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4人がそれぞれ家に入る
場所は“廃墟”からほど近くにあった、隠れ家的な家
パッと見、ここに家があるのは気づかない感じがする場所で、美緒が「竜也の言う通り、あの廃墟に入らなくてよかったよ」と思わず愚痴るそれ

入ってすぐ、祐里に顔を洗ってきなさいと言われ、竜也は素直に従って洗面所に向かっている
居間には女子3人が居て、美緒と対面するように祐里と光という感じで着席している

部屋は小さく明かりを焚いて外に漏れないようにされている
例によって表情の読み取れない表情をしている美緒に対し、祐里と光はそれぞれ視線を向けている

「さて、私たちに何が起きたのか話せばいいのかな?」
美緒がそう持ち掛けるが、祐里と光の反応はないのでちょっと困った様子
しょうがない。竜也が戻るのを待つかという感じで洗面所のほうに視線を向ける

やがてすぐ、“GO 安理安理 全力で飛ばせ GO 安理安理 全力で走れ ラララー 今こそ千葉安理 大空高く~♪”と、なぜかノリノリで竜也が登場
3人の“不穏”な空気を察したのか察してないのか、口に含んできた水を天に向けて噴射したのを見て、祐里は無表情のまま立ち上がると竜也の頭をポカリ

その様子を見て光は思わず下を向いて笑ってしまい、ようやく場の空気が和んでいく
何事もなかったように竜也は美緒の横に座ると、喉乾いたわーと言ってリュックから何かを取り出している

「ふふ、何でそんなのを持って来てるんだよ。どうせだしお湯を沸かそうか」
美緒は立ち上がると竜也が取り出した“小川珈琲のプレミアムブレンド”に対し、その場にあった電子ケトルに水を注いでいる

それなら、という感じで祐里がさりげなく人数分のカップをどこからか持って来る

あっという間に険悪な空気は消え去っていて、光が思わず「竜ちゃんって凄いね」と呟いている

お湯が沸くのを待つ間、竜也と美緒はさっき起きた出来事を話している
健宗と浩子に襲われたこと。竜也が宙づりにされ、それを助けようと美緒が銃を向けた瞬間視界を完全に奪われジ・エンドと思ったからの、まさかの誤爆から竜也の機転ににより危機を打開した話

「何も見えず、暗闇に包まれた私に現れた一筋の光...それが竜也の右手だったんだよ」
臆面もなく言ってのけ、再び横に座る竜也の右手を握ろうとするとなぜか光が鋭すぎる視線を送っている

いつも通り美緒はふふという笑みを浮かべつつ、未練がましくその手をぶらぶらさせているがやがて竜也に、「次は誰だっけ」と何気なく聞いている

竜也が“万田ちゃん”と返すと、美緒はなぜかまた下を向いてふふという笑みを抑えきれない

「万田くん、言っちゃ悪いけど何で下位打線の選手だよね? 何で彼にはチャンステーマがあるのかなーって」
そう呟く美緒の横で、竜也は“右投げ左打ち~実家は檜風呂~リフォームリフォーム~万田怜央~”と酷い歌詞を口ずさんでいる

あまりの酷い歌詞に光は思わず噎せ込んでいたが、祐里は竜也の目をまじまじと見て一人なぜか頷いている

「今はっきり分かった。あんたでしょ、いちいち登録メンバーの応援歌と歌詞を指示出してるの」
祐里が的確にツッコミを入れると、竜也の目は明らかに泳いでいる。視線を祐里に合わせないようにしつつ、蒲田行進曲に乗せた応援歌を口ずさんでいる
“かっ飛ばせ怜央 かっ飛ばせ怜央 かっ飛ばせ怜央 かっ飛ばせ怜央 かっ飛ばせ怜央 かっ飛ばせ怜央~”

曲は怜央呼びなのに、かっ飛ばせー万田とコールするよくわからないそれを竜也が披露したので、祐里の瞳の色は確信のそれに変わる

「その曲初めて聴いたわ。“打てよ万田 打てよ万田 ここでホームラン 打てよ万田 打てよ万田 ライトスタンドへ”じゃないの?」
“歌えバンバン”のリズムに合わせて光が歌ったのを聞いて、竜也はニヤリと不敵な笑み

「俺が歌ったのはチャンスの時に流れる特別バージョンだから。曲の前には、“万ちゃんコール”を3回頼むわ」
竜也の制御不能すぎる発言に光と美緒は笑みを浮かべて頷いているが、祐里はまだ納得いってない様子

「だから...なんであんたが曲と歌詞決めてるのさ。その理由を聞いてるんだけど」
祐里が再び問い詰めているが、それは聞き流され竜也、光、美緒による曲の掛け合いが始まっている

「次は和屋くんね。私、あの歌詞好きなんだよ」
美緒はそう言ってふふふといつもの笑み
“遥か故郷 大地で育んだ そのパワー今ぶつけろ メシアfrom 中標津”

歌い上げ、和屋!和屋!とコールまで美緒が決めてみせると、光は竜也に「次は近藤くん?」と耳打ちしていた
しかし竜也は、「それさっき美緒が歌ったぞ」と返したので、ちょっと思案した表情に変わる

“16番背負った 男の心意気 今こそ見せろ 燃えろよ那間 那間打て 那間打て ラララ…
打て那間 頼むぞ那間”
最近髪が薄くなったと噂の那間の応援歌を光が披露してみせるので、竜也は思わず感心したように頷いている

試合にほとんど出たことないのに、よく覚えてるなと竜也が呟いたのを聞いて、光は意味深な笑みを浮かべて同じように頷いている
「私を誰だと思っているの? スタンフォードが認めた才媛だよ?」

たまに見せる、自信満々な時に出す口癖
それで竜也と美緒は互いに顔を見合わせ思わず笑んでいるが、除け者状態の祐里は面白くない様子
見かねて光が、リュックから紙を取り出すとそれを祐里に手渡している
それを見た祐里は一瞬キョトンとした様子だったが、やがてあははといつもの笑い声

「完全に竜の字じゃん、これ。わざわざ歌詞カードまで配ったのか」
コピーされた“応援表”を光はなぜか持参していて、それを祐里に見せている
その文字を見て祐里はもう確証を取る気がなくなっていた。むしろ、よくここまで考えたものだと感心したように、竜也のほうを見て笑みを浮かべている

「ホント、あんたこういうの考えるの好きだよね。ほら、次の曲歌いなさい」
祐里に催促された竜也は思案顔のまま、美緒に誰のがいい?となぜか聞いている

話を振られた美緒が、「そうだね」とちょっと考えつつ...御部くんは?と振ると、竜也はなぜか派手に噎せている
キョトンとした感じの美緒に対し、祐里は笑みを浮かべたまま歌詞カードを手渡している

美緒はそれを見た瞬間、なるほどねと言って笑みを浮かべて竜也のほうをしっかりと見つめた

「ほら、早く歌って。次はキミの番だよ」
まさかの催促が敢行された直後、外から轟音が鳴り響く

何事?!と警戒する4人に届いたのは、「12時だぞー」と叫ぶ竹内の声だった
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