「ちょ、竜。どうしたのさ」
部屋に入るなりの祐里の第一声。素で驚いた表情で思わずそう声をかける状況
竜也は一人でなぜか目に涙を浮かべていて、祐里が入ってきたのに気づいても様子は変わらない
しかし祐里は気づいてしまった
竜也の視線はSwitchのほうにしか向いていないということに
「何やってるのさ」
祐里がそう声をかけると、竜也はほいっという感じでSwitchを渡してくる
その画面を祐里が見ると、そこに表示されていたのはアドベンチャーゲームの1シーン
「ホント、あんた涙脆いよね。私も人のこと言えないけどさ」
祐里はあははといつものように笑うと、竜也にSwitchを戻す
いいとこなんだから邪魔しないでくれと軽口を叩く竜也に対し、祐里は窓を見て驚いてる
「ってあんだ、カーテンくらい締めないとやばいっしょ。誰か来たら...」
言いかけ、祐里は目を丸くして驚いている。驚くというより、あまりの出来事に思わず語尾が震えていた
長年の付き合いということもあり、竜也はもちろん祐里の異変にすぐ気が付く
ん?という感じで祐里のほうを見ると、祐里は窓の外を見て硬直しているので竜也も同じようにそちらに視線を向ける
そこには、満面の笑みを浮かべて“トーチャーツール”・レンチを持った田原翔が祐里と竜也に向けて手を振っている
翔に祐里は襲われかけているし、竜也は翔が中嶋を撲殺しているのを見ている
そして今、手元に銃はない。万事休すといったところだったが、なぜか竜也は妙に落ち着いている
祐里にそっと「俺に任せてくれ」と小さく耳打ちすると、祐里は涙目になりつつ小さく頷く
竜也は窓に近寄ると、何食わぬ顔で「よっ」と言いつつ、右手を上げて窓を開けて歓迎の意を示す
「どうした。洋くんならさっきまでここにいたけど」
クラスにいたときは仲が良かった洋平の名前を出して様子を伺うと、翔は笑顔のまま何度も首を振っているだけ
あぁ、これは本格的にやばいかもと思いつつ、あえて平静を装ってもう一人の名前を出してみることに
「そういえばナベちゃんも見かけたぞ。何か翔くんと会いたそうな雰囲気が出ていたぞ」
どう見ても危険人物に変貌していた、渡辺天明の名前を挙げると翔は興味津々な様子
「洋平? 話にならんな。生まれ変わって出直してこいや。義信といい、ああいう悪い奴はよ、お仕置きしねえとな。世のため人のため、俺が戦うぞ!」
言って、翔は祐里が持っているコーラを指差している
祐里は固まって動けず、それで翔の表情が変わりそうなのを察した竜也は素早い動きで2本とも手に取るそれを手渡す
「俺の実力がよ。俺が最強だってことが分かっただろ」
満足げに翔が頷いていたが、やがて今度は翔が目を丸くして驚いている
「竜也..離れて!」
竜也が翔の視線を追うと、そこには銃を構えている美緒の姿があった
しかし竜也は顔色一つ変えず、そのまま翔と相対することを選ぶ
「俺たちと関わらない方がいい。そのまま去ったほうがいいと思うよ」
竜也が静かにそう呟き、ニヤリと不敵な笑みを見せると翔はますます怯えた表情に変わる
「終わりだ、終わりだ、終わり! お前らは何も吹っ掛けてきてない。はい、以上!」
異常に早口で翔がそうまくしたてていると、今度は光まで銃を持ってこの場に現れるからもう大変である
「じゃ...じゃあな」
翔は2本のコーラをリュックに素早く仕舞うと、No Tranquilo.な感じでものすごい勢いで走って行った
その姿はあっという間に見えなくなり、竜也は思わずふぅと大きく息を吐く
「ったく、ホントキミは無茶しすぎだよ」
美緒が呆れた表情でそう告げると同時、祐里は緊張が解けたのか思わずふらっと来ているのを光に支えられている
「怖かった...怖かったよ」
祐里が半分涙声になってそう呟くのを、光がよしよしという感じで宥めている
「とりあえず戻るか」
竜也が促し、4人はそれぞれ居間に戻ることに。もちろん窓にはしっかり鍵をかけ、カーテンをかけることも忘れずに
「ヤツがにこやかに手を振っていたからさ、こっちも敵意はないぞとアピールしてやったんだよ」
竜也はそう言いつつ、まだ震えが収まらない様子の祐里の右肩を軽くポンと叩く
「最悪自分が犠牲になっても祐里は助かるって算段でしょ? これだからキミと祐里を二人きりにしたくないんだよ」
美緒はやれやれという感じで竜也のほうを見ると、竜也はわざとらしく両耳を塞いで聞こえませんアピール
「結局上手く行ったのが不思議なのよね。竜ちゃん、どういう魔法使ったの?」
光はいつもの凛とした表情ではなく、嘘っぽい笑顔を浮かべて竜也を見つめる
その視線に気づきつつ、竜也はあえてTranquilo.で何も答えずにただ祐里を優しく見つめるだけ
「ホント、キミは大した役者だよ。次の文化祭はキミ主役の演劇でもやるかい?」
美緒が茶化すと、それには竜也は即座に反応を示す
小さく首を振り、俺が目指しているのはそこじゃない。“ドラマを超えた熱狂”だからと嘯くと、「関係ないね」と言ってニヤリと笑みを浮かべる
ようやく落ち着いて来たのか、祐里の体の震えが収まって来ていた
あー、喉乾いちゃったと言って立ち上がると、祐里は冷蔵庫を眺めて悪い表情を浮かべている
「祐里、麦のジュースはダメよ。麦茶ならいいけど」
光が素早く指摘すると、祐里はちぇーという感じで何度も首を振ったので竜也と美緒、光はそれぞれ苦笑した