「美緒、恐れるな。俺がお前の目になるから!」
竜也はそう言って励まし、一時的に視力を失った美緒の右手を引いて懸命に走る
道など知ったこっちゃない。美緒を守らないと、の一心で
言葉を超えたところで分かり合えると信じ、竜也は強い意志を持って右手を握ると美緒もしっかりと握り返してくれた
美緒が自分の中に。自分の中に美緒がいる。そこに理屈や言葉はいらないはず
遠くで銃声のような音が聞こえたが、それは意に介せずしばし走り続ける
気づいたら、ここはどこ状態で思わず竜也が足を止めると美緒がふふといつもの笑み
「もう大丈夫だよって、ホントはとっくに治ってたんだけどさ」
そう呼びかけられ、竜也は思わず早く言ってくれと苦笑する
ふぅと息を吐き、握っていた手を離そうとすると美緒はなぜかそれを拒絶しより一層しっかりと握って来る
「ダメだよ、離したら。私に“暗闇を駆け抜ける勇気”をくれたのはキミじゃないか」
そう言って微笑む美緒を見て竜也は思わず照れるが、やがて小さく頭を下げて「すまん、迷っちまった」と素直に告げる
「何だ、そんなことか。謝らなくていいよ」
美緒はすぐに竜也を制すと、いつも以上に目を大きくして微笑んでいる
ちょっと待ってねと言って、美緒は地図とスマホを取り出し位置確認
すぐににっこりと微笑むと、「ちょっと戻って進めば問題ないみたいだよ。さすがは竜也だ」と感心した様子
いや、逃げるのに夢中で方向なんて考えてなかったんだがと思わず素になるが、美緒は静かに首を振ってまた否定
「ふふ、ホントキミは謙虚だよね。もっと自分に自信を持っていいんだよ?」
そう言っておどけた様子をみせつつ、美緒は不意に神妙な表情に変わって続ける
「もしもだよ? さっきのがパウダーじゃなくて本当に失明するようなアレだったとしたら...どうなってたのかなって思ってちょっと怖くなったよ」
ちょっと怯えた感じの美緒を見て、竜也は顔色一つ変えずに静かに頷いてみせる
「美緒は美緒じゃん。目が見えようと見えなかろうと、俺が祐里と光たちの元へ連れて行くさ。そしてこのプログラムから無事脱出してみせるよ」
今、すでに思い切り道に迷ってしまったやつが言うセリフじゃねーわと自嘲しつつ、思っていることは本音のそれ
例え視力を失ったとしても、美緒は“大切な友人”。それに変わりはないので
「まあ、ただの目くらましでよかったよ。ゾンビパウダーだったと思うとゾッとするよね」
美緒はそう言っておどけているが、“ゾンビパウダー”は生者に使うと不老不死になるんじゃなかったっけと竜也のうろ覚え
まあ、不老不死なんて嬉しくもないか
閑話休題
再び二人は、祐里と光と合流するための移動を開始する
竜也は照れ臭いのもあって、何度も繋いだ手を離そうとするが美緒はガシッとそれを握ったまま絶対に離そうとしない
はいはい、もう好きにしてという感じで竜也は諦めてされるがまま
それに気をよくしたのか、美緒の足取りは軽く鼻歌を歌っているくらいに上機嫌
“フィールドに稲妻走り~”
唐突なキン肉マンソングだが、もしかして?と竜也は黙って聞いている
案に相違せず、美緒は“かっせーかっせー草薙”と続けたので、竜也は思わず表情が緩む
西陵の“個人応援歌”
竜也は『STARDUST』なのだが、京介には『キン肉マン Go Fight!』が採用されているので美緒はそれを口ずさんでいた様子
ならば、と思った竜也は“おはようおはよう そこにいるの? 眩しい眩しい 夢があるの?”と口ずさんで美緒へのanswerソング
西陵の誇る3番打者、岡田の応援歌『正解はひとつじゃない』を続けてきたので、美緒は一瞬目を丸くしたがやがていつものふふという笑み
「次なんだっけ(後藤洋央紀ism)」
とぼけた後、美緒はすぐにまた違う曲を口ずさむ
“打てよ千原 どでかいホームラン かっ飛ばせー千原~♪”
それを聞いて、ホントに美緒も野球部の応援に来てくれてたんだなーと竜也は実感して感動しつつ、次の打者の応援歌を口ずさまないといけない
5番は...、あぁ。あいつだったな
“西陵の星ヒグチ ビッグなヒグチ 大きな期待に応えて 一発ホームラン”
GO! GO! ヒグチと続けると、美緒は意味深な表情
「次は久友くんだっけ。けど私は近藤くんの曲のほうが好きだな」
そう言って美緒は、“飛び出せビッグパワー 打てよ近藤自由に 額に流れる汗が いま星になる~♪”と控え捕手近藤の曲を口ずさんでしまう制御不能ぶり
満足げな美緒に対し、竜也は「なんでうちの応援歌歌いだしてるんだ」と今更ながらにツッコミを入れると、美緒は例によってふふと微笑みを浮かべる
「正直なこと言うよ。多分キミは気づいてないと思うけど、相当私怖かったんだと思う。完全に視界を奪われたんだから当たり前なんだけど」
そう言って美緒は、改めて竜也の目をまじまじと見つめる
「気を紛らわすってわけじゃないけどね、何か曲でも歌ってないと落ち着かないんだ。隣にキミがいてこれなんだから、もし一人ならどうなってるんだろうねこれ」
ふふと笑いつつ、美緒は再び暗闇の中地図とスマホで現在地のチェック
当然周囲に警戒を払いつつなので、その役は竜也が承っている
幸いにも人の気配は一切感じられず、静かに風が吹いているだけ
美緒が、もうすぐ着くよと言ったので竜也は思わずふぅと大きく息を吐く
それで美緒がどうかしたの?と聞いてきたので、竜也はすぐに「ねえ笑って」の洗礼
美緒は思わず破顔し、「やられた。久友くんの応援歌じゃないかそれ」と呟いている
「まあいいや。続きは合流してからにしよう」
美緒がそう提案すると、竜也は内心苦笑する
まだ続けるのかと思わず口に出してしまうと、美緒は小さく頷いてみせる
「当たり前じゃないか。まだ西陵野球部の“主役”の曲を歌ってないよ?」
美緒にそう言われ、竜也は返す言葉もなく苦笑するだけだった