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いつの間にか制服に着替えた竜也、同じようにそれぞれ制服に着替え終わっている祐里、光、美緒は小さく頷いている

各自風呂を済ませた後、わざわざ“正装”にしたのにはちゃんとした意味があった

なぜか急に再び動作した『探知機』が危機を知らせてくれている


「双尾だけでも厄介なのに、井伏や小崎までこちらに向かっているように進んできているのはさすがにCabron.だぜ」
竜也は大仰にそう言ってのけると、美緒はふふと笑って同意を示す

「渡辺もまだ近くにいるし、どうやら田原も合流した感じだよねこれ」
探知機を見て祐里がやれやれという感じで嘆いていると、光は静かに首を振ってそれを制する

「だからこそ、早くここから逃げ出すんでしょ。思い立ったが吉日ってやつね」


二手に分かれてこの場から立ち去ることを決めた4人だったが、すんなりそれが決まったわけではなかった

これはほんの数刻前の出来事
美緒の後、祐里、光と風呂を済ませて小休憩といったところで各々水やお茶を飲んでいたところ
不意に沈黙を続けていた探知機が“再起動”していた

なぜかたくさんの人がこちらに向けて進んでいるように見え、即座にここから離れようということに決まりそれぞれ荷物を纏めて出立準備完了
竜也と美緒、祐里と光という組み合わせに結局収まりそれじゃ出ようと言った時に事件は起きた

「また後でね」
美緒がいつもの調子で言って小さく右手を振り、祐里と光が先行しようとした矢先
竜也が不意に「祐里たん、またね」とぶちかました瞬間...場の空気は一変した

普段から穏やかな表情を変えない美緒が、まるで汚物でも見るかのような蔑んだ視線で竜也を見つめている
そして呼ばれた祐里も、心底呆れた感じで何度も首を振る。誰が見ても怒りを隠し切れないそれ
しかし空気を読むのを止めた竜也は、あえて「美緒たん、どうしたの?」と続けてさらに火に油を注ぐことに

「あのさ、もしもう1回その呼び方するんだったら...わかってるよね」
そう言った祐里は普段見せたことのない冷たい表情を浮かべているし、いつもすぐにフォローを入れてくれる光も呆れた表情を崩さないでいる

竜也は思わず光に助けを求めて縋るような視線を送るが、それは華麗にスルーされた

結局竜也は、「ごめん」と素直に謝るしか手立てがない状況に追い込まれた


それから出発までの短時間、“反省会”という名の問い詰めが始まった

「Twitterでさ、~たんって呼んでるやつがいるのを見てちょっと真似してみたかった」
悪びれずに竜也が素直に打ち明けると、美緒は苦笑いを浮かべて静かに首を振った

「あのね...どうしてそんなレベルの低い人のマネをする必要があるの?」
容赦無用のぶった切りに竜也は返す言葉もなく項垂れているので、今度は祐里が続ける

「本気でやってるなら100年の恋も一時に冷めるよそれ? あんたの顔見るのも嫌になりそうだったよ」
言って、祐里は竜也の目をまじまじと見て笑みを浮かべている。表情こそ笑顔だが、その瞳は心底から笑っている感じではない
どこか恐怖心を覚えるそれで、再び竜也は光に助けを求めている

唯一“たん”で呼ばれなかった光は、「祐里も美緒ちゃんもなかなかキツイね。竜ちゃん泣いちゃうよ?」と真顔で告げる

光が言うまでもなく、竜也は明らかにしょげ返った様子でこの場に居るのが辛い感じに見受けられる
“消えてしまいたい”(後藤洋央紀ism)

取るもの取らずという感じで、竜也がすっと立ち上がる
そのまま祐里たち3人に目を合わせようともせず、この場から立ち去ろうとしたのに気付いた祐里はすぐに竜也の目の前に立ちはだかる
すかさず光と美緒は竜也の背後に回って退路まで塞いだので、竜也は小さく首を振る

「もう一緒にいる権利ないみたいだしさ、ほっといてくれよ俺のことなんて」
どこぞのドラゴンのように滑舌が悪くなかったので、“モイスチャーミルク配合です”にはならなかったが、異常に早口でそうまくしたてたが、祐里はそれをいつものあははではなく、小さく微笑みを浮かべつつ静かに首を振った

「あのさ、私たちが本気で怒ったならここに留まってるわけないじゃん? てか私さっき余計なこと言ったよね。忘れなさい」
祐里はそう言うと、いつものあははという笑い声
それにつられたように、光と美緒もふふと笑みを浮かべている

「あー、もうわけわかんね」
竜也はそう言って、いつものように髪を掻きむしるポーズをしているが祐里たち3人は静かにそれを見つめているだけ

「俺一人で勝手に死ぬから、お前らは頑張って生き残ってな」
竜也が投げやりでそう告げるが、誰一人それに呼応せずにはいはいという感じで受け流している

「もういいから。美緒、後はよろしくね。私と光はもう出るから」
祐里はそう言った後、竜也の目を改めてしっかりと見据えた

「杉浦竜也、しっかりしろ。“物事が変わるのは一瞬”っていうけど、私たちの関係はそんな安いもんじゃないでしょ?」
言って、祐里が竜也の右肩をぽんと叩くとようやく竜也の目にいつもの生気が戻りだす
さらに光も竜也の左肩にポンと右手を置くと、「待ってるからね。美緒ちゃんの言う通りにするのよ?」とまるで母親が子供をあやすかのような優しい口調

そのまま祐里と光が出立の気配
美緒が竜也の横に立ち、「ほら二人行っちゃうよ。声かけてあげて」と促すと、竜也の瞳は普段の輝きに戻る

「それでは...NUEVO COMIENZO(新たな始まり)と行きましょうか」
言ってのけ、いつもの見開きポーズを披露するとニヤリと不敵な笑みを浮かべた

「“逆転の杉浦竜也”をお見せしますよ。さっきはマジでもうこの世の終わりだと思ったけど」
竜也はそう言って苦笑しつつ、左胸をポンと叩いて右拳を突き上げるいつものポーズ

祐里は小さく笑みを浮かべると、はいはいという感じでそれに自身の右拳を合わせる
竜也がそれで続けよ、という感じで光と美緒に目線を送ると光は自身の右腕の腕時計に指を差して“時間がない”とアピールしつつも微笑みをたたえつつ二人に追随
そして美緒はいつものふふという静かな笑みを浮かべつつ、素直に拳を合わせずにまさかのToo Sweetポーズでの合流

「おい」
竜也が苦笑していると、美緒はすぐに冗談だよと言って右拳を合わせてきた

「じゃあ行くね。また後で」
祐里と光がそう言って去って行く背に、“hasta luego Cuándo.”といういつもの声を送ると二人はそれぞれ右手を上げて行った
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