“明るい未来が見えない”
健宗の口癖だったそれ
ラグビー部のスターで190センチを超える雄大な肉体に、精悍なマスクを持っているのにメンタルは弱かった
そんな健宗に運命の転機が訪れる
ある少女との出会い
水沼浩子と運命のフォーリンラブをしてから、健宗は生まれ変わった
今では、“僕はスーパースターです”と言い切る自負
徹底した浩子による“洗脳”によって前向きになり、自信を持つようになった
そんな健宗だけに、このプログラムに巻き込まれたところで特に怖いものはなかった
“ディーヴァ”の浩子と一緒なら俺は無敵
「何で俺がザコと殺し合いをしなきゃいけないんだよ」
そう言って渋る健宗をなぜか芸者姿に化けた浩子が鼓舞しつつ、島を徘徊し続けたが見事なまでに誰とも遭遇せずいつの間にか夜に
そこにようやく現れたのが同じく男女二人組というのは、まさにDestinoである
健宗と浩子にしてみれば、竜也のパートナーが祐里ではなく美緒だったのは内心意外ではあったが
竜也と美緒に相対してみると、明らかに二人は逃げ腰というか及び腰な雰囲気
隙あらばすぐに逃げ出しそうな気配を察し、健宗は一歩前に出て威嚇してさらにそれを煽る
竜也と美緒が目配せをしているのに気付き、今度は浩子がしずしずと前に出て“挨拶”を始めることに
「水沼浩子と申します。これはこれは、杉浦竜也さんに春川美緒さん。お二人そろってどこへお行きですか」
口調こそ丁寧だが慇懃無礼なそれに、竜也と美緒はどう対処していいかわからず困惑した様子
そこに追い打ちをかけるように、今度は健宗が続ける
「何人でもいい、かかって来いよ。どうせ進藤や水木もいるんだろ」
ついさっきまで4人でいたのを見透かしたようにそう言い放たれたのを聞き、竜也の目が泳いでいるのを浩子は見逃さずにさらに追撃
「お二人で、うちの健宗に勝てるとは思いませんけれども。祐里さんでも光さんでも、どうぞお連れください。私どもが相手になります」
そう浩子が言い終えた矢先、竜也と美緒は どちらからともなく目配せをして脱兎のごとく逃走していった
しかし健宗と浩子は悠然とした様子
竜也と美緒が駆けて行った方向は複雑な迷路な上に行き止まり
ここに戻って来る以外にないわけで、黙って待っていればいいだけの話
案に違わず、竜也と美緒がすぐに戻って来たのを見計らうと浩子は健宗の前に立ち“小細工はいたしません”と書いた巻物を広げて見せつける
当然のように戦意を感じない2人に対し、浩子はさらに威圧をかける
「このもやしのマザコン、彼女の庇護があっても逃げることしかしないのですか」
挑発的な口調に対し、竜也の表情がさっと変わったのに気づいたのだが、右横にいる美緒が何か耳打ちして直ぐに竜也の様子が平静に戻っている
何度も小さく頷いて自分に言い聞かせているように見える
それで浩子のターゲットは今度は美緒に移る
「春川美緒様。風が吹いたら吹き飛ばされそうな、その薄いほっそい体で何を企んでいるんですか? まあ私たちもあなたたちをボコボコにするつもりはありませんけど」
そこまで言って、浩子は白面に不敵な笑みを浮かべた
「お命、頂戴申し上げます」
浩子がそう叫んだ矢先、竜也と美緒は一気に横を駆け抜けて行こうとしたのを健宗は逃さない
竜也を捕まえると、軽々とネックハンギングツリーに捉えて天高く持ち上げてる
「竜也?」
異変に気付いた美緒が、すかさずポケットから銃を取り出して健宗に向けるとすぐに手を離したので竜也はそのまま地面へ落とされる
それで一瞬のスキが生まれ、浩子は美緒に対して取って置きの秘儀“ニンジャパウダー”による目つぶし攻撃を敢行
美緒はあっという間に視界を奪われ、“竜也? 竜也?!”と悲鳴を上げて銃も思わず手放している
その声に気づいた竜也は素早く起き上がったが、すぐに健宗に背後から捕まってしまう
「杉浦竜也...あの世に逝け!」
浩子はまたもパウダー攻撃を仕掛けるが、間一髪のところで竜也はそれを回避するとそれは健宗にもろに直撃
動揺を隠せない浩子に気づいた竜也は、ここが勝負どころと踏んで思い切った行動を取る
ポケットから“毒霧の素”を素早く取り出して口に含むと、それを浩子に向けて発射し浩子の視界を奪うことに成功
返す刀で健宗の顔面にも吹きかけ、完全に視力を喪失させることに
そこで美緒と一気に逃げだすかに思えたが、竜也はあえて浩子の前に立って健宗を挑発している
“健宗、お前には明るい未来が見えぬぞや!”
“俺はここだ。マザコンのもやしが貴様を討って捨てる!”
竜也に似つかわしくない大声での挑発に、視界を失ったままの健宗だったが怒りの“ラグビータックル”を敢行
またも竜也がすんでのところで身を翻してそれを避け、健宗のタックルは浩子に直撃している
“仕留めた!”という手応えを感じで健宗が思わずガッツポーズをしている隙に、竜也は美緒の手を引いて走り出してこの場を去って行った
そしてようやく視界に光が差した健宗が周囲を見ると、そこには倒れ込んだ浩子の姿があって思わず絶望の叫び声をあげてしまう
白塗りに吹き付けられた毒霧の赤色で、見るに堪えない顔面になって倒れ込んでいる失神している浩子の横で立ち尽くし雄叫びを挙げている健宗の前に、一つの影が近づいて来ていたがそれに気づく由もなかった
「オイ、今の鈴懸健宗、最高に光ってただろ。まぁまぁまぁまぁまぁまぁ、礼には及ばねぇよ。いいかオイ、『安らかに眠れ』。よーく覚えとけ!」
突如現れた渡辺天明の高笑いと共に、その場に銃声が2発鳴り響く
バタリと倒れる健宗、そして浩子の元にもう一人の影が遅れて現れる
「オイオイオイ、オメェら相変わらずよぉ、見ただろ俺らの強さを。ナベちゃんがここで言ったことが全てよオイ。怖くねぇのか、オイ。それじゃ虫けらと一緒よ、怖さを知らない、オイ。どうせ虫けらのように潰されるだけよ。余裕よ。こんだけ拷問やってもやってもまだ受けたがるって、ド変態かコノヤロー」
田原翔が満面の笑みでそう呟くと、隣で天明が満足そうに頷いていた
「杉浦は隣に進藤がいるから打ててるだけだぞ。見たろ、アイツ? 春川と一緒だと逃げるしかできないだろ。アイツの『プログラム』もう終わってんだろ。逆転の杉浦竜也? そんなものは存在しない。あるのは“コールド負けの杉浦”のみだ。よーく覚えておけ!」
そう言って天明はニヤリと笑みを浮かべると、その場に拳銃を投げ捨てて翔と共にいつの間にかこの場から姿を消していた