やがて一軒の家を見つけた
家というより、廃墟に近いそれ
とても祐里と光がそこにいるとは思えないそれだったが、“約束の場所”はここになっている
「ここがあの女のハウスか」
竜也が例によってぶちかますが、美緒はもう慣れたものでそれを受け流している
「さて...どこから入るのかなこれは」
美緒が思わず苦笑するレベルだったが、竜也は入り口らしいドアらしいものを見つけて「ここじゃね?」と合図を送る
竜也が示したそれは、どう見てもずっと使ってません的な取っ手
美緒は再び苦笑しているが、竜也はなぜか自信満々
「間違いない(長井秀和ism)。それとも俺を信じられないとでも?」
竜也が挑発的にそう言うと、美緒は即座に頷いてみせる
「うん、信用できないね。この世で一番信用できないのが杉浦竜也って男だから」
静かに美緒がそう告げいつものようにふふと笑みを浮かべている
「って竜也。口から血が出てるじゃないか。大丈夫?」
急に美緒の口調が変わり、とても心配げな様子
しかし竜也は、それに思い当たる節がまるでない
そもそも出血してないと思うんだが。血の味しないぞ、と
それで思わず口を拭ってすぐに分かった。あぁ、これね....と
「美緒、ちょっと見てろよ」
言って、竜也は渋る美緒から手を離し、距離を置くと首元に右手を置くポーズ
美緒が静かに見守る中、竜也の口から華麗に毒霧噴射される
夜空が赤く染まるそれを見て、美緒は思わず下を向いてふふと笑っているは、すぐに竜也の横に寄って来て何事もなかったように手を繋いでいる
「何だよそれ。心配して損したじゃないか。これだから杉浦竜也は信用できないっていう話なんだよ」
何気なく物騒なことを言う美緒の横顔を見て、竜也はようやく気付いた。人の顔を見ない習性のお陰で、今の今まで気づかなかったそれ
「そういう美緒も随分白塗りしてるな。水沼のマネか?」
竜也が酷い指摘をすると、美緒は目を丸くしている
思わず、どういうこと?と聞き返したので竜也がポケットからハンカチを取り出すと「ちょっと動かないで」といったうえで、美緒の顔についていた“パウダー”を拭って見せる
「さっきのアレが残ってた。美緒の綺麗な顔が台無しだ」
自分で言って思わず吹き出しそうになっている竜也に対し、されるがままだった美緒は思わず下を向いている
「早く言って欲しかったよ。恥ずかしいじゃない。やっぱり...イッペン、死んでミル?(閻魔あいism)」
そう言って美緒はポケットに手を入れて銃を取り出すようなふりをすると、いつの間にか後ろに現れていた祐里がそれを止める
「あのさ、二人ともうるさいって。早く来なよ」
祐里はそう言って美緒の行動を窘めはしなかったが、同じくいつの間にか現れた光はキッという視線で美緒を睨みつけている
「美緒ちゃん...冗談でも、次に同じことしたら竜ちゃんが許しても私は許さないからね」
全てを見透かしたようなセリフを耳元で囁かれ、美緒は思わずふふと笑みをこぼしている
「遅かったね。まあ二人とも無事でよかったぁ。って、何で二人は手を繋いでるのさ」
ご尤もなツッコミを入れるが、美緒は素知らぬ顔のままその手を離そうとしないので、竜也は照れ臭そうに苦笑するだけ
「そうそう、祐里と光ちゃんに謝らないとダメなことあったんだ」
相変わらず竜也と繋いだ手は離さないまま、美緒は祐里と光のほうを見て小さく頭を下げる
何のことかわからず二人..いや、竜也もポカーンという感じで美緒の様子を伺っている
「預かってた銃、さっき襲われた時に置いて来ちゃったんだ。竜也を責めないでね。悪いのは私なんだから」
言って、ようやく美緒は竜也と繋いでいた手を離す。そして改めて、深々と頭を下げてみせるのですぐに祐里がそれを止める
「いいよ、そんなの。私は二人が無事だったならそれでいいから。光もそうでしょ?」
祐里がそう訊くと、光はまだ訝し気な表情こそ崩さなかったが小さく頷いてみせる
竜也は光のその表情に気づき、「実際ひどい目に遭ったのは確かだから。マジで死ぬかと思った」と苦笑しながら囁く
また口から赤い液体が漏れてきたようで、祐里と光がそれに気づいて目を丸くして驚いている
「って竜さ、口から血が出てるよ。早く家の中入ろ。手当てしてあげるからさ」
祐里が心配そうにそう言ったので、美緒は思わずふふふといつもの笑みを浮かべてしまう
それでまた光が不審気に美緒のほうを見ているが、すぐに竜也が被りを振ってそれを制する
「しゃあない。祐里と光にも見せてやるよ...俺に支給された武器の恐ろしさをな!」
竜也が大見得を切ると、美緒は噎せそうになるのを堪えているが祐里と光は訳も分からずポカーン状態
ズボンのポケットから“もう一つ”の何かを取り出すと、素早い動きでそれを口に含む
例によって首を掻っ切るポーズからの、華麗な毒霧噴射。今度は緑色に天を染めたのを見て、美緒は感心したように「キミの口の中は二等分されているの?」とすっとぼけているが、祐里と光は呆れた表情に変わって行った
「私の心配...返してよ」
真顔になった祐里がそう告げるが、すぐに美緒がそれを制する
「大変な目に遭ったのは本当だから。バカにするのは私が許さないよ?」
そう言って美緒が不敵に笑むと、竜也は口元を緑と赤のツートンカラーに染めつつ然りと頷いている
「まあ、詳しい話は後でね。ずっとここにいてもしょうがないし」
光がそう促したので、3人はそれぞれ頷くと身を潜める地へ歩を進めた