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“竹に短冊七夕祭り 大いに祝おう ビールを一本頂戴な~♪”
祐里はそう口ずさみつつ、未練がましく麦茶を痛飲している

函館独自の行事 “ローソクもらい”
それをもじったオリジナルソング

祐里の母親が竜也の母を誘いに来たときに歌ったそれが、祐里や竜也のツボに入ってお気に入りになっている

「昔七夕一緒に回ったよね」
不意に祐里がそう呟くと、美緒と竜也は顔を見合わせそんなこともあったなーという感じで小さく頷く
高校からの付き合いの光はちょっと興味を持っている

「何か思い出あるの?」
光がそう振ると、美緒がふふといつもの微笑み

「3人で回ったのは1回だけだけどね」
転校しちゃったからとちょっと寂し気にそう言ったが、3人での思い出があるだけマシじゃないと光が窘めたのでゴメンという表情

「あの時かぁ。いろいろあったねぇ」
祐里が竜也のほうを見て微笑むと、竜也は意味深にニヤリと笑みを浮かべている


ある年の七夕
祐里、美緒、竜也の3人で“ローソクもらい”へ行くことに
本来なら親が一人付き添うべきだったのだろうが、あえて子供3人でも行動

祐里と美緒はそれぞれ浴衣、竜也は母親の悪戯でびしっと決めた子供用白スーツ1式

“遠くに行っちゃダメだよ”との伝言の元、3人は仲良く色々な家を回ってたくさんの『戦利品』を得ていた
外もだいぶ暗くなってきたこともあり、そろそろ戻ろうかという空気が出てきた中での出来事だった

ふと気づいたら、祐里の姿が見当たらなくなっていた
動揺を隠せない美緒に対し、竜也は妙に落ち着き払っていた

「美緒ちゃん、落ち着いて。まず祐里ちゃんの家に行って、おばさんに連絡してこよう」
幸い、祐里の家まで近い場所だったので祐里の両親に連絡を済ませた
返す刀で竜也の家にも寄って母親にその旨を告げると、竜也の母は「美緒ちゃんを送って、あんたは家にいなさい」と言われたのだったが、竜也と美緒はそれを拒否して一緒に探させてと懇願

さすがにそれを無碍には出来なかったようで、竜也と美緒は竜也の母と一緒に“祐里捜索”へ
竜也の母と祐里の両親はスマホでやり取りをしながら探しているが、なかなか見つからない

「もしかしたら...電車通り渡ってないよね?」

学校からのお達し。“電車通りを超えてローソクもらいをしてはいけません”
3人で回っていた時は律義に守っていたそれ、美緒がそう呟くと竜也は何か思いついた表情に変わった

「母さん、祐里ちゃんきっとあそこにいるよ」
竜也は市電の線路を超えた先にある文房具屋を指差した

ふと思い出した出来事
祐里がいつぞや話していた、「私このお店好きなんだ。ここにいるといつも時間経つの忘れるのさ」
きっとそこにいる、竜也にはそれはもう確信めいたものになっていた

信号が変わり、3人がそこへ向かうと店員と楽しそうに談笑している祐里の姿があった
思わず美緒が泣きながら駆け寄ると、それまで楽しそうに話していた祐里の表情が一気に涙目に変わる

その後竜也の母が祐里の両親に連絡し、めでたしめでたしの結果になったのだったが


「あの時の竜也、妙に冷静だったんだよね。幼心にあれはカッコよすぎたよ」
美緒が茶化すと、竜也はすぐに止めろという感じで照れ臭そうに右手を振ってそれを制すと、それを見た祐里はあははといつもの笑い声

「あの時さ、クラスで仲良かった子に偶然会って竜と美緒から離れちゃったんだよね」
言って、祐里は今更ながら申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げている

あの時、両親にこっぴどく怒られたのを知っているだけに殊勝な祐里を見て竜也と美緒はそれぞれ顔を見合わせて小さく笑みを浮かべる
そしてすぐに祐里はいつもの表情に変わり、光を見つめる

「光は何か七夕の思い出ってないの?」
唐突に振られた光だったが、すぐに小さく首を振った
いつもの涼しい表情で、「私函館に来たのは中学からだからね」と告げたが、それでは話が終わってしまうと感じたのかはわからないが光は不敵な笑みを浮かべている

「じゃあ私も面白い話を一つだけ教えてあげる。姉がいることは教えてたよね?」
見たことはないけれど、姉がいるというのは何度か話に上げていたので知ってはいた
きっと美人で頭がいいんだろうなーくらいに思っているそれ

祐里と美緒も同じように頷いていて、それがどうかしたのというような穏やかな表情
それに気づいた光は、今まで以上に研ぎ澄まされたクールな視線を3人それぞれに送ると、一人でふふと小さくほくそ笑む表情に変わる

「実は私、双子なんだよね。今まで隠して来たけど」
唐突すぎるそれに竜也は戸惑っているが、なぜか祐里と美緒は驚いた様子を見せていない

それどころか祐里はあははと笑って光の言ったことを肯定しているし、美緒もふふと小さく頷いている

「私は知ってたよ。何度か球場で見かけたよ?」
祐里がそう告げると、光はあまり見かけたことがない驚いた表情を浮かべている

「二卵性で似てないのよ? どうしてそう思ったの?」
光が祐里に尋ねつつ、自分のスマホの画面を見せる

そこには光と“美少女”の2ショット
どっかで見た感じがするようなしないようなそれ、確かに光には似ていないが見る人を惹きつける何かを持っている感じがするビジュアル

思わず目が“ほの字”になっていたのがバレたのかも知れない
美緒が光に「竜也、お姉さんに一目惚れしてるよ」と囁くと、光はすぐにスマホの画面を閉じる

「さっき“I Was Born To Love You”を歌ってくれたのは誰だったかしら?」
凛とした表情で竜也を光が見つめると、竜也は素知らぬ顔でまた別の曲を口ずさんでいる

“一人の人間(ひと)をずっと好きでいるのは難しいよ”

タイミング抜群の選曲に、光と祐里、そして美緒はそれぞれ表情を見合わせて苦笑していた
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