何を考えてるのかわからないって言われたりしてるけど人を見る目はあると思っているんだ。君たちが見た翔くんはまあ事実なんだろうけど、それでも俺は彼を信じてみたい。親友だからね」
言って、洋平は竜也と祐里のほうを改めてしっかりと見つめると二人にそれぞれ拍手を送った

竜也と祐里が呆気に取られていると、洋平は静かに振り返ってきた道を戻ろうとしている

「小松原、気をつけてね。田原はもうあんたの知ってる田原と別人になってるから」
祐里が思わずそう声をかけると、洋平は右手を上げてそれに答えたがその姿はあっという間に見えなくなっていた
Next
Back