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「いつまでも戻らないと思ったら...二人は何をやってるの」

戸が開かれ、竜也と祐里がそちらに視線を向けるとそこには美緒と光の姿が

ジャージに着替え済みの2人は、なぜかそれぞれ布団や枕を持っての登場
祐里がそれを咎めるが、美緒と光は共に持っていた布団を部屋に敷き始める

「ほら、早く寝なさいね。朝寝坊はダメだから」
光はそう言って笑みを浮かべると、素早く部屋を出て行く
同じく布団をしっかり横に並べて敷き終えた美緒は、竜也のほうをちょっとジト目で睨んでいる
ほ?という感じで竜也がそれを見返すと、美緒はやれやれという表情に変わった

「ったく、キミってやつは。私の信頼を裏切らないでね?」
言って、美緒は祐里の方も見て小さく微笑みながら右手を振って光の後を追っている

部屋に残された竜也と祐里は、並べられた布団を見てから互いに顔を見合わせどちらからともなく苦笑いを浮かべている
何でぴったりくっつける必要があるんですかね...

「ったく。何で私があんたと隣り合わせで寝なきゃいけないのさ」
呆れた表情に変わった祐里が苦々しく呟いているので、なぜか竜也は申し訳なくなって頭を下げる
そしてそのまま部屋を出ようとすると、それは祐里がすぐに止める

「俺居間で寝転がってるから。それでいいだろ」
竜也が笑みを浮かべつつそう告げるが、祐里は首を振ってそれを拒絶
いや、俺邪魔だろと再度仕掛けるが祐里はあくまでそれを拒否している

「いいから。素直に諦めてここで寝なさい」
なぜか祐里がそう促してくるが、竜也はあくまでそれを拒否する姿勢を崩さない
照れ臭いのもあるけれど、それ以前に俺は鼾うるさいし...

「って、ホントは美緒と光の部屋に行くんでしょ? 私知ってるんだからね」

祐里が嘘っぽい笑みを浮かべると、さりげなく戸を閉めている
いやいや、まずいっしょという思いが表情に出ていたようで、それも祐里に突っ込まれている

「あんたもだけど、私も疲れてるんだからさ。さっさと寝て明日に備えよ?」
割り切っているのか、肝が据わっているのかはわからないが、祐里はだいぶ眠そうな表情を浮かべている

「...わかった。けど布団は離すぞ」
竜也が精いっぱいの提案をするが、祐里はそれも拒絶する
何度も首を振り、いいから。早く寝るよと再び催促すると消灯を要求している

ったく。竜也は例によって頭をまた搔きむしっているが、祐里はもう布団にくるまっている
それを見て、竜也は“時は来た!”と確信した
いつ逃げるの? 今でしょ(林修ism)

「部屋から出たら絶交だから」
竜也の心を見透かした一言を祐里が容赦なく飛ばしてきて、“退路”を完全に断たれてしまった

「もう知らんぞ」
電気を消し、竜也は祐里の隣の布団へようやく入ることに

「...やれるのか、おい」
いきなりしゃくれた感じを入れてくる祐里に対し、竜也は思わず吹きそうになったが辛うじてそれを堪える

「モイスチャーミルク配合です」
竜也がぼそっとそう返すと、あははと祐里の小さな笑い声が届く

「今更こんなこと言うのも変だけど、いい機会だから言っちゃおうかな」
布団越しに祐里が意味深なことを言い始める
いろいろあった上に、布団に入ったことによって疲れがどっと出始めた竜也は早くもウトウトしかけている
それに気づいてないようで、祐里は続けている

「あんたが夏大会で打ったホームランの打席の時、私すごい怖かったんだ。何かね、あんたともう二度と会えない...そんな気がしちゃってさ。変だよね」
自嘲しつつ祐里がしみじみとそう呟いてるのを聞き、半分夢心地ながら竜也が素直に心境を答えることに

「じゃあ俺も今だから言うけど、あの打席は200%ヒットを打てる自信しかなかった。相手が誰とか、球種が何とか関係なくな。俺がヒットを打って、祐里が笑ってくれている。そんな光景が完璧にイメージできていたんだよな」
言いつつ、竜也はほとんど意識は飛びかけている
さっきコーヒーを飲んだにもかかわらず、何でこんな急に眠気が押し寄せてくるのか
疲労はもちろんだが、隣に祐里がいることの安心感。ホント、いつもお世話になってます
この恩を少しでも返せているのかな

「あんたもすごいこと言うね。死にかけたくせにさ」
そう言って茶化す祐里の声は、どこか潤んでるように聴こえた

もうほとんど眠りの世界に到着しかけている竜也に対し、祐里は気づいていないようで静かに続けている
「実を言うとね、今日もすごい怖かった。いや、当たり前なんだけどさ。光が一緒でも、美緒が一緒でも...私はやっぱり」

言いかけ、隣の布団から寝息が聞こえ始めたので祐里は思わず噎せている
こいつ、どんだけ寝つきいいのさ...
呆れつつ、私もそろそろ寝るかと思って目を瞑る

何でこんなことになってるんだろうという思いと、隣に信頼を置ける相手がいる安堵感
複雑な気持ちが交差していて、祐里は気が高ぶってなかなか寝付けそうにない
そんな矢先、寝息を立てていたはずの竜也がぼそっと曲を口ずさむ

“HEROになる時 (AH-AH-)それは今ー♪”

祐里は呆気に取られてポカーンとしている。あれ、あんた寝てたんじゃないの?と
思わずそう呟いてしまうと、竜也は小さく鼻で笑っている

「正直寝てた。けどさ、祐里の“寝れないぞオーラ”が伝わって来たからさ」
竜也がそう言うと、祐里はいつもより小さめのあははという笑い声

「ヒーローになるなら、ちゃんと明日は私を守り抜くこと。わかった?」
祐里が無理難題を押し付けると、竜也は即座に呼応した

「オーケイ。カマーン!」
なぜか猛牛風に返したのを聞き、また祐里はあははと笑っていた
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